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12話 素敵なヒロインのご登場②

 いつの間にか私たちを薄氷のドームが覆っていた。

 ロザリア・グレイヴの術式、氷の結界が完成したらしい。



「ロザリアの術式は君と相性がいい。手足が凍傷で腐り落ちても、君なら即座に再生するだろうけど……失われた熱は戻せない。いずれ(こご)え死ぬ」



 氷に覆われていく私に、グレイヴ卿は微笑みかけた。



「最後通告だ。フィオを返せよ、坊や」


「断る」


「なぜ(かば)う? 僕にとって彼女は王子様だが……君にとっては違うだろ? 彼女は君を戦地に立たせ、自身は城に(こも)っている。騎士に寵愛(ちょうあい)され、庇護(ひご)されるだけの受け身のヒロイン。君は確か、そうした女が嫌いだろう」


「ああ、他人に頼るだけの女は嫌いだ」


「だったら」


「私はフィオが大好きだよ」



 赤い紐が私の袖口から伸び、私自身にまとわりつく。

 グレイヴ卿が首を傾げた。



「……拘束の魔道具? 何故、自分に?」



 紐に巻きつけた火打石が、火花を散らす。

 ガソリンを(、、、、、)染み込ま(、、、、)せた紐(、、、)が燃え上がり、紅蓮(ぐれん)の炎が私の全身を()み込んだ。

 皮膚が焼け、肉が(あぶ)られる。

 再生の魔術で、焼け落ちた先から()み直す。


 氷は溶けた。

 私は火達磨(ひだるま)になったまま、グレイヴ卿へと駆け出した。



「……無茶をするね」



 ロザリア・グレイヴの術式は知ってる。

 彼女の結界にいる者は、均等に冷気に襲われるわけではない。結界の中心から遠ざかる者――逃げようとする者が優先的に凍っていく。

 相手を閉じ込め、逃さない設計だ。すなわち――。



「タネを知る君は結界の中心、僕を狙うよね」



 地面が盛り上がる。

 石畳を突き破って、無数の黒い槍が地中から噴き上がった。



「僕は千の魔術を使える。カウンター系の(トラップ)なら山ほどあるよ」



 槍は肉を裂き、私の身体を空中に縫い止める

 私は力づくで槍を引き抜き、前進する。


 続いて、地面から伸びたワイヤーが、私の四肢に絡みつく。



「恐ろしく細いだろ? 刃と変わらぬ鋭さだ。無理に動けば肉が裂けるぞ」


「今さら」



 ワイヤーを引きちぎる。

 予告通りに肉が裂け、ところどころ骨が露出する――壊れた先から治していく。

 グレイヴ卿が用意した、千差万別の魔術の地雷。

 それらをすべて踏み抜きながらも、一直線に走り抜ける。


 そして、私の左手は、グレイヴ卿に届いた。



「よくできました、ノクス坊や」



 グレイヴ卿は静かに笑った。


 私の左手は、確かに、グレイヴ卿の胸に届いた。

 ただ勢いは殺され、力なく、そっと触れただけだ。


 いつの間にか、私を覆う炎は消えていた。

 私の両脚は黒い鎖に巻き取られ、動かせない。腹や胸は鉄の棘に貫かれ、地面に縫い付けられている。

 竜の術式ならこれらの拘束も砕けようが、右手は消失したままだ。竜の因子が混ざった右手は他の部位と勝手が違い、再生に時間がかかる。

 全身くまなく、使い物にならない。



「火達磨になってハグなんて、野蛮(やばん)だよ……通じるわけないだろ?」



 グレイヴ卿は私を観察する。

 血だらけの私の身体は、再び氷に覆われていく。



「再生の魔術を間近で見れるのはラッキーだな。君のお父様やお兄様は秘密主義者だったから、全然解析できなかったんだ」


「……舐め過ぎだ、私の手はまだ、貴殿の胸に触れている」



 グレイヴ卿が鼻で笑う。



「だから何だい? さっきみたいな魔道具のストックはなさそうだ。竜の術式を失った今の君に、何が……でき、る……?」



