表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第4話 王子様への断罪④

「で、何で僕を買ったんですか?」


()しかったからだ」



 答えになってないだろう、それ。


 オークション会場でも思ったけど、この人、口数(くちかず)異様(いよう)に少ない。


 ムスっとしてばかり。人間性(にんげんせい)(つか)みにくくて困る。


 陰気(いんき)な人間は陰気な(しろ)に住むらしい。


 石壁は湿(しめ)り気を帯び、触れれば冷たい水気が指にまとわりつく。

 廊下には古い蝋燭(ろうそく)(すす)がこびりつき、どこからか(かび)の匂いが漂っていた。


 僕はノクス様に導かれるまま、壁一面に本が並ぶ書斎(しょさい)へ足を踏み入れた。

 彼は椅子(いす)腰掛(こしか)け、机上に肘を乗せて指を組む。



「君は何を(のぞ)む?」


「え?」


「何を(おどろ)いている?」


「いや、自由意志(じゆういし)を問われるとは思わなくて」



 人間と魔獣を混ぜた合成獣(キメラ)を作るとか、僕の血で魔方陣(まほうじん)(えが)くとか、そういう用途(ようと)で買われたものとばかり思っていたから。


 僕が望むもの、か。なりたくないものは、"王子様"と決まっているけど。



「僕は、魔術師になりたい」


「無理だ」



 即答(そくとう)された。



「アーノルド・グレイヴの従者(じゅうしゃ)であったなら、知っているだろう? 魔術師は(あく)代名詞(だいめいし)だ」



 ノクス様が新聞をパサリと置いた。



「今日紙面(しめん)(かざ)った魔術師は二人。生贄(いけにえ)のために処女(しょじょ)の娘を(さら)った者、肉体強化(にくたいきょうか)の魔術の実験(じっけん)のため、拷問具(ごうもんぐ)にどれだけ()えるか試したもの……こんな奴らばかりの世界だ。他の悪党(あくとう)(いじ)められている者は生き残れない」



 ノクス様の声で分かる。


 彼は別に意地悪(いじわる)で言っているんじゃない。


 本当に、向いていないと思ってる。


 事実(じじつ)として、(ゆが)んだ寵愛(ちょうあい)嫉妬(しっと)(さいな)まれている()()の少女に、魔術師としての門戸(もんこ)(ひら)いていないだけだ。



「でも僕は、魔術師になりたい」


「なぜ?」


「奪われたくないから。命も、尊厳(そんげん)も、全部全部、守れるだけの力が欲しい」


「君は私の所有物(しょゆうぶつ)になった。何者にも奪わせはしない」


「自分の手で守りたいんだ」



 ノクス様がため(いき)をついた。



我儘(わがまま)はよしてくれ」



 ノクス様の声は大きくない。それでも、僕の臓物(ぞうぶつ)()らす(あつ)を感じた。()()が込み上げてくる。えずくような声が口をついた。



「……この程度(ていど)(ひる)む人間に、魔術師の(うつわ)があるものか。君は所詮(しょせん)、見た目ばかりの愛玩動物(ペット)だ。君に魔術師としての価値(かち)はない」



 ノクス様の目にわずかな失望(しつぼう)を感じる。この程度の圧、か。彼にとって僕は、予想以上(よそういじょう)のビビリに見えたらしい。



「……ロザリア様は僕のことが大嫌いで、何の根拠(こんきょ)もなく、僕を犯人(はんにん)に仕立て上げた」


「……突然(とつぜん)、何の話だ?」


「君の言う、魔術師として価値の話さ。黙って聞けよ」



 吐き気は今も止まらない。

 声が低く(にご)る。

 ()が、強く波打(なみう)つ。



「グレイヴの屋敷(やしき)に、僕が犯人だと疑っている奴は誰一人いなかったよ。何分(なにぶん)友だちがいなくてね。(あざけ)りか憐憫(れんびん)二択(にたく)。根拠なく犯人にされた、(あわ)れな生贄(いけにえ)として僕を見てた」



 胃液(いえき)混じりの()っぱい何かが(した)(すべ)る。喉が()ける心地(ここち)がする。



「でもさ、根拠がないのは、正しさを保証(ほしょう)しないってだけだろ?」



 視界(しかい)が揺れる。(なみだ)がちょっと出てるらしい。



「それは、間違っていることを意味(いみ)しない」



 直後(ちょくご)、喉の奥から胃の中身がせり上がってきた。


 両手で床をつき、嘔吐(おうと)した。


 王子様にあるまじき(きたな)い声で、汚いものをぶちまける。



「……フレデリカには、いつか、謝らないとなぁ」






 (あら)い息のまま、僕は、吐瀉物(としゃぶつ)から賢者の石を(すく)い出す。






 ノクス様が目を見開いた。



「……は、あはは、何さ、その顔」



 悪名高き再生の魔術師、魔術師の六大名家ネクロヴァルト家当主。命の法を捻じ曲げ、竜の死骸をその身に宿(やど)狂人(きょうじん)――そんな人が呆気(あっけ)にとられた顔をするなんて、なかなか貴重(きちょう)かもしれない。


 ()えた匂いが(はな)をつく。見目麗(みめうるわ)しい王子様は死んでしまった。ここにいるのはゲロにまみれた小娘だ。


 でも、それでいい。


 もう、愛玩動物(ペット)なんて言わせない。



「……僕はまだ(、、)魔術師じゃないから、よく()らないけど……これって大事(だいじ)なものなんでしょ?」



 ノクス様の視線(しせん)()れた。


 僕は、賢者(けんじゃ)(いし)(かれ)()かって(ほう)った。(つくえ)(うえ)(いし)(かる)やかに()ねて(ころ)がる。



「魔術師育成(いくせい)講座(こうざ)授業料(じゅぎょうりょう)()りない?」


「……そのために、賢者の石を?」


「ああ。魔術師との交渉(こうしょう)材料(ざいりょう)に使えそうと思って。実際、そうなった」


「結果論だ」


「結果がすべてさ」



 ノクス様が(ひと)()(ゆび)をこめかみに当てた。



(きみ)自分(じぶん)(なに)(ぬす)んだのか、()かっているのか? (いま)六大名家(ろくだいめいか)勢力図(せいりょくず)完全(かんぜん)()()えられた。魔術師(まじゅつし)世界(せかい)根底(こんてい)から()っくり(かえ)るぞ」


(むずか)しい(はなし)はよしてよ。(いま)、とっても気分(きぶん)がいいんだから」


()いたからか?」


冗談(じょうだん)!」


 僕は(はら)(そこ)から(わら)った。下品(げひん)(こえ)ばっかり()る。でも不思議(ふしぎ)心地(ここち)いい。

 僕は両手(りょうて)(ひろ)げ、(てん)(あお)いだ。



王子様(おうじさま)なんて大嫌(だいきら)い! ずっとずっと世界(せかい)()えたかった! だから魔術師(まじゅつし)(のぞ)んだ。だって魔術師(まじゅつし)には、この()(ことわり)をぶち(こわ)す力があるそうじゃないか!」



悪魔(あくま)は笑うとき、口元を(かく)すものだ』と、浮浪児(ふろうじ)だったころ地元(じもと)のチンピラに(おそ)わった。(いま)それをノクス様に()けて真似(まね)てみる。僕は両手の(ゆび)()んで、口元に添えた。




「僕は価値(かち)(しめ)した。だから(つぎ)は、(きみ)価値(かち)()せてくれよ、ノクス様」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