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ルーカスの想い


「やあやあ! 二人とも、久方ぶりだね! マージさんから恋人同士になれたと聞いたよ! おめでとう! お祝いとして、今度開催する僕の歌劇団の公演会に招待するよ!」


前触れもなく訪れたルーカスさんは、家の扉を開けたと同時に、浮き浮きした気持ちを大きく手振り身振りで表現しながら明るく言い放った。


私とセイルさんは予期しなかった来訪と熱量の高さに、呆気に取られてルーカスさんを見つめた。

暫しの間を置いてからセイルさんは声を掛ける。


「まあ、入れよ」

「ありがとうセイルくん。遠慮なくお邪魔させてもらうよ」


ルーカスさんは軽い足取りで家の中へと入った。

紅茶の用意をしている間、私はルーカスさんに思いを馳せる。


ミラさんからルーカスさんに魔力を与えたのは、セイルさんのためだと打ち明けられてからは、彼とは一度も会っていなかったので、妙にソワソワしてしまう。


ルーカスさんの抱えているセイルさんへの後ろめたさを汲み取ると、胸が締め付けられるし。セイルさんがそのことを知ってしまえば、二人の仲に亀裂が入ってしまわないかとも不安も抱く。


もやもやしながら紅茶の準備を終えて、席に着くとルーカスさんが私に人懐っこそうな笑みを浮かべた。


「アンナくん――ミラに会ったんだってね?」

「え……は、はい」

「それじゃあ、僕の悩みを知られてしまったね」

「……」


私が気まずい思いで肯定も否定もせずに無言を貫けば、ルーカスは気を悪くするでもなくただクスリと笑った。


そしてルーカスさんは体をセイルさんに向けると、真剣な表情で姿勢を正した。


「セイルくん、折り入って話があるんだ」

「なんだよ改まって……」

「実は、僕に魔力を与えてくれたのはミラなんだ」


セイルさんの頬杖をついた手から顔が離れ、瞳が見開く。驚くセイルさんに、ルーカスさんは頷いてから口を開く。


「ずっと黙っていたけど、僕はミラに魔法使いにしてもらうときにある条件を出されたんだ。それは――君と友達になることだった。僕はその条件を呑んで魔法使いになることが出来たんだけど……君との交流を深めれば深めるほど騙していることに対して罪意識に苛まれてしまってね。いつか謝らなければと思ってはいたんだけど、ミラの関わりもあって、切り出せずにいたんだ。だけどようやく、謝ることが出来るよ。――今まで騙していて本当にすまなかった」


ルーカスさんは真摯な表情で頭を深々と下げた。

数百年抱え続けていた悔恨を吐き出せたことで、彼の気持ちは楽になっただろう。


だけど、問題はその先。セイルさんがどう返事をするかだ――。

私がチラリとセイルさんの顔を窺えば、呆れ眼でルーカスさんを見据えていた。


「……お前は、友達になれって言われて誰とも構わず友達になるのか? ……いや、性格的になりそうではあるし、実際なってるから質問の意味がねぇな」


ルーカスさんが頭を上げて、不可思議そうにセイルさんを見た。セイルさんは腕を組み、やれやれとため息をついた。


「つまり俺が言いたいのは、奴に言われても言われなかったとしても、自分の友達くらい自分の意思で決めてんだよ。……というか、そんなしょーもないことを何百年も気にしてたのか? いくらなんでも暇すぎるだろ」

