アンナと母親(1)
全5話です。
娼館事件から一ヶ月経った頃、いつの間にか実家は売りに出されていて、父はジーナさんと共に都会の方に引っ越していたそうだ。
セルフィはジーナさんに裏切られたことを怒るかと思えば、自分が働いて生活も出来ているので父のもとに戻ることに執着してはいなかった。
それはシーラさんに記憶を修正された後も変わらなかったみたいで、他人には他人の幸せがあると悟りに似た思いを吐いていた。
あとは血の繋がりがないならば、父にとってセルフィは視界にも入れたくない存在だと思うので、今後一切会わないことが、今まで世話をしていたお詫びになるだろうとの考えだった。
本人的には私とセイルさんのいる家が実家でいいや、と完全に肩の荷を下ろしきっていたので、セルフィがそれで良いのならと私も何も言わなかった。
それから二年ほど経ち、相変わらずセルフィは娼館に勤めていて家に度々来るのだが――最近、彼女とセイルさんが私に何か隠し事をしている。
セルフィは私が迎えに来るのを拒んでいるし、セイルさんも私に家に残っていて欲しそうだ。理由を訊くと適当に誤魔化される。
私がセルフィを迎えに来ると都合の悪いことでもあるのかと思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。
「セイルさん、街に買い物に行きませんか?」
「ああ。隣街で良いか?」
「……どうして隣街なんですか?」
「……俺が隣街に用事があるんだよ」
「そうなんですね。それなら隣街に行きましょうか」
しかし、隣街の用事は既刊本の購入で、私の住んでた街でも済む内容だった。訝しく思った私はセイルさんに揺さぶりをかけてみる。
「その本、私の住んでた街でも買えそうですね」
「……どこで買おうが俺の勝手だろ?」
「でもセイルさん、ここでしか買えないような言い方していましたよ?」
「……そんなこと言ってたか?」
「言ってましたよ。……そうだ! これから私の住んでた街に行きませんか? たまにはあっちで買い物したいです」
「今日は駄目だな。欲しいものがあるならこの街で揃えろ」
……怪しい。
セイルさんは素っ気なく返事を返し、体を背け私の意見を一切取り入れる気がないようだった。
そしてそのまま日が過ぎて、セルフィが家に来た。リビングテーブルに腰掛け、最近の話をセルフィが喋り始める。
最初は気持ちよくその話題に乗り、彼女の気が抜けたタイミングで、私はマグカップを手に持ちながら疑惑の目を向ける。
「二人とも、最近私に何か隠し事してるでしょ?」
「え?」
セルフィは何を言われたか分からない様子だったが、問われている内容に気付いたのか、たじたじしながら口を開いた。
「隠し事なんて……してないよね、お兄ちゃん」
「ああ。考えすぎなんじゃないのか?」
二人の余所余所しい態度に、悲しげな表情をつくって俯き、切なげな声を出した。
「二人で……私に隠れてデートしてるんでしょう?」
これは流石にないだろうと思っていたが、男女の仲を疑うのにうってつけで、二人の動揺も誘える。
チラリと二人の様子を窺えば、ポカーンとした後にハッとし、憤怒しながら取り乱すようにテーブルを叩いて立ち上がり、口々に誤解を解き始めた。
「はぁ!? お姉ちゃん何言ってるの!? 私たちがそんなことするわけないでしょ!?」
「俺がアンナ以外とデートするわけないだろ!? セルフィは妹分としてしか見てねぇよ!」
まるで私が誤解をしていることを責め立てられているようだが、これでいい。
私は顔を上げて胸の前で手を合わせて、にっこりと笑った。
「良かったー! それじゃあ、本当のこと話してくれるのよね?」
途端に二人は言葉を引っ込め、勢いをなくして互いの顔を気まずそうに見合わせた。
隠し事をしてますと言っているようなものだった。
「そんなに私に知られたら不味いことでもあるの?」
私が首を傾げて問いただせば、二人は顔を見合わせて息をつき、踏ん切りがついたように席に座ると、セルフィが渋々と話し始めた。
