アーティカとの和解(後)
アーティカさんのもとに戻ると、彼女は嬉々として私の隣にやってきた。
「こっちのほうが可憐さが出ていいわね! ね、セイルもそう思うでしょう?」
アーティカさんが、私の両肩を後ろから掴むとセイルさんの前へと押しやる。
セイルさんは先ほどとは違い、遠慮することなく眺めると、キスするときのような瞳で私を見つめてきた。
「可愛いな……似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
セイルさんが見惚れたように、ぽーっとしているので、私は照れて口元が緩みそうになる顔を俯かせた。
そんな私の背後で、アーティカさんは小声で生き生きとした言葉を発した。
「よ、よーし! 彼女のいつもと違う姿を見て心を掴む作戦成功ね! この調子であなたに尽くしていけば、セイルが心を開いてくれる筈よ!」
「あ、あはは。アーティカさんのお役にもなれたみたいで良かったです」
アーティカさん変わっているけど、楽しい人だ。
それからアーティカさんに誘われ、応接室へと通された。
大理石のテーブルを隔てて二人掛けのソファが置かれていて、私とアーティカさんが隣同士に座り、セイルさんは真向かいに腰を掛けた。
暫くしてナジャーさんと女性が二人入ってきて、テーブルに紅茶に、フルーツ盛り、チョコレートや、クッキー、パスタを固めたような焼き菓子等を置いていった。
「遠慮しないで好きなものを食べて、寛いでね」
「ありがとうございます」
セイルさんとアーティカさんが言葉を交わし合うことはなかったが、アーティカさんが笑顔で私に話しかけてくるので気まずさはなかった。
私がミラさんと直接会ったことを話せば、アーティカさんは目を丸くした。
「へぇ。ミラと会ったのね。……あの子、変わってるでしょ?」
「変わっているといいますか……純粋な人なんだなって思いました」
「生きにくそうな子よねー。根が真面目だから、がんじがらめになっちゃって、沼にはまって出られなくなっちゃったのよ。だからといって、今更私のような生き方も出来ない子だし、誰の意見も聞けない子供のようなものだから、放っておくしかないのよねー」
アーティカさんは困ったようにため息をつくと、摘んだチョコレートを口に放り込んだ。
失礼かもしれないが、意外にもアーティカさんがミラさんを理解していることに驚いてしまった。
「アーティカさんって、よく視ていらっしゃるんですね」
「まあ、付き合い長いし、私も色々と気を使うのよ。面倒事は避けたいしね」
気が弱いだけだと思っていたが、彼女はロンシェンさん寄りの魔女なのだろう。
しっかりすれば出来るのにしていなかった時に起こったのが、アスタカリスタの災悪だったのかもしれない。
面倒事を避けたいならば、気を張ることが大切ってことなのかも?
「ねぇねぇ、ところでアンナは――セイルの何処を好きになったの?」
アーティカさんが笑顔で無邪気に問いかけてきて、私とセイルさんは一緒のタイミングで咽る。
アーティカさんはそんな私たちの反応など気にもせずに、可愛い笑顔で小首を傾げ続けている。
「……え?」
「だ·か·ら、セイルのどこが良かったの?」
その質問の含みには、逃さないという意思が宿っていた。
正面からセイルさんの探るような、期待するような視線を浴びてしまい、恥ずかしくなって私は端的に答えた。
「や、優しくてかっこいいところです……!」
「あら! そうなの? 素敵ね〜!」
アーティカさんは笑顔で相槌を打つと、鋭い瞳でセイルさんの方をチラリと隠し見た。
セイルさんは顔を赤らめながら口を片手で覆って、そっぽ向いていた。
アーティカさんがガッツポーズし、小声で意気込んだ。
「よ、よーし! 改めて好きなところを言われて好感度を上げる作戦成功ね! このままガンガン行くわよー!」
アーティカさんの画策のようだが、まあ、不穏な空気になるよりは、私が一時的に恥ずかしい思いをするだけなので良いだろう。
ノック音が響き、ナジャーさんが入ってきた。
「主、ご公務の時間です」
「……そういえばそんな時間ね。悪いわね。ちょっと行ってくるわ」
アーティカさんは一言断わると立ち上がり、部屋を後にした。不思議に思ってナジャーさんに訊ねる。
