アンナと母親(終)
そして半年が過ぎて、オバさんは同室のマガリさんとエマさんとも打ち解けていた。
だから、話してもいいと勘違いしたのだろう。
彼女たちが私とオバさんの関係を深掘りするように訊ねれば、オバさんは赤裸々に、自分の不貞、離縁などを話し始めた。
そして、どうして受け入れられると思ったのか。
オバさんは自分の悪行、つまり私の容姿が原因でセルフィを身籠ったことも話したのだ。
すると二人は唖然としたあと、怒りを顕にした。
「あんた、馬鹿だねぇー! 落ちぶれてざまあないじゃないかい! しかも虐げられてたアンナちゃんがここまで面倒見てくれてるんだよ!? 親として恥ずかしくないのかい!?」
「しかもそんな理由だけでアンナちゃんを虐めてたの!? 恵まれた環境にいながら、よく自分の子供を虐めようと思えたわね!?」
めちゃめちゃ二人は憤っていた。
なんだかんだで可愛がられている気はしていたので、ここまで私のために怒ってくれることが凄く嬉しかった。
オバさんは二人から、ここまで怒られることを予期していなかったどうしようもない人なので、当然動揺し言い訳を口にする。
「だって、可愛いと思えなかったんだもの……普通可愛い子を愛でたくなるじゃない?」
「あー! あー! こんなんでもアンナちゃんの母親になれるなんて、世の中どうかしてるわ! アンナちゃん、悪いことは言わないからこんな女じゃなくて、私を母親にした方いいよ! だらしないかもしれないけど、私のほうがよっぽどマシさ」
「マガリさんのご厚意とっても嬉しいです! ありがとうございます!」
冗談だとは思うがそう言ってもらえることが嬉しかった。
オバさんには必要とされていなかったが、私を受け入れてくれる人はいるのだと、それを知れただけで心が温かくなる。
「ちょっと! 私もアンナちゃんの母親に立候補させてちょうだい! 息子もよかったけど、娘も可愛くていいと思ってたのよ〜!」
エマさんが立ち上がり、私の隣にくると腕をつかんで引き寄せた。
頭を私に預けて浮かれてる様子で言ってくるので、私もついついその気になってしまいそうで、照れてしまう。
「エマさんもありがとうございます! 二人から大切に思われて、私幸せ者ですね!」
「……まさか、冗談だと思ってるのかい? 私たちは本気だよ? なぁ、エマ」
「ええ。本当に娘になってほしいと思っているわ」
……二人が嘘をついている感じはしない。
え!? 本気なの!? 嬉しいけど、なんだか恥ずかしくて困ってしまう。
私が顔を彷徨わせ狼狽えていれば、俯いていたオバさんが私の顔をおずおずと見上げている。
私と目が合うと、オバさんは視線をそらしたが床に視線を移すと弱々しく言葉を吐いた。
「……アンナ、色々と……辛く当たってしまって……ごめんなさい……」
オバさんは酷く落ち込みながら謝罪した。
私は彼女が謝った時に絶対に言おうと思っていた台詞があった。
ふっと笑ってから、私は口を開いた。
「赦しませーん!」
私が顔を背けて冗談っぽく言えば、マガリさんとエマさんは腹を抱えて大笑いする。
オバさんは呆気にとられているようだ。
私は彼女を赦す気はない。
何故ならこの距離感がとても楽だからだ。オバさんにとって、母と娘は距離が近すぎて、気安くなりすぎる。だから彼女が私の母に戻ることはない。
マガリさんとエマさんが大きく賛同する。
「よく言った! こんな女赦さなくて正解だ!」
「そうそう! 私と同じで子供に恨まれ続ければいいのよ!」
「これからもオバさんとして、よろしくお願いします」
オバさんの渾身の謝罪は、こうして適当に流された。
それからもオバさんは謝り続けるが、私の返事は変わらない。真面目に取り合わず、躱し続けた。
たまにマガリさんとエマさんが、どちらが私の母親にふさわしいかを熱心にアピールしてくる。
オバさんはその様子を複雑な表情を浮かべて黙って見つめるだけだった。
そうして、一年が経った。
セイルさんとの約束通り、私は仕事を辞めることにした。
家から通って続けてもいいとも思ったが、あまりオバさんと長く居続けて、絆されてしまいたくないので関係を絶つことにした。
寮部屋の自分が使っていたベッドなどを綺麗に掃除して、私はマガリさんとエマさんに頭を下げる。
「マガリさん、エマさん。色々とお世話になりました。迷惑じゃなければ、また遊びに来てもいいですか?」