 グレイヴ卿の目元から、血の涙が流れた。



「は?」



 グレイヴ卿が血の塊を口から吐き出した。

 その場で片膝(かたひざ)をつく。



「……何、だ……僕に、何をした?」


「内臓を分解した、フィオの魔術だ」


「……フィオの、魔術?」



 私は術式で手袋を分解し、()()しの左手を見せる。

 グレイヴ卿が茫然(ぼうぜん)とする。



「どうなってる? それは……それはッ、フィオの左手じゃないか!」


「……彼女の手の特徴を覚えているのか……気持ち悪いな」



 華奢(きゃしゃ)な少女の左手は、私の手首と(いびつ)に接続されている。



「……身体の一部が少女……奇遇にも貴殿とオソロイだ。死にたくなるよ」



 グレイヴ卿は焦点の合わない目でブツブツと(つぶや)いた。



「……フィオが後天の魔術師に? 千分の一の確率を引き当て、分解の魔術に目覚めた? ……いや、違う! 賢者の石か!」


「察しが良いな」


「……違和感はあった。竜の術式を安易に見せたと……右手を落とされたのは」


「その方が、貴殿が油断すると思った」



 グレイヴ卿はまた血を吐くと、不気味に笑った。



「イカれてる! 正気じゃない! 不意打ち一発のため、竜の右腕を()(ごま)にした君も! 左手を()って(ささ)げたフィオも! こんな作戦が上手くいくと信じたのか!?」


「上手くいってる」


「結果論だ!」


「結果が全てだ」



 グレイヴ卿が笑みを深くする。



「いいさ、認めるよ。フィオを受け身のヒロインと呼んだことは取り消そう。だが、運命の運ぶところは変わらない……僕はもう、再生の魔術を描き終えた」



 グレイヴ卿がゆっくりと立ち上がる。

 まだフラフラだが、少しずつ、着実に、その身体は回復している。



「内臓破壊じゃ甘いよ。狙うべきは頭だったね……お互い死に体だが、(こおり)()けの君より僕のほうが早く治……」



 グレイヴ卿の目に、不自然な影がとまった。

 空を見上げ、硬直する。



「……フィオ?」



 蝙蝠型のゴーレム数体にぶら下がったフィオが、空に浮かんでいた。

 ゴーレムをつかむ手を放し、絶対零度の世界に飛び込んだ。

 白凍の魔術師による結界――薄氷のドームは、閉じ込めた対象を外に逃がさないことに特化している。

 反面、外からの侵入を(はば)むようにはデザインされていない。

 空を(おお)いつくす氷は、いとも容易(たやす)く踏み抜かれた。

 銀世界が崩れていく。


 陽光にきらめく氷の破片を散らし、フィオが降り立つ。


「おはよう、先生。さっきの台詞、もう一度言ってくれる?」



 フィオがグレイヴ卿に顔を向け、優雅に笑う。

 グレイヴ卿は動けない。まだ回復が終わっていないらしい。



「……さっきの台詞? ……ああ、『受け身のヒロインと言ったことは取り消そう』か? 君はこうして、出向いたわけだし」



 フィオが失望を顔ににじませる。

 何かを察したか、グレイヴ卿がハッとした顔をする。



「ああ、すまない、フィオ……僕としたことが、どうかしていた。この程度を外すなんて。少し考えればわかるじゃないか。君の望む台詞は、決まってるのに……」



 グレイヴ卿はまっすぐにフィオを見据え、優し気な微笑みを返した。



「『狙うべきは、頭』」


「よくできました」



 フィオの右手がグレイヴ卿の脳天をつかむ。

 グレイヴ卿の脳がグチャグチャに分解されていく。

 彼はそれを、笑顔のまま受け入れた。



「……また今度」



 グレイヴ卿の身体がドロリと溶ける。それは真っ黒な影になり、やがて光る輪郭線へと化けた。死んで絵に戻った自画像(、、、)が、霧と消えた。

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