白虎の騎士ヴィラン-1
白虎の騎士ヴィラン-1
「ヴィラン、お前は獣人だ。夜目も聞くし、毛皮のおかけで寒さにも強い。お前には夜の見張りの才能がある!」
調子のいい先輩に上手いこと押し付けられた形になったのが少し癪だが、城壁から見下ろす夜の見回りは嫌いではない。
月明りの夜が好きだ。太陽のように乱暴に表に引っ張り出すような光でない、森が、家が、城壁が、静かに力強く照らし出すような静かな月の夜が好きだ。
森の向こう側の、さらに向こう側は帝国の宿敵であるドラゴンの縄張りだが、ここ最近では大きな衝突は起こっていない。騎士見習いの配属先としては温くもないが、辛くもないといったところか。
ヴィランは帝国の大貴族の生まれだ。幼いころから何不自由なく育てられた。
ヴィラン一族は縞模様の入った大型の猫のような風貌の種族だが、帝国での社会的な立場に不自由はない。昔は人間中心主義だったらしいが、多くの種族を内包する現代ではそんなことは言っていられないのだ。
そんなヴィランはここの所、大変に悩んでいた。自身の将来像を描けない、やりたいことが見つからない。力が有り余っている自覚はあるのだが、それを向ける先が無い。
そんな自分に活を入れるべく、一旦の職場として父のもつ騎士団に仮入隊してここに来たのだ。それでもやはりしっくりこない。
要するにヴィランは自分探しの旅、真っ最中であった。
「ハックシュン」
己の世界に浸っていたヴィランを引き戻したのは先輩の大きなクシャミだった。
「あれ、今日の見張りは私の番だったはずですよね?」
鼻をすすっている先輩の顔を見つめながら、ヴィランは尋ねた。
「いやー、目が冴えちゃってな。なんか手持無沙汰だからさ、ちょっと話でもしようぜ」
だったら最初からあなたがやればいいじゃないか、とも思いつつも口には出さない。
まあ付き合うことにしよう。どうせずっと一人で喋っているはずなので、適当に相槌を打っているだけで済む。
・・・・
「そんでよー、聞いてくれよ。ルイスのやつがさー」
「へー、そうなんですか」
もう小一時間くらい経つはずなのだが、お喋りがやむ様子はない。すでにヴィランの頭から内容はすっぽ抜けていて生返事しかできないのだが、特に会話に支障は出ていないようだ。
夜風が強くなってきて、流石のヴィランも寒くなってきた。流れてきた雲が月光を遮って景色も、ノンストップお喋りで静寂も台無しだ。
「そういえばよ、この街にミレリア様が来ているらしいぜ」
そろそろ終わりにしませんか、と言おうとしたタイミングですぐさま次の話題が割り込んでくる。凄いなこの人。
ヴィランもあきらめて本腰を入れることにした。
「ミレリア様が?なんでまたこんな帝都から離れた街に?」
ミレリア様は帝都に住むもの、いや帝国外の国にもその名が響き渡る、高名な魔女だ。
国母、守護者、水王、傾国の魔女、冥府の女王。数多くの二つ名を持ち、1000年を生きる人魚だとも言われている。
それゆえに一番有名は二つ名は千年公。実際に1000年生きているかは定かではないが。
「なんでもこの街はミレリア様の故郷らしい」
これは初耳だった。
「故郷・・・って1000年前ですよね。もう当時のものなんて何も残っていない気もしますが」
「まあその辺は気分の問題なんだろう。そういうのはさ、理屈じゃないんだよ!理屈じゃ」
それもそうだ。赤の他人がとやかく言いうことではない。
「しかし1000年生きるってどういう気分なんでしょうかね?人魚は歳をとらないとは聞きますが」
いまだ20も超えていない自分にはまるで想像がつかない世界だ。
「俺たちの爺さんの爺さんが爺さん、だったときよりもずっと昔だからな。絶世の美女だとは聞くけど・・・お前はお顔を拝見したことはあるか?」
「なんかの行事で遠巻きに見たぐらいですね。・・・帝都に住んでいた時でも、直にお顔を拝見するような機会はありませんでしたし」