「いいに決まってるじゃないか! 外で食事でもしながらお話するのもいいねぇ!」
「マガリはただ酒が飲みたいだけでしょー? でも、そうなる日を楽しみにしてるわ!」
二人は別れを惜しむことなく、笑顔で見送ってくれた。
マガリさんとエマさんの後ろでオバさんは暗い顔で下を向き、私を見ようともしなかった。
――これでいい。
最初からオバさんと私は他人同士だったのだろう。
血の繋がりがないマガリさんとエマさんの方がずっと近くに感じるんだから、きっとそうなのだ。
寮から出る前にマーガレットの部屋に赴き、別れの挨拶と手紙を渡せば、彼女も手紙を書いていたみたいで交換した。抱きしめ合い、私たちは手を振って別れた。
寮を出ればセイルさんがいて、私は笑みを溢して歩み寄る。
「アンナ!」
後ろから聞き慣れた声に呼び止められ、振り向いた。想像通り、オバさんが息を切らして私を見ている。
「いつ謝っても、貴女は真剣に取り合ってくれなかったけど、最後にちゃんと赦してくれるのか教えてくれない!? もやもやしたままなんて、気持ち悪くてしょうがないのよ!」
オバさんは最後の最後までやっぱり自分のことしか考えていない。私は呆れ果てながらも、こういう人だと再度認識した。
しかし、最後くらいは彼女の望みを叶えても良いだろう。
「……私は、貴女と親子に戻るつもりはありません。今更私をセルフィのように可愛がられたとしても、違和感しかないんです。ただ、今の――他人としての距離感は、知り合いとして受け入れてもいいかなって思ってます」
私が自分の意見をしっかり言えば、目の前の女性は顔を顰めたが、気の抜けたように盛大にため息をついた。
「……そうね。自分から捨てておきながら、今更母親に戻るなんて、自分がアンナなら無理な話だわ。やっぱり、私の娘はセルフィ一人で十分だわ」
これで明確に私たちは他人になった。
勝手に縁を切った時は複雑な心情だったが、今はこの知り合いのような距離感が気楽でいい。
ノーラさんに私は軽い口調で別れの挨拶をする。
「それじゃあまたね、セルフィのお母さん」
「ええ。またね、セルフィのお姉ちゃん」
互いに背を向けてそれぞれの場所へと戻る。
次彼女と会った時は、きっとセルフィのように職場の話を聞かされることになるだろう。
――性格の悪い知り合いが出来てしまったが、他人としてなら良いかな。
心穏やかでいられるのは、生きていく中で彼女がそれほど重要な人物じゃないからだろう。
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家に帰った夕食後、リビングテーブルの席に着くと、私はセイルさんの前にお金の入った麻袋を差し出した。
「……なんだこれは?」
「今まで私にかかっていた費用をお返ししようかと思って、貯めてたんですよ。と、言っても足りないかもしれませんが……」
私は苦笑いを浮かべる。
三年分にしては全く足りてない金額だろうが、それでも少しだけでも返したかった。
セイルさんは私の顔と麻袋を交互に見比べると、テーブルに肘を置いたまま、不機嫌そうにそっぽ向いた。
「……受け取らないぞ」
「え?」
「受け取ったら、今までの関係が金だけで繋がってたみたいじゃねぇか」
「そんな。考えすぎですよ。お世話になりましたっていう意味です」
「……なんだその、お世話になりましたって。俺は好きでやってたんだよ。――兎に角、俺は受け取らないからな。自分で働いた金なんだから自分で使えばいいだろ」
セイルさんは麻袋を手で押し返そうとしたが、すかさず私も手を添えて押し返す。
「もー! 頑固なんですから! 頑張ったなって言って受け取ってくださいよ!」
「どっちがだ! 俺との思い出を何勝手に金で清算しようとしてんだ!」
「してませんよ! もう!」
それから手で押し合いが始まるが、全くセイルさんは折れてはくれなかった。
最終的にお金は私に戻ってきて、セイルさんは寝ると言って自室に戻ってしまった。
……今日こっそり枕元にでも置いとこうかな。
この後アンナが添い寝しに来たと勘違いして、嬉し驚き戸惑うも、麻袋を見てキレるセイルですね。
また今度父親の話も書きます。いつになるかは未定です。
お読みくださりありがとうございました!




