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第5話 魔術師になるたった一つの方法①

《ノクス視点》


 魔術師(まじゅつし)の友人――ヴァレンティノに誘われ奴隷市(どれいいち)を訪れたものの、私は正直、まるで乗り気になれなかった。




「……生贄が必要な魔術は好まないんだが」


「食わず嫌いは良くないぜ、旦那。魔術師は科学者だ。あらゆる仮説を実験で検証し、模索していくべきだろう」


「まあ」



 ()りの会場は、いつ来ても空気が湿(しめ)っている。


 (おり)の中に並べられた奴隷を、ヴァレンティノは人間として見ていない。


 彼の目に映るのは素材としての価値だ。魔力はあるか、頑丈(がんじょう)か、処女とて生贄に使えるか――解体(ばら)した後の使い道も計算(けいさん)している。



「随分と時間をかけるな、ヴァル」


「そりゃ厳選(げんせん)はするさ。旦那なら、生贄を"直して"再利用(さいりよう)できるんだろうが、普通は使い捨て。経費(けいひ)がかさんでしょうがねえんだ」



 治すではなく直す、というのが彼らしい。いや、さほど特別でもないか。ヴァレンティノの視点は、魔術師とてスタンダードなものだ。


 ヴァルが貴族のボンボンらしい男と肩をぶつけた。謝りもせず突き進むヴァルにボンボンが罵声(ばせい)を浴びせたことで、言い争いに発展(はってん)してしまう。



「……くだらない」



 あくび混じりに眺めていると、ヴァルが声を張り上げた。



「聞いて驚け! 俺には六大名家(ろくだいめいか)の一角、再生の魔術師……ノクス・ネクロヴァルト様がバックについてんだ!」



 え? 私か?


 言い捨てて、ヴァレンティノは脱兎(だっと)のごとく逃げ去ってしまった。

 ヴァルは国や六大名家の機関に属さない野良の魔術師の中ならトップクラスに優秀だが、弱い。彼の魔術は戦闘に向かない。



「……まったく、負け惜しみに私を使うなよ。なあ御仁(ごじん)、私は君たちと争うつもりはないぞ」



 貴族風の男は私の言葉が耳に入っていないらしく、敵意(てきい)を向けてくる。護衛(ごえい)と思しき大男に私を拘束(こうそく)するよう命じた。


 大男がボンボンに声をかける。



「ボス、大丈夫なんですかい? 高名(こうめい)な魔術師だそうですが」


「六大名家と言っても、ネクロヴァルドだ。二年前の戦争で出来損ないの次男坊以外の術師(じゅつし)戦死(せんし)している。そこにいるのは、独りぼっちの哀れな当主(とうしゅ)さ」



 まあ間違ってはいない。


 六大名家は王国(おうこく)騎士団(きしだん)双璧(そうへき)をなすこの国の最高戦力(さいこうせんりょく)だ。他の五つの血族(けつぞく)は、敵国(てきこく)一師団(いちしだん)壊滅(かいめつ)させられるだけの魔術師を最低五人は抱えている。


 ネクロヴァルド家だけが例外(れいがい)で、魔術師は私一人だ。それはそれとして――。



「六大名家に名を連ねていい気になるなよ、辺境に引きこもりのボッチがよ!」


「ぼっち……いや、私は今まさに友人(ヴァル)が原因でトラブルに……」


「おいお前ら、肉体強化(にくたいきょうか)の魔術はかけてやる。やれ!」



 言っても聞かない相手か。


 それはそれとして、ネクロヴァルド家は私一人で、他の名家と同等(どうとう)戦果(せんか)を挙げているのだが。




 一秒もかからず決着(けっちゃく)はついた。

 私は大男二人を踏みつけ、ボンボン風の男を締め上げていた。


「今、支配人(しはいにん)には会いたくないな。次に揉め事を起こせば出禁(できん)だったか?」


 さして興味(きょうみ)もない奴隷市場を出禁になるのは構わない。ただ、同じ商会の系列店(けいれつてん)に顔を出しづらくなるのは困る。


 ため息をついて振り返り、思わず、息を止めた。


 彼女を目にしたとき、人間とは思えなかった。


 睫毛(まつげ)の影が(ほほ)に落ちる角度、鼻梁(びりょう)の線、(くちびる)の薄さ――どれも過不足(かふそく)がない。自然に生まれたものと思えない、彫像(ちょうぞう)に血を通したような完成度(かんせいど)だ。


 照明の下で、肌が陶器(とうき)のように白くなめらかに(はえ)えた。血の気がないわけでもないのに、それが生物(せいぶつ)であると脳が理解(りかい)するまで、時間がかかる。


 美しさに見惚(みと)れる感覚を、生まれて初めて味わった。


 赤い紐で両手を縛られた彼女は、客に見られることに慣れているらしい。唾液(だえき)混じりの褒め言葉も、肉欲(にくよく)のこもった声も、微塵(みじん)反応(はんのう)しない。


 何だ?


 この胸の高鳴りは何だ?


 彼女を自由にしてやりたい、彼女を手元に囲いたい。彼女にすべてを捧げたい、彼女のすべてが欲しい。彼女には私だけを見てほしい、彼女の他に何もいらない。


 正反対(せいはんたい)の感情が心臓を揺らす感覚。しかし、相反(そうはん)していない。

 根底(こんてい)にある気持ちは一つ。

 ただ、彼女が(いとお)しい。



「またトラブルですか、ネクロヴァルド卿。次は出禁と伝えたはずですが」



 支配人の声が私を現実(げんじつ)に引き戻した。

 先ほどは会いたくなかった相手だが――今は丁度(ちょうど)いい。



「その子を」


「は?」



 察しが悪い、その片眼鏡(モノクル)、叩き割ってくれようか。



「その子をもらう」



 私はヴァルに、そして私と彼女を引き合わせた運命に感謝していた。


 その時の私は夢にも思わなかった。



 一目惚れた少女がゲロをぶちまけ、賢者(けんじゃ)(いし)を投げつけてくるなんて。

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