「え……僕にとっては結構深刻な悩みだったんだけどな……」

「そうか。良かったな。思ってたより深刻じゃなくて」

「……なんだか、あまりにも呆気ない幕引きすぎて……物足りなく感じるなぁ。もう少しドラマチックに一悶着あっても良くないかい?」

「なんでだよ。うだうだ言ってねぇで素直に受け入れとけ」


ルーカスさんが顎に手を当てて悩ましげにうーんと唸れば、セイルさんは顔を顰めて非難した。

どうやら私とルーカスさんが思っていたより、セイルさんはショックを受けていないみたいだ。


というより、本当にどうでも良さそうだ。

私たちの気にしすぎで済んで良かった。

ほっと安心していれば、セイルさんがため息をつき口を開いた。


「……それより腑に落ちないのは、どうしてあいつがお前にそんなことを頼んだかだけだよ」

「そ、それは……」


ルーカスさんが困ったように口ごもる。

その仕草だけで私は彼がミラさんの気持ちを知っていることを察した。

急いで助け舟を出す。


「ま、魔法使いのお友達なんて、面白そうだと思ったんじゃないでしょうか?」

「え? あ、ああ……! 確かにそんな感じだったかもしれないよ!」


私が目配せするとルーカスさんは意図に気づいたのか、乗っかってくれた。

セイルさんは懐疑的そうに眉間に皺を寄せたが、「まあ、変わってる奴だったからな」と受け入れてくれた。


ルーカスさんは気持ちを一新したように、明るく優雅な姿を取り戻した。


「それじゃあ、僕の長年の悔恨が解消されたってことで、晴れてセイルくんと親友になれたと解釈しても良いんだね! まさにハッピーエンドだよ!」

「数百年も悩んでねぇで、初めっからそのポジティブを貫き通しとけよ。というか、本当に深刻だったのか……?」


呆れ顔で疑念を抱いているセイルさんだったが、恐らくその遠慮のない物言いに、ルーカスさんは助けられていると思う。

それから談笑した後、ルーカスさんが私に話を振った。 


「公演会には化粧をしてくるだろう?」

「はい」

「あれからどのくらい腕前が上がってるのか見てあげるよ。それから、簡単な髪のセット方法も習ったから教えるよ」


なんとなく、ルーカスさんは私と二人でお喋りをしたいのだと察した。恐らくミラさんの件だ。

私も話しを聞きたかったので、このお誘いは有り難い。


「是非お願いします。それじゃあ私の部屋で……」

「……待て。ルーカスと二人きりになるつもりか?」

「まあ、そうなりますね。前回も二人きりだったので何も問題ないと思いますけど……」

「アンナの部屋で? 二人きりか? ……駄目だな。俺も行く」

「ええ!?」


まさかのセイルさんの同行……! 

これじゃあミラさんの込み入った話が出来ない。

私が戸惑っていれば、ルーカスさんが腕を組みながら手で額を押さえて静かに口を開いた。


「セイルくん。以前はアンナくんのことをただの妹分みたいな扱いをしているようだったから、何も言わなかったけど……本来女性は化粧の最中は見られたくないものなんだ」

「ん? どうしてだ?」

「一緒に暮らしすぎて麻痺しているようだから言うけど、女性は好きな人には綺麗な――可愛い姿を見ていて欲しいものなんだよ」

「……可愛い姿なら毎日見てるぞ?」

「……ん? 僕、いま惚気られたのかな? じゃなくて、普段とは違う姿を見られたい時は、完成された姿を見て欲しいんだよ。……それとも、セイルくんは着替えてるところまで見たいのかな?」

「き、きがっ……!?」


言い方が誇張してしまっているが、どうやらセイルさんには効き目があったらしい。

顔を赤くして、めちゃめちゃ動揺しているのか固まって動かなくなってしまった。

ルーカスさんは息を吐いて立ち上がる。


「まあ、今回は着替えるまではしないけど、そういう事だから次からは気をつけるんだよ。さあ、アンナくん行こうか」

「は、はい」


セイルさんには悪いとは思ったが、ミラさんの話をしたくて堪らないので、特に声はかけずにリビングを後にした。


自室に案内し鏡台の前に座れば、ルーカスさんが櫛を手に取って私の後ろ髪を丁寧に梳き始める。

私はその様子を鏡越しで見つめながら、声を掛けた。


「ルーカスさんも知っていたんですね。ミラさんがセイルさんのことを愛しているって」

「ああ。まあ、僕に魔力を与える気になった理由がセイルくん絡みだったから、初めから察してはいたよ」

「でも良かったです。ルーカスさんが、セイルさんに伝えなくて……ああ! いえ! 嫉妬心とかではなく、ミラさんのことを考えてのことなんですけど!」


私が手を振って慌てて弁明すれば、鏡越しに映るルーカスさんが可笑しそうにクスリと笑い、穏やかな表情で瞳を閉じた。


「彼女の気持ちを軽々しく口には出来ないよ。僕は――ミラを愛しているからね」


そっと慈しむように発せられた言葉に、私は目を見張った。

振り返り、ルーカスさんを見上げれば、彼は手を止めて目元を緩ませて見つめてきた。

陽だまりのように温かな、柔らかい感情が伝わってくる。


「……ルーカスさんの時は、ミラさんはどんな姿をしていたんですか?」

「老婆の姿をしていたよ。ミラはその人が忌みする姿になって魔力を与えようとするんだ」

「え?」

「主従を植え付けようとしているのかもね」


だからミラさんは姿をころころ変えているのか。

私の時は白銀の髪の女性だったってことは……私が苦手と思う人があの姿だったってこと? 