「実は、お母さんが職場まで押しかけてきて、お金の要求をしてくるのよ。最初は困ってるみたいだしって、支援してあげてたんだけど……頻度が多くなってきたから、私が怒って断ったらお姉ちゃんのことを言い出してきたのよ」
「私?」
「うん。『アンナは生きてるのよね!?』って。それで、お母さん私からお金貰えなくなったら、お姉ちゃんのこと探すんじゃないかって心配になっちゃって……取り敢えずお金をあげて追い払ったんだけど、いつお母さんがお姉ちゃんに迷惑かけるか分からなかったから、お兄ちゃんにも協力してもらって街に近づかないようにして貰ってたのよ」
隠し事は母親のことで、私に迷惑をかけたくないが為に黙っていたらしい。
セイルさんが頬杖を突きながら、何かを想起しているのか億劫そうに口を挟む。
「母親に会わないよう、どこか遠くに追いやろうかと提案したが、流石に可哀想だって言われてな。正直、どのラインまでが許せるのか分からなかったから、取り敢えずセルフィの言う通りに従ってたんだよ」
セイルさんは手の施しようがないように告げたが、どうやら母を知らない土地に飛ばそうとしていたらしい。
セルフィが止めたから良かったものの、それは流石に私にも一言相談して欲しい。
とはいえ、そんなに大事な隠し事でなくて一安心だ。
「なんだそういう事だったのね。そんなに気を使わなくても私は気にしないのに」
「お姉ちゃん……お母さん結構しつこいし、泣き落としもしてくるから、お姉ちゃんなんて直ぐ絆されちゃうわよ?」
「――なるほどね。だけどセルフィにお金の援助を求めてくるなんて……よっぽど切羽詰まってるの?」
「私のお父さんが仕事辞めてから働く気がなくなっちゃったみたいで、お母さんが代わりに働いていたんだけど、腰を痛めてから仕事辞めちゃったみたいなのよ」
「……それっていつからの話なの?」
「え? うーん……半年くらい前からかな……」
半年前か……。
どの程度痛めているのか分からないが、母は元々、家事くらいしか労働をしていなかったので、ただ疲れが出ただけの可能性もありそうだ。
それに、セルフィにお金の要求の頻度が増しているというのも少し気になる……。
――あれこれ考えていても、話は進まないので私は意を決して頷いた。
「決めた。私、お母さんに会うわ」
「は!?」
セルフィが驚きの声を上げる。
暫く私をそのまま見つめていたが、眉根に力を込めるとテーブルを手で叩いて立ち上がり、力説し始めた。
「お姉ちゃん、お母さんだよ!? いくらお父さんから愛想尽かされたからって言っても、性格は何一つ変わってないお母さんだよ!? 絶対止めといたほうがいいよ!」
「だけどこのままじゃセルフィが大変じゃない。一度話し合ったほうがいいわ」
「私は良いのよ! お姉ちゃんには迷惑かけてたし! お母さんにも、一応可愛がって貰ってたからさぁ……」
過去を思い出しているのか、言葉が気まずそうに尻すぼみになっていく。セルフィなりに色々と気を遣っているようだ。
セイルさんが呆れ眼でセルフィを見上げるように見た後、ため息をついた。
「まあ、俺もついてるし、いいんじゃないか? いざとなったら何処にでも飛ばせるしな」
「お兄ちゃん……隙あらばそればっかり言ってるけど、勝手にはやめてよね! 流石に心が痛むから!」
「男に走って娘たちを蔑ろにしてる人間だぞ? 別に子供でもあるまいし、知らない土地でもなんとか暮らしていけるだろ」
セイルさんは、素っ気なく言い放つ。どうやら母には全く興味がないようだ。
私は苦笑いを浮かべつつ、セルフィを説得する。
「取り敢えず、会ってみて、話が通じなさそうだったら諦めるから。ここならお母さんも来れないだろうし、会うこともないから」
「……大丈夫かなぁ?」
セルフィは唇を尖らせながら心配そうに言葉を発した。
まずは実際に母を見てみなければ、問題が先延ばしになるだけなので動くなら早いほうがいいだろう。
母は長く会っていないが、いったいどうなっていることやら。




