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アンナと母親(3)


工場の前に着いたところで、母が思いつく限りの罵倒を浴びせにかかる。が、右から左へ聞き流して、勢いが少し衰えたところで私は笑顔を向ける。


「お母さ……じゃなくてオバさん。言葉というのはですね、相手に響かなければ何を言っても無駄なんです。だから早く諦めたほうが余計な体力を使わずに済みますよ?」


これは夢の中でミラさんとの対話で感じた言葉だった。オバさんは目を白黒させて、慄いている。


「お、オバ……!? 母親になんて口を利くのよ!?」

「私の家族はセルフィだけです。母親も父親もいません」

「それなら私のことなんて放っておきなさいよ!」

「それはセルフィに迷惑がかかるので駄目です」


母は一度も私に悪びれた様子もないので非情になってもいいと判断した。これからは私とは他人のオバさんと呼ぼう。

私たちのやりとりに、黙っていたセイルさんはオバさんに対し、冷ややかな目を向けて私に訊ねた。


「本当にいいのか? 今なら何処か遠くに飛ばしてやれるぞ?」


どうしてもセイルさんは彼女を疎ましく感じるようで、何処かに追いやりたいらしい。私は困ったように笑い、返事を返す。


「取り敢えず、暫く頑張ってみます」

「ちょ、ちょっと待ってよ……? 飛ばすって…なに?」


セイルさんとの会話を不審に思ったのか、母が不安げに声を震わせる。私は、好都合と脅しにかかる。


「オバさんがここで頑張れないようなら、見知らぬ土地に飛ばしてもいいかなって相談してたんです。見た通り、私の恋人は魔法使いなので」

「ま、魔法使い……?」

「そうです! そうならないように、頑張りましょうねオバさん!」


オバさんは完全に覇気がなくなったようなので、私はセイルさんとの別れもそこそこに、彼女の腕を引っ張って工場の受付へと向かい、手続きを滞りなく済ませた。


工場見学をさせてもらえれば、オバさんより年上とみられる女性も働いていていたので、判断に間違いがなかったことを確信した。


案内人の管理者が働いている女性たちに私たちを軽く紹介すると、隣にいたオバさんが急に声を張り上げた。


「お願い、助けて! この子頭がおかしいのよ! 私が嫌がってるのに無理やり働かせようとするし! 挙句の果てに、働かないと私をどこか知らない土地に追いやるって脅してくるのよ!? 信じられる!?」