「公務ですか?」
「ええ。アーティカ様が自身に課せられた、贖罪の意ですね。――宜しければ見て頂けないでしょうか? 特に、セイル様に見て欲しく存じます」
「俺に?」
「はい」
ナジャーさんは和やかに微笑みながら頷いた。
広間に行けば、人の行列が出来ていた。
台座のクッションに、うつ伏せに寝転んだアーティカさんが顔の下に手を組み合わせて、一人一人と対談している。
「アーティカ様。実はハサミをなくしてしまって……何処にいったか教えていただけないでしょうか?」
「ちゃんと探したの?」
「はい。くまなく探しました」
「もー。しょうがないわねー。探してあげるわ」
アーティカさんは気怠げに了承した後、片手を上に向けて掲げると水晶玉を出した。
そして自分の目の前に置くと寝転びながら覗き込んだ。
「――戸棚に入ってるみたいよ」
「ああ……! そういえばハサミを使ったあとに裁縫道具を取り出しました!」
「そうなの? 次から気を付けなさいよね」
「ありがとうございました……!」
「アーティカ様、私も服のボタンが弾け飛んでしまって行方知れずなんです」
「しっかり探したの?」
「はい。掃除もしたのですが見つからず……」
「ふーん。そうなのね。……ソファの足の近くにあるみたいよ」
「そうでしたか……! 掃除したはずなのに気づかないとは……いやはや、お恥ずかしい」
「まあ、どうしてこうなったのか分からないけど……足に立てかけるように落ちてるみたいだから、気づかないのも無理ないんじゃない?」
「お気遣い痛み入ります……」
「アーティカ様、子供が生まれたのですが、この子の未来を占っては頂けないでしょうか?」
「んー……人としては、まあまあいい人生を歩むんじゃないかしら? 足の怪我には注意しなさい」
次々と訪れる人の依頼をアーティカさんは淡々とこなしている。彼女に会えた人々は嬉しそうに、感謝しながら去っていく。
人々の頼み事は些細な事ばかりだというのに、アーティカさんは面倒そうにしてはいるものの、全ての話を聞き届けてあげている。
――これがアーティカさんの贖罪。
セイルさんと釘付けられたように彼女の様子を眺めていれば、ナジャーさんが穏やかな顔つきで声を掛ける。
「セイル様。図々しいことと感じるかもしれませんが、私からもお願いします。我が主は自身の犯した罪と向き合い、五百年もの間、毎日欠かさず民のために尽くしてきました。何卒、セイル様のお慈悲を主に頂けないでしょうか」
ナジャーさんは深々と頭を下げた。
彼女だけではなく、ここに訪れる人たちの姿を見れば、人々がアーティカさんのことを心の底から慕っているのがとても伝わってくる。
セイルさんを見上げれば、思うところがあるのかアーティカさんを見つめる目に懐疑的な様子はなかった。
「……まあ、あんな姿見せられたら、昔の恨みに固執し続けてもいられないな。そもそも、アーティカは人に害なす気はなかったから、俺の一方的な逆恨みみたいなもんだったしな」
「それでは……!」
「ああ。アーティカを赦すよ」
セイルさんはナジャーさんに穏やかに頷いた。私は笑顔で彼女に声を掛ける。
「良かったですね、ナジャーさん!」
「はい! ありがとうございますセイル様、アンナ様!」
ナジャーさんは自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
アーティカさんの公務が終わったのを見計らってセイルさんは彼女のもとへと足を運ぶ。
私とナジャーさんは物陰からそっと二人の様子を見守った。
「アーティカ」
「ん? どうしたのよセイル?」
「お前の贖罪、見させてもらった。まさかここまで人のために尽くしているとはな。……正直、見直した。アスタカリスタの件は一生赦せないと思っていたが――水に流せそうだ」
セイルさんが穏やかな表情で言い終えた。
アーティカさんは目を見張り、何を言われたか分からない様子で呆気に取られていたが、段々とセイルさんの言葉を理解したようだ。
寝ていた体を起こすと身を乗り出してセイルさんに不安げな表情で問いかける。
「ほ、本当に? 本当に赦してくれるの……?」
「ああ」
セイルさんが穏やかな笑みを口元に称えて頷けば、アーティカさんの表情がみるみるうちに笑顔に変わっていく。五百年の遺恨が解けた瞬間だった。
