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第2話 王子様への断罪②

 (まわ)りを見渡(みわた)す。(だれ)もがほっと(むね)()()ろしていた。



嫌疑(けんぎ)をかけられたのが、自分じゃなくて良かった』



 その安堵(あんど)が、はっきりと(つた)わってきた。


 でも、一人(ひとり)だけ(ちが)(かお)をしている人がいた。



「そんなの、(うそ)です!」



 (こえ)()げたのは、フレデリカだった。(とし)(ちか)下働(したばたら)きの使用人(しようにん)。いつも黙々(もくもく)仕事(しごと)をしている、目立(めだ)たない少女(しょうじょ)だ。


 屋敷(やしき)()たばかりで苦労(くろう)していたようだから、何度(なんど)(こえ)をかけたのを(おぼ)えている。



「フィオさんがやったわけない!」



 ロザリア様が、ゆっくりとフレデリカを見る。



「あなた、誰だったかしら?」


「フレデリカです。厨房(ちゅうぼう)づきの使用人(しようにん)で……」


立場(たちば)(わきま)えてくれる?」


「でも、こんなの……」



 フレデリカは最後(さいご)まで()えなかった。給仕長(きゅうじちょう)のおばさんがフレデリカの(くち)()さえたのだ。


 グレイヴ卿が騎士団(きしだん)遠征(えんせい)同行(どうこう)している(いま)、この(いえ)最高権力者さいこうけんりょくしゃはロザリア様だ。彼女(かのじょ)機嫌(きげん)ひとつで、しがない使用人(しようにん)(くび)簡単(かんたん)()ぶ。解雇(かいこ)隠喩(いんゆ)ではなく、物理的(ぶつりてき)意味(いみ)で。


 (ぼく)はフレデリカに顔を()けた。



「いいよ、フレデリカ。(うった)えるだけ無駄(むだ)さ。証拠(しょうこ)なんてない……これは生贄(いけにえ)なんだから」



 フレデリカが困惑(こんわく)する。

 新米(しんまい)の彼女は、屋敷(やしき)内情(ないじょう)を知らないらしい。



「えっとね、賢者(けんじゃ)(いし)(ぬす)まれたこと自体(じたい)は、(たい)した問題(もんだい)じゃないんだ。あれはグレイヴ卿やロザリア様みたいな、超一流(ちょういちりゅう)魔術師(まじゅつし)にしか使(つか)えない道具(どうぐ)らしいから。使用人(しようにん)(だれ)(ぬす)んだにせよ、闇市(やみいち)(なが)すしかない。グレイヴ家の財力(ざいりょく)情報網(じょうほうもう)があれば余裕(よゆう)()(もど)せるんじゃないかな? 問題(もんだい)面子(めんつ)(ほう)さ」


面子(めんつ)?」


王家(おうけ)(たい)して『犯人(はんにん)()かってません』じゃ、グレイヴ家の(かお)(つぶ)れるって話さ」



 使用人たちに視線を(めぐ)らせながら、僕は続けた。



「誰かを処刑(しょけい)して、王族のご機嫌取りをしないといけないんだ」



 使用人たちはみな気まずそうに、僕から目を()らす。



「せっかくフレデリカが(こえ)()げてくれたんだ。一応(いちおう)()いておきます、ロザリア様。(ぼく)犯人(はんにん)とする根拠(こんきょ)を、(なに)お持()ちですか?」



 ロザリア様が()っすらと微笑(ほほえ)んだ。(なに)()わない、それで(こた)えは十分(じゅうぶん)わかる。


 フレデリカが泣きそうな顔でこっちを見る。



「でも、(なん)でフィオさんが」


「……(ぼく)が"王子様(おうじさま)"だから」



 フレデリカには(やさ)しく(せっ)してあげたいのに、自然(しぜん)と声が皮肉(ひにく)()になった。何年もニヒルな王子様を演じてきたことの弊害(へいがい)が出てる。


 当主――アーノルド・グレイヴ卿の命令で、僕はある日突然、路地裏の少女から王子様へと変わり果てた。


 髪はやたらとオシャレなボブカットにされ、男性用に仕立て直された(なぞ)デザインのメイド服があてがわれた。グレイヴ卿はよほど僕の容姿が気に入ったらしい。僕を彼にとって理想の王子様――という名の愛玩動物(ペット)とすべく、徹底的に教育すると宣言した。


 そういう(へき)をお持ちなら何処(どこ)ぞの美少年を(さら)ったほうが早いだろとも思ったけど、彼にとって(きょう)が乗る相手は、あくまで女性であるらしい。一周回って意味不明だが、執着(しゅうちゃく)は本物だった。


 最初に教え込まれたのは、立ち方だった。(かかと)の置き方、背筋の伸ばし方、(あご)の引き具合。角度が一度ズレただけで、むち打ちの(けい)が待っていた。


 声を出せばやり直し。


 (なみだ)を流せば、最初から。


 僕は感情を殺す方法を覚えた。そうでなければ命が危ういと学べば、自然と身体(からだ)()みつくものだ。


 そんな境遇でも、使用人(しようにん)たちは僕に嫉妬(しっと)し、つらくあたった。



『特別扱いだ』

『奇麗なお人形さん。スラム出身のくせに』

『ご主人に愛されている。楽できていいな』

『奴に俺たちの苦労がわかるものか』



 遠巻(とおま)き聞こえる声が耳に入るたび、(のど)の奥が冷えた。


 (きょう)の求める優雅(ゆうが)な振る舞いを再現(さいげん)できなければ、神経毒をもつタバコの葉を噛まされ、激痛(げきつう)にのたうちまわることを、彼らは知らない。


 そんな僕は、奥方(おくがた)のロザリア様にめちゃくちゃに嫌われた。当たり前だ。ご主人の変態的性癖をギュウギュウに詰め込んだ将来(しょうらい)(めかけ)目障(めざわ)りに決まってる。


 ロザリア様が指を鳴らすと、赤い(ひも)がするりと伸びて僕の両手に(まと)わりついた。魔術師が使う拘束具(こうそくぐ)だ。


 あっという間に手枷(てかせ)の形に僕を縛る。この見た目で、(てつ)のワイヤーよりも頑丈(がんじょう)らしい。



「ロザリア様。僕はさ、変態の旦那様のせいで苦労する貴方に、ちょっと同情してるんだよね。だから、貴方が僕にした数々(かずかず)の嫌がらせは、ぜんぶ許すことにしたんだ。腐った食事を無理やり食べさせようとしたことも、誰にでも身体を許すクソビッチと(うわさ)を流したことも、冷水(れいすい)を浴びせて冬の夜空に締め出したことも、全部許すよ。だから、これ(、、)意趣(いしゅ)(がえ)しじゃなく、純粋(じゅんすい)悪意(あくい)と思ってくれて構わない」



 赤い(ひも)が今度は首にまとわりつく。

 時間はあまりないらしい。


 さあロザリア様、見目麗(みめうるわし)しき貴方様(あなたさま)(おく)ろう。当主のお気に入りから罪人(つみびと)へ、一瞬(いっしゅん)転落(てんらく)した、僕からの捨て台詞(メッセージ)



「ご愁傷様(しゅうしょうさま)貴方(あなた)じゃ一生、旦那(だんな)食指(しょくし)は動かない」



 赤い紐が僕の首を()め上げる。僕の意識(いしき)が、闇へと()ちる。


 早すぎだろ。不敵(ふてき)に舌を出すくらいの時間はくれよ。



 もうちょっと容赦してくれてもよくないか?

 僕、まだたったの十五歳なんだけどな。

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