表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

第10話 フィオの魔術③

 五度目の再生で、ようやくノクス様の腕に竜の術式が定着した。ノクス様は指を動かしながら、小さく息を吐く。



「二分の一の確率を四回外すとか、ギャンブル向いてないよ、ノクス様」


「君が基準なら、誰しもギャンブル向いてないだろ」



 それは否定できない。

 僕は勘がいい方だ。

 リスクを(おか)しどころを一か所でもミスしていれば、今頃死んでいた自信はある。



「少し試すか」



 そう言って、ノクス様が軽く指をはじく。

 轟音(ごうおん)が鳴り響いた。

 まるで大砲の直撃を喰らったかのように、石壁に蜘蛛の巣上の亀裂が入った。パラパラと破片が壁から()がれ落ちる音がする。



「竜の魔術も今まで通り使えるな」



 ノクス様は特別嬉しそうでもなく、事務的な確認の口調で言った。



「……何これ?」



 竜の死骸から取り込んだ術式。

 どんな力かは見た目にわからないが、簡単に人を殺せるだけの威力はあるらしい。



「……それ、どんな魔術なの?」


「存在しない質量を加算する術式だ。一瞬だけ力積を引き上げる」


「え、えーっと?」


「説明が難しい。また機会があれば教えよう」



 ノクス様が右手で壁をさっと撫でると、ひび割れが消え、すぐに元通りになった。



「……知らなかった。再生の魔術って、無生物にも使えるんだ」



 ふと、窓の外で、何かが羽ばたいているのに気づいた。


 視線を向けると――そこに人間の目玉が二つあった。

 正確に言えば、人間の眼球をもつ単眼の蝙蝠(こうもり)が二体、ギョロリとこちらを見据(みす)えつつ、窓枠にぶら下がっていた。



「……これ、何?」



 嫌そうな声を隠すのも忘れ、思わず素で訊いた。

 ノクス様はちらりと蝙蝠を見て、平然と答える。



「監視用自律人形(ゴーレム)だ」


「ゴーレムって、もっと人形とか石像みたいなの想像してたんだけど」


「一般的にはそうだな。これは特注品だ。ヴァレンティノという術師の固有魔術で作られている。デザインは彼の趣味だ」


「へえ……」



 僕は改めて単眼蝙蝠(ゴーレム)を眺める。

 気味は悪いけど、精巧(せいこう)なのは分かる。羽ばたきは鳥のように滑らかで、眼球の動きに妙な人間らしさがあった。とてもじゃないが人工物には思えない。

 ヴァンレンティノという男は確かに、監視用自律人形(ゴーレム)に生命の躍動を再現する技量を持つのだろう――再現する意味があるかはさておき。



「知れば知るほど、色んな魔術があるんだね」



 僕はまだ魔術師として、入り口に立ったに過ぎないのだろう。

 まだ知らない世界が山ほどある――そう思うとわくわくしてきた。


 二匹のゴーレムはテーブルの端にちょこんと座る。足が短いのは可愛い。二頭ともくぱぁと生々しい音を立てて口を開き、あくびする。気持ち悪い。口内は人間のそれを再現したようなピンク色だ。やっぱり怖い。



「侵入者!」



 ゴーレムが声を張り上げた。何処に喉があるかわからないが、大した声量だ。



「六号から警報! 侵入者は今、正門にいる!」

「玄関から堂々とぶち抜いてきた! 人数は一人! マジ舐めてる!」



 ノクス様の視線がわずかに鋭くなった。



「……侵入者、久しぶりだな」


「泥棒?」


「魔術師だ。その辺のコソ泥が入れるほど、私の城は安くない。一流の術師による結界が張られていて、破れるのは腕の立つ者だけだ」


「こういうの、たまにあるの?」


「ある。ネクロヴァルド家は六大名家の中でも舐められがちでな。功名心に駆られた魔術師が道場破りの感覚でたまに来る」


「迷惑だね。その評判じゃ、(はく)もつかいないだろうに」



 ゴーレムが舌なめずりをする。生物らしい所作の真似事だろう。しかし、その湿っぽい音を聞くと、背筋が冷える気持ちがした。

 彼らのせいじゃない。

 嫌な人の舌を思い出しただけだ。

 気づけば、僕はノクス様の袖を掴んでいた。



「……ごめんね、ノクス様……わかってる。侵入者が、()のはずない」



 彼は今、騎士団の遠征に同行して国の最西端、国境付近にいるはず。汽車で移動しても二日かかる距離だ。

 昨日の今日で僕が屋敷を去ったことを知り、追いかけてくるなんて、さすが無理がある。

 彼がここに来るはずない。



「……理屈ではわかってる、はずなんだけど」



 (のど)が乾く。

 昔の(くせ)が、勝手に戻ろうとする。

 王子様らしい、優雅な笑顔を求める。

 ドラッグも洗脳の魔道具も、使えるものをすべて使い、二年かけて刻み込まれた教育の成果だ。トラウマとも言う。



「……弱いなあ、僕。彼が来たと想像しただけでこの(ざま)なんて」



 ――大丈夫、大丈夫だ。

 ――僕だって魔術師になったんだ。

 ――今の僕は、ノクス様の弟子なんだから。



 自分にそう言い聞かせ、奮い立たせているつもりなのに、自然にノクス様の袖を握る手に力がこもる。母親に抱っこを求める子供のような手つきだ。


 ノクス様は何も言わなかった。ただ、僕の手を引き寄せ、背中から抱きしめてくれた。


 心が落ち着く。息ができる。人肌に触れて緊張が解け、泣きたくなったのも、二年前にロザリア様に抱かれたとき以来だろうか。



「君は庇護(ひご)を受けるのが嫌いだ。自分の力で立ち向かうことを望むだろう。だからこれは、余計なお世話と思ってくれていい」


「……いいよ、ありがと」


「心配しなくていい、すぐ片づける」



 それまで優しげな声音(こわね)だったのに、『片づける』の一言だけ、低くなった。


 二対のゴーレムのギョロリと動く不気味な目が僕を捉える。再びくぱぁと生々しい音を立てて開く口元が、わずかに笑った気がした。



「四号が侵入者を視認したよ! 写真送ってきた!」

「これ、六大名家の当主様だ! 記録(データ)にある男だよ!」



 ゴーレムが口にする前から、最悪の未来はわかっていた。

 皮肉な話だ。

 ついさっき、自分は勘がいいと自惚(うぬぼ)れていたばかりじゃないか。



「こいつはやべえ! 厄介なお客様だ!」

「侵入者は夢幻(むげん)の魔術師、アーノルド・グレイヴだ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