オバさんが感情的に訴えれば、女性たちはあからさまに蔑む目を向けた。働いている彼女たちにとって、母の言葉は的外れで理解に苦しむのだろう。

一人の女性が私に同情するように声を掛ける。


「訳ありなんだねぇ。こんなのが母親で苦労してるねぇ」

「あはは。苦労してましたが、もう他人なので気が楽です」


他人だと割り切れば、こんなにも自分のやりたいように出来るのかと笑ってしまう。

セイルさんの魔力の影響でもあるが、オバさんに対等に意見できる立場を得られたのは良かったかもしれない。


誰にも取り合ってもらえなかったオバさんは、見るからに沈んでいた。

知り合いが私しかいない街だが、住んでいた街は知り合いが多く、働き辛いと言っていたのでこれで心置きなく働ける筈だ。


寮は四人部屋でオバさんと、彼女より年上の女性二人と一緒だった。

工場で挨拶したときは見掛けなかった気がしたが、噂が出回ったのだろう。

茶髪の白髪交じりの女性マガリさんがオバさんを咎め始めた。


「あんたさぁ、まだ若いのに娘に迷惑かけて恥ずかしくないの? 働ける場所があるのに働きたくないなんて、贅沢すぎる話だよ」

「私は体調が悪いのよ! 腰をやってしまって、いつ再発するか分からない状態なの!」

「一回腰をやっただけだろう? 私なんて何度やったことか……最近肩こりも酷いしねぇ。あ。新人なんだから揉んでもらおうかねぇ。勿論アンナちゃんじゃなくてあんたにね」

「どうして私が揉まなくちゃいけないのよ!? 勝手に自分で揉んどきなさいよ!」

「年上の言うことは聞いていた方がいいわよー? 長年生きてきたんだから、心当たりくらいあるでしょう? 女の世界は厄介事が多いって」


金髪の白髪混じりの女性エマさんが、ちくりと忠告する。オバさんはその言葉に、何かを思い至ったのか黙り込んだ。

そのまま肩を揉むわけでもなく、じっとしているので私はエマさんに声を掛ける。


「それじゃあ私はエマお姉さんの肩を揉みましょうか?」

「やだぁ! お姉さんだって!」

「おだてるのが上手だねぇ!」


二人はきゃあきゃあと騒ぎ始め、なんだか明るくて楽しい人たちと同じ部屋で良かった。



次の日、早速就業し、主に割り当てられた仕事は製糸で、繭から糸を取り出す作業だった。

オバさんが糸先が見えないと文句を言い出したので、繭を煮る方へ移されていたが室内の熱気と高温、肉体労働がしんどかったらしく戻ってきていた。


オバさんが腰が痛いだの足が痛いだの、辞めたいだの文句を言えば、私が怒るより先にオバさんより年齢の高いお姉さん方が叱りつけてくれるので、凄くいい職場で有り難い。


就業が終わり、寮に戻ればオバさんは強気な態度を一転させて私に泣きついてきた。


「ねぇ、私が悪かったわ! アンナ赦してちょうだい! お母さん腰が本当に痛くてしんどいのよ〜!」

「赦しません。オバさんが私にしてきたことを忘れたんですか? もし赦してほしいのであれば、文句を言わずに贖罪と言う名の労働をしてください」


勿論一切取り合わない。赦すことがオバさんの為にならないことは彼女の性格上分かっている。

するとそれを眺めていたマガリさんとエマさんが感嘆の息を吐いた。


「アンナちゃんしっかりしてて偉いねぇ」

「本当。生き別れた息子と結婚して欲しいくらいだわ」


エマさんが気になる言葉を漏らした。私はエマさんに問いかける。


「息子さんと生き別れてるんですか?」

「ええ。若い頃の話になるんだけれど、義両親のいびりが酷くてね。逃げ出してきたのよ。一人息子だったから、一緒に連れて行こうと思ったんだけど、義両親、息子のことは好きだったから阻止されてね。自分の生活さえ先が見えない状態だったから、泣く泣く別れてしまって――きっと息子は私のことを、自分を置いていった非情な母親だと思っているでしょうね」


追想しながら語ったエマさんに、私はどう言葉をかければいいのか分からずに、力なく顔を俯かせる。


「私から訊いたのに……なんて返したらいいのか……」

「そんなに悲観的にならないで。もう二十年以上前のことよ。気にしてないわ」


エマさんは苦笑しながら、気遣ってくれた。

しんみりした空気が漂っていれば、マガリさんが腕を組んで大きくため息をつき、しみじみしながら頷いて沈黙を破った。


「私もアンナちゃんを息子と結婚させたいわぁ!」

「やだもう! マガリは独り身でしょう!? まぁた冗談ばっかり言うんだから〜!」

「そういう夢を最近見たのさ! 私に似ないでかっこいい男だったよ〜!」

「それじゃあ赤の他人じゃない!」


マガリさんとエマさんはどっと笑った。

私は一瞬きょとんとしたが、二人が笑っているのを見て可笑しくなって釣られて笑ってしまった。


すると俯いていたオバさんが小さく噴き出した音が聞こえた。見てみれば、必死に笑いを堪えている。


マガリさんとエマさんの笑顔が引っ込み、不気味なものでも見るようにひそひそと会話を交わし始める。


「気持ち悪い女だねぇ。遠慮しないで笑えばいいじゃないか……。ねぇ?」

「ほんとほんと。笑いをこっそり盗んで、いやらしい女ね」


その会話も面白くて私は笑ってしまった。

辛い思いをしていたとしても、悲観するばかりじゃなくエマさんたちのように、笑いに変えてしまえる力があるのは凄いことだと尊敬の念を抱いた。





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