復讐の魔女と家族を捨てた男 〜男の最期の願いは叶わない〜
先に『アンナと母親』を読んでいる前提で書いてます。
赤毛の髪をリボンで後ろに一纏めに括り、私は緑豊かな田舎の丘の上の修道院に赴いていた。
ここでは修道女たちが身寄りがなく、独りでは生きていくことが出来ない人達の面倒を見ている。
修道院の近くには昔、金が取れたという鉱山があった。しかし、それは十年以上も前のことで、三年経つとその量も徐々に減っていき枯れ果てたという。
そして、その鉱山の持ち主だった男がここにいるらしい。
男は十五年前に前妻と別れたあとに、愛人と再婚したようだが、直ぐに愛想を尽かされたらしい。彼女は既婚者を弄ぶスリルが愉しかっただけのようで、男となんの障害もない状況は退屈だったようだ。
前妻の不貞に、後妻からも捨てられて、男の精神は疲弊し、それから誰も信用できなくなってしまった。
荒れに荒れて、性格もキツくなったようだが、それでも金だけは入ってきた。
そうなると信用できるのは金だけになる。その考えは間違いではなかった。
金さえあれば人々が思うように動いてくれ、女性も今までの妻より若い女が寄ってくるようになった。
しかし、金を出し続けなければ、満たされなくなってしまっていたことに、男は気づけなかった。
三年後、金の採取量が減っていくと男は焦りを覚えたが、一度金が出た場所を手放したくもなく、鉱山を持ち続けるも、やはり金は出ない。
その内、現場の者たちまでも信じられなくなり、男は彼らが報告せずに懐に入れていると疑い始めた。
勿論、そんなことはなく、現場作業の者達の不満が募った結果、皆辞職していった。
誰も信用できなくなった男は、自分の力で真実を暴いてやろうと、再び出るかも分からない金を採掘し続けた。
数年後、鉱山が枯れ果てたことに気付いたらしいが、全てを失った男にはそれ以外することがなかった。
年数が経つにつれて、性格は少し丸くなっていたようだが、ある日鉱山の作業中、酸欠で倒れてしまった。
一命は取り留めたようだが、男は脳に異常を来したようだ。
私が男の病室となっている部屋に訪れれば、白髪で皺だらけの細い男が、ベッドに上体を起こした状態で、身内でもない子ども二人に囲まれていた。
「はい。おじいちゃん。金だよ」
「おお……! ありがとう、ありがとう……!」
「ハハハ! 信じてやがんのー!」
「もっと拾ってきてあげるからね!」
「ありがとう……! 本当にありがとう……!」
金と言われて黒い石ころを手渡された男は、石ころを大切そうに両手で受け取ると、泣きながら喜んでいた。
子供たちに嘲笑われていることにも気が付かず、男は深く感謝の言葉を繰り返し口にしている。
子供たちは遊びに満足したのか、笑いながら私の横を駆け抜けていった。
男は子供達がいなくなると、激しく咳き込んだ後に、いそいそとベッドのそばの机の引き出しを開けた。
中には今までもらったであろう石が、大きな音を立てて転がっていた。私はその後ろ姿に声を掛けた。
「良かったわね。良いものをもらえたみたいで」
男の肩がぎくりと震え、勢いよくこちらを向いた。
吃驚した表情で私を見ると、知らない人だと認識したのだろう。大声で吼えられる。
「誰だお前は!? 金を盗みに来たのか!?」
「お生憎様、金には興味がないの」
私は揶揄うように笑いながら後ろで手を組み合わせ、体を横に向けた。関心がないことを体で表現したつもりだ。
横目で男の様子を窺えば、訝しげに私を見つめている。
私は不敵に笑みを浮かべて、男に向き直ると真っ直ぐ見据えて口を開いた。
「私は貴方に復讐をしに来たの」
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私の渾身の一言は、男に上手く伝わらずに終わってしまった。復讐という言葉の意味が理解できなかったらしい。
私は修道女の一人と思われたようで、ベッドの横につけた椅子に腰を下ろせば、男は嬉々として金を自慢気に見せてくる。宝物のように扱うその姿が滑稽で、思わず笑ってしまう。
「金なのに黒いなんて可笑しいわ」
「磨けば金が出てくるんだ」
男はそう言うと洋服に熱心に石を擦り始める。洋服で擦るくらいで削れるとは思えないが、男は至極真面目のようだ。
金が出てこないことを教えずに見続けるのも、復讐の一環かもしれない。
私は煽るように言葉をかける。
「それじゃあ金が出てきたら教えてね」
「ああ。分かった」
一生出ることがないと知っているのに黙っている。私は悪い魔女だ。