私とナジャーさんは顔を見合わせて微笑み合う。人が和解する場面がみられると、こちらまで幸せになってしまうようだ。
アーティカさんは歓喜しているのか、ふるふると震えだすと口を開いた。
「やったわ! これでお役目御免ってことね!」
ん?、と私たちとセイルさんは、アーティカさんが胸の前で手を合わせて嬉しそうに叫んだ言葉の意味が分からず、首を傾げる。
彼女はセイルさんの様子を特に気にすることなく、気持ちよさそうに大きく伸びをすると脱力した。
「はーあ。もう人と関わるのなんて懲り懲りよ。これからは一切関わらずに生きていくわ」
アーティカさんはうんざりしたような表情で人差し指を下から上へ動かす。
瞬間、地鳴りが起こり周囲を見回せば街の外で、何かが起きているように騒ぎが起きている。
それから間もなく、慌てた様子で使者がアーティカさんのもとへと報告を述べる。
「た、大変です! 街の外に突如巨大な三角錐のような物体が地上から出現しました!」
「ああ。そんなに騒がなくてもいいわよ。私が造った物だから」
アーティカさんが使者を手で追い払う仕草をして素っ気なく言い放つ。
私たちもセイルさんも呆気にとられながら、アーティカさんに目を向ければ、彼女は大きくため息をついた。
「よく考えたら人を侍らせなくても、魔法を使えば自分一人で何もかもできるし、人々の様子だって鏡か何かに映し出して切り替えながら見守ればいいのよね。勿論声無しで。今回の件で人と関わると碌なことにならないって学んだわ。これからは有事がない限り外に出ないようにするわ」
やれやれとしながらアーティカさんは言葉を吐いた。
私はポカーンとしていたが、ハッとする。
アーティカさん、なんか凄い引きこもろうとしている……! しかも言ってることから駄目なタイプの引きこもりだ……!
隣にいたナジャ―さんが青白い顔で愕然としながら震える口で無意識に「うちの主がお見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません……」とか細い声で謝罪をし始めた。
絶対にナジャーさんは悪くない。アーティカさんに問題がある。
赦そうと思ったのは、贖罪の姿が心に響いたからであって、それを赦された瞬間放棄するのはあまりにも印象が悪すぎる。
ナジャーさんは物陰から飛び出すとセイルさんの元へと走り出した。
「セイル様! 私が間違っていました! どうかお赦しください!」
「ああ……。分かってる。これは……駄目だな……」
セイルさんはこめかみを指で頭が痛そうに押さえている。
そして、腕を組んで改めてアーティカさんに向き合うと口を開いた。
「……アーティカ」
「ん? どうしたのよセイル?」
渋い顔で名前を呼ばれ、アーティカさんはきょとんと瞬きをする。本当に何も分かっていないらしい。
セイルさんは頭を抱えてから瞳を閉じて眉間に皺を寄せると、キッと目を開きアーティカさんを指さして怒鳴りつけた。
「前言撤回だ! お前は反省の色が全く見えねぇから、あと五百年は反省してろ!」
「ええぇー!? 話が違うじゃない! 赦してくれるって、赦してくれるって言ったわよね!? ね!?」
衝撃を受けたアーティカさんが慌ててセイルさんの元に行き、足に縋り付くが、彼は苦々しい顔で何も答えず、拒否の意を体を背けて示した。
取り付く島もなさそうなのを感じ取ったのか、アーティカさんは足から離し、行き場のない手を構えたまま泣き出しそうな顔を浮かべた。
「そんなぁ〜! いったい何がいけなかったのよぉ〜……!」
しくしくと泣き始めるアーティカさんに私は思わず苦笑いして頬を指でかいた。
ロンシェンさんが彼女のためにならないという言葉の意味はこのことだったようだ。
アーティカさんは悲劇のように落ち込んでいるが、この地域の人々の姿を見れば彼女の存在がどれほど大事なものなのかが分かった。
赦さないことが、アーティカさんの為になるなんておかしな話ではあるが、しっくりきてしまうので仕方がない。
とはいえ、セイルさんとアーティカさんの仲は改善したので、落ち着くべきところに落ち着いたみたいで良かった。
一旦次の話で最後です