でも……苦手というよりは綺麗という印象だった。真意が読めず、怖かったは怖かったけど……。


積極的にキスしたいかと言うと……やむを得ない場合ならばという感じかもしれない。

ただ娼館で会ったときは男性の姿だったからなぁ。


ちょっと私に対しては何を思っていたのか分からない人だった。

ルーカスさんは再び私の髪を梳く手を動かすと、優しい音色のように語り始めた。


「僕も若かったからね。その時は若い女性が好きだったんだ。だから、老婆の、皺だらけの醜い女性とキスをするなんて心底嫌だったけど……それで何者かになれるなら、って勢いで彼女にキスしたんだ。そしたら――美しい景色が、人々の姿が視界に広がって……感銘で心が確かに揺れ動いたんだ。それが鎮まって再び目にミラの姿が映った時――この人はなんて綺麗な人なんだろうと思ったんだ」


追憶しているルーカスさんの表情は慈愛に満ちていて、かけがえのない大切なものを想う気持ちが伝わってくる。


「生まれて初めて人を外見ではなく、心を愛してしまった瞬間だった。それから彼女と口付けを交わす時は緊張で震えてしまって――よく笑われたものだよ」


その話を聞いて、なんとなく、ミラさんにとってルーカスさんはマユケと同じように心が安らぐ存在だったのかもしれないと感じてしまった。

彼女にとってルーカスさんは愛らしい人だったのかもしれない。

ルーカスさんの表情にふっと陰りが入る。


「だけど、改めて視界に映った世界の景色を見て絶望したよ。人々は争い、他人を慮る余裕すらなかった。ミラが見ていた情景の美しさは、もう既にこの世界にはないんだってね」


ルーカスさんが魔法使いになった時は、いくつもの国で人々の争いがあったので、ミラさんにとって毛嫌うものだっただろう。


思い出すのは一瞬見えた、宝石のような美しい草原に立っていた少年の姿。彼女の失ってしまった世界――。


「だから僕は、自分の力で彼女に何かを贈りたいと思った。最初は――失敗してしまったけど。歌劇団もミラのために作ったんだ。彼女に少しでも、今の世界を美しいものだと感じて貰えるようにね」


ルーカスさんの心情に魅入った私は小さく息を呑んだ。

彼の歌劇団にはミラさんへの想いが込められている。


その気持ちを知った上で公演を観たら、目に映る全ての光景が光り輝き、特別なものに感じられるだろう。


「ルーカスさんは、ミラさんとは会っていないんですか?」

「僕の魔力が安定したら『私はもう不要でしょう?』って言われて僕が引き止める間もなく、去っていったよ。だから、四百年近く会えてないね」


半ば諦めたように肩を落とすルーカスさんを見て、私は目を見開く。


ミラさんはこっちの気持ちなんて配慮せずに去っていく。自分から関わっておきながら、勝手に存在を植え付けて、心だけを奪っていく。


――だからだろうか。

彼女に目にものを見せてやりたいと思ったのは。


ルーカスさんの意向に、ミラさんが心を奪われてしまえばいいと思ってしまった。

散々意地悪されたのだから、少しはお返ししなければ。


私はルーカスさんに心の底からの気持ちを伝える。


「公演、観に来てくれるといいですね、ミラさん」

「ああ。彼女に来てもらえるよう頑張らないといけないね」


ルーカスさんと顔を見合わせて穏やかに微笑みを交わし合った。





――そして公演会の日。

洗礼された舞台セットに華やかな衣装、会場を震わせるような歌声。聴覚と視覚で人々を惹きつけ魅了する歌劇は、一度観てしまえばきっとミラさんも気に入ってしまうだろう。


綺麗なものを怖がっていた彼女も、美しいもので埋もれてしまえば、いつかはそれが当たり前のものだと変わっていけるはずだ。


だから私は、今度彼女と会ったら一緒に歌劇を観たい。

綺麗な花束を二人で抱えて、素敵な贈り物をありがとう、って感謝の気持ちをルーカスさんたちに伝えるのだ。


そうして笑い合うことができれば、目に映る世界は美しく光り輝くだろう。


そんな切望を抱いてしまうのは私が魔女だからなのかもしれない。――なんてね。




(副題 狂気の魔女を殺せる唯一の魔女)



多分次は母親の話書くかも?しれません。

いつになるかは未定です。

読んでくださりありがとうございました!

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