たまに激しく咳をする男をずっと見守っていれば、夕食の時間になったので石を取り上げた。
「残念。今日はこれで終わり」
私は立ち上がると机に石を片付けた。男は残念そうに肩を落とした。
「あと少しで出るかもしれなかったのに……」
「また明日、頑張ることね。それじゃあまた、復讐しに来るわ」
食事を持ってきた修道女に挨拶をしてから部屋を後にした。
それから私は男に復讐するために毎日訪れた。
暇さえあれば石を磨き続けるので、私は飽き飽きして石を取り上げると、男を車椅子に乗せて外に連れ出した。
男は石磨きを続けたいようだったが、願いを叶えることはしない。
青空の下、修道院の周りに設けられている庭園に沿うように車椅子を押し進めていれば、男は私に文句を言うように言葉を吐いた。
「君も金が見たいだろう?」
「あの石ころが、本当に金であるのかは気になるけど……最初に言ったように、私、金には興味がないの」
「何でも買えるし、いい暮らしも出来るのにか?」
「……ねぇ、今の貴方と私、どちらが幸せそうに見える?」
私が笑顔で後ろから顔を覗き込めば、男は瞳を瞬かせる。
私の問いかけを男は黙って考えると、徐々に顔が曇っていき、それと共に顔が下を向いていった。
「それは……君だろう。とても楽しそうな顔をしている」
「そうでしょう? だから金なんていらないの。あんな石ころを磨き続けて余生を過ごしても、私のようになれないわよ」
「そうか……。幸せにはなれないか……」
それから男は石を磨くことを忘れたように、関心が向かなくなっていた。
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私と関わったことで、男は昔のことを思い出したのか、よく自分の捨てた子供のことを語るようになってきた。
「アンナは金髪で可愛くはないから、嫁の貰い手があるか心配しているんだ」
「あら? 貴方は赤毛なのに娘は金髪なの?」
「娘は……妻の祖母似なんだ」
「へぇ。そうなのね」
男の中で娘はまだ三歳くらいらしい。
三歳の時から嫁の貰い手の心配をしているなんて、あまりにも失礼だと失笑してしまう。
男は後妻のことはすっかり忘れていて、前妻のことばかり話していた。
たまにセルフィという次女の話をしては「あの子は私に似ずに可愛かった」と言っていた。
長女は男に似ていたらしい。
それじゃあ男もブスではないか、と指摘すれば、彼は呆けた後、おかしくなったのか大口を開けて大笑いした。
あまりにも大袈裟に笑うので、私もつられて笑った。
そして男は苦しくなったのか酷く咳き込んでいたので、私は布を渡し背中を擦ってやった。
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恒例となった車椅子の散歩中、修道院の大きな窓ガラスの前を通る。
光の加減で反射したそれに、私と男が映ると男はじっとその姿を眺めた。
「私は昔、赤毛だったんだ」
そう言った男の窓ガラスに映る髪は、本当にそうであったのかと疑うほどに真っ白い。
それから男は、窓ガラス越しに視線を私の赤髪に移すと、じっと見つめながら口を開いた。
「君は、私の娘に似ているような気がするんだ」
その言葉は切望が滲み、瞳は泣き出しそうに潤んでいて、まるでそうであってほしいと祈りを捧げているようだ。
私はその姿を見ておかしくなって、ふっと笑った後に、ツンっとそっぽ向いた。
「あら? そんなわけないわ。だってその子、ブスだったんでしょう? 私、美人だもの!」
胸を張って答えれば、望みを切り捨てられた男は目に見えて落ち込んで「……そうだ。私は何を言っているんだろう……」と呟いていた。
ブスと私を見間違えるなんて、本当に失礼な男だ。思わず口元に手を当てて、クスクス笑ってしまった。
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ある日、男はいつまでも家族が面会に来ないことを不思議に思ったのか、家族に会いたいと口癖のように言い始めた。
咳き込む合間に、何度も何度も口にするので、耳がおかしくなりそうになった私は、前の妻と血の繋がっていない娘に連絡を取った。
妻の方はまだ根に持っているのか面会を拒否し、娘の方は、自分を見たことで嫌なことを思い出すのではないかと憂い、断った。
男は家族を捨てたのだ。当然の結果だろう。
私は男のもとに赴くと、ベッドの側の椅子に腰を下ろして、気遣うことなくありのままを伝える。
「貴方の元家族は会いたくないそうよ。――当然よね。貴方は家族を捨てたのだもの」