帝都の内政、外交、戦争のすべてに関わっている御方だ。帝都であっても要職にでもいなければそんな機会はない。だからこそ、こんな街に来ていることが話題になっている。
「しかし1000年も美女のまま、ってホントかね?本当はシワクチャのおばあさんだったりして」
オイオイ、と思いつつも高名と共に語られがちな美貌には確かに興味はあった。
「どうなんでしょうね?しかし実際にお会いした人たちは美女だったと口を揃えていましたね」
「いやー、人の噂に尾ひれはついて回るものだろ。人魚なだけに」
上手いこと言いますね、と思わず喉から声が出かかった瞬間だった。
「あなた、上手いこと言うわね」
背後からの透き通るような声が鼓膜を伝った。
(曲者か)
まるで気配を感じなかったことに驚きつつも、一瞬で振り向くとともに腰の剣に手をかける。その目はまっすぐに発言の主に移り、嘗め回すように敵戦力を分析する。
一見すると武器は所持していないが、白いフード付きマントを羽織っている。暗器を持っている可能性があるので警戒。
魔力の波長を感じるので魔術師の可能性がある。敵意は感じないが、手練れなら一瞬の速唱で首が落ちる。
いや、そもそも敵意があったら声などをかけてこないはず。敵ではない可能性が高い。
マントの下の服装は簡素に見えるが、手が込んだ作りで庶民の手に届くものではない。首にかけた紋章には見覚えがある。人魚が盾と辞書を持っている変わった紋章。なんかの行事で見たやつ。
先ほどの会話を考えると、どう考えてもこれは・・・
「ミレリア様?」
ヴィランの持つ瞬発力と反射神経、たゆまぬ日々の鍛錬が一瞬での平伏を可能にした。
横目で先輩を見ると、こちらも完璧な平伏を見せている。
大丈夫だ、俺は言い切っていない。ギリギリセーフのはずだ。先輩はアウトかもしれないが、それは仕方がない。内心で呟く。
(今までお世話になりました)
完全に見捨てるモードに入ったヴィランと、言い訳を考えるのに必死の先輩の頭上から、先ほどよりも優しいトーンの声が聞こえる。
「盗み聞きになってしまったのは悪かったわ。他には誰もいないから、今のは聞かなかったことにしてあげる」
(ラッキーでしたね、先輩)
深く息を吐く先輩をチラ見しながらヴィランは思った。しばらくはお喋りの量も減るだろう。
「楽になさい。おばあちゃんのシワクチャの顔なんて見たくもないかもしれないけど」
少し怒ったような、からかうような声が聞こえる。やはり忘れてくれる気はなさそうだ。
ヴィランが顔を上げるのと同時に強い突風が吹き、月を覆っていた雲と女性の顔を覆うフードを吹き飛ばした。雲の動きに合わせて動くゆったりとした月光が、見上げた先の女性を照らし出す
腰ほどもある漆黒の黒髪が夜風になびく。少しだけ吊り上がった切れ目の長いアーモンド形の目が、優しそうにこちらを見つめている
長身で長足、スリムだが華奢ではない。そしてマントの上からでもわかるそのプロポーション。
目を奪われる、という比喩表現があるが、今の今までピンと来ていなかった。しかし今、それを完全に理解した。
これほどまでに美しい人が存在していいのか?これほどまでに美しく月光を纏える人が存在していいのか?
「大変申し訳ございませんでした、ミレリア様。これには深い理由がありまして…」
ひたすら謝罪を繰り返す先輩を尻目に、ヴィランは完全にミレリアに見惚れていた。
ああそうだ、俺はこの御方に尽くすための騎士だったのだ。そのためにこの国に生まれてきたのだ。
今まで内心に霧がかってた心は、夜風と共に一瞬で晴れた。
「私はあなたの騎士になります。必ずなります!」
完全に自分の世界に入ったヴィランは、思わず決意を口にした。
突然の決意に少し困ったミレリアは、少し考えてからこの場で最も妥当であろう言葉を選択した。
「そうですか。期待をしています」
ヴィランにはそれで十分だった。