「……捨てた?」
「そうよ。先ずは長女を捨て、妻と次女を捨てたのよ。きっかけはどうであれ、人はゴミではないから、捨てた人の意思で手元に戻すことは出来ないわ」
「どうして捨てたりなんか……」
「さあ? 自分の胸に手を当てて考えてみたら?」
私が冷たく突き放せば、男は酷く落ち込み泣き始めては、激しく咳き込んだ。私はその様を黙って眺めた。
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徐々に弱っていく男は、車椅子で散歩すら出来なくなった。ベッドで寝てはただただ激しく咳き込むだけの日々。
私はそんな男に、娼館で働く女性の話と、性格の悪い女性の話しをした。
娼館で働いている女性は自分の店を持っていて、訳ありの女性を積極的に採用しているが、新規のお客さんの獲得に悩んでいるらしい。
そして出した案が、衣装を奇抜にしようというもので、兄に作るように依頼をかけているが、デザインがデザインなだけに引かれてしまっている。
性格の悪い女性は、最近腰が痛いらしいが、自分がいないと仕事が回らないと、労ってほしいのか自慢したいのか分からない話しをしていた。
休みの日は、これまた性格の悪い友達と職場の悪口を言い合って、人生を謳歌しているようだった。
男は激しく咳き込んだ後、私が布で口を拭いてやれば苦しそうな口調で「変わった人たちだ」と小さく相槌打った。
どうやら苦しい思いをしてまでも、その言葉を言いたかったらしい。私は失笑した。
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死期が近づくと、男は目を覚ます度にうわ言のように「家族に会いたい」と呟いていた。
咳をすれば血を吐き出し、体力を削られて、食事も、水すら摂るのが難しい状態になっていた。
すっかり痩せこけてしまった男が望むものは、死にたくないという言葉ではなく、家族に会いたいだった。
散々男が苦しむ様を見てきた私は、最期くらい願いを叶えてやろうと男の家族を連れてきた。
二人は病室の入り口から男を見ると、変わり果てた姿に悲痛な表情を浮かべていた。
私は眠っていた男の肩を揺らし、彼が欲しかった言葉をかけてやった。
「ほら、お望みの家族が揃ったわよ」
三人でベッドを囲んで見下ろせば、男はゆっくり瞼を開いた。
完全に開ききらない目で私たちを映し、暫しの間のあと口を小さく開き、かすれきった声を出した。
「どちら様ですか?」
耳をそばだてて聴こえた言葉は、息を呑むものだった。
男の視界に映ったのは望んでいた家族ではなかった。女性たちは戸惑ったように視線を交わし合う。
そして私は、予期せずして、男に対して最期に手酷い復讐を成し遂げることが出来ることを悟った。
私は諦めたように笑みを浮かべ、彼女たちと顔を見合わせた。彼女たちも考えることは同じのようで、困ったようにため息を付くと肩を竦ませた。私は口を開いた。
「仕方ないわね。家族が来れないんだったら、他人の私たちが一緒にいてあげましょうか」
「そうね。全っ然知らない人だけど、まあ、私と年も近いから、なんだか親近感湧くしねぇ」
「よかったわねぇ、おじさん! 美女三人組に看取られるなんて中々ないわよー!」
勝ち気そうな白髪の女性がやれやれと言葉を吐き、金髪の女性が口元に手を添えて、囃し立てるように明るく冗談を言った。
悲愴な空気感とは場違いな、他人の三人組が騒いだことに、男は驚いたように目を見開くと、目を細めて静かに涙を流した。
唯一の望みが叶わなくて悲しくなったのだろう。
男は、かすれきった小さな声で「ありがとう」と零した。
――こうして男の最期の願いは叶うことなく、彼は深い眠りについた。
家族を捨てた男への復讐としては上出来だろう。
修道院に併設されている墓の下で眠る男に、私は清々しい気持ちで笑いかけた。
そして髪を結んでいたリボンを解くと、愛する旦那様が迎えに来てくれる。
金髪の女性が手を挙げて旦那様に明るく挨拶して、年老いた女性は両腰に手を当ててひと仕事を終えたようにやれやれと息をつく。
そうして男とは他人の私たちは帰路についた。
もう私は男と会うことはないので、永遠の別れとなるが、これで悔やむことはないだろう。
さようなら、私とそっくりな赤毛の――。
お読み頂きありがとうございました!
家族の話が気になっていた方もいると思ったので、先に書きました。
これでアンナの家族の話は終わりです。
後は時を遡った話の投稿になります。(未定)
お付き合い下さりありがとうございました!




