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根源の魔力


恋人になってから数カ月後、セイルさんがロンシェンさんの所に行くと言った。


私も行った方が良いと感じてはいたが、こればかりはセイルさんの気持ちを優先させたいと思っていたので自分からは切り出せなかった。


しかし、言い出したものの直前に行くのを迷っては私にキスをして、踏ん切りがつききらずキスをして、足を彷徨わせてはキスをしてを繰り返して、最終的には明日にしようと一日が終わる。


明日には行くだろうと思っていたが、次の日もキスだけして終わり、その次の日も――を繰り返したので、流石に埒が明かないと思った私は自ら切り出した。


「セイルさん、話! 話だけでも聞きに行きましょう! このままだと四日目も悩んでキスだけして一日が終わっちゃいますよ!」

「い……行きたくねぇ……」


セイルさんはしゃがみ込むと片手で目元を押さえて心底悔しそうに言葉を吐いた。



ロンシェンさんはスッポンのいる池で胡座をかいて釣りをしていた。

私たちの気配を感じ取ったのか振り向くと悪戯っぽく笑った。


「私とキスしたくなりました?」

「アンナ、帰るぞ」


セイルさんは冷たく言い放つと帰ろうとしたので慌てて止める。

ここで帰ってしまえば次は何ヶ月後、何年先になってしまうか分からない。


「セイルさん! ようやく決起したんですから、話だけでも! 話だけでも聞きましょう!」

「違いますよね。私とキスするために来たんですよね。さあ、アンナさんこちらにいらっしゃい」

「誰がお前のところになんてやるか! アンナは俺の恋人なんだよ! 気安く近寄ろうとするんじゃねぇ!」


セイルさんは両腕でがっしりと私を抱え込んだ。

必要なこととはいえ、セイルさんはロンシェンさんとキスして欲しくないと思っている。

私としてもセイルさんの嫌がることは極力避けてあげたい……。

私は少し悩むといい案を思いついて、嬉々として二人に言い放った。


「ロンシェンさんがセイルさんにキスして、それを私が貰うのはどうでしょうか?」


そう提案して二人の顔を見た瞬間、私は自分の発言を間違えたことを察した。二人は青白い顔を引きつかせて私を見下ろしている。


わなわなと震え出すロンシェンさんの怒りを察知し、私が慌てて謝ろうとすれば、先に怒鳴り声を上げられた。


「一体どういう教育をしてるんですか!?」


ロンシェンさんは今まで見たことないくらい憤っていた。

それから私は正座という座り方を強いられ、反省を促された。俯きながら謝罪を口にする。


「本当にすみませんでした……ミラさんとかアーティカさんが同性でも問題なさそうだったので、ついそう思ってしまったんです……」

「私以外は特殊なんです! まったく! 不愉快極まりない! セイルくん、アンナさんが浅慮な発言をしたのは全部君の責任でもありますよ! 私なら彼女にこんなことを言わせません! まあ、それ以前に他の男に唇を許すなんて愚の骨頂しませんけどね!」

「はあ!? お前そんなこと思ってたのか!? ふざけんなよ! こっちがどんな思いで耐えてるか知りもしねぇで好き勝手に言いやがって!」


次はセイルさんが怒りを顕にさせた。

怒りが伝染してしまっている。こうなった原因は……確実に私のせいだ。


頭上で激しい言い争いをしているのを、私は縮こまりながら頭を伏せて聞いていた。

暫くすると二人の声量は段々と落ち着いていき、ロンシェンさんが深い息をつく。


「薄々気付いているとは思いますが、根源の持つ魔力にはある程度特徴が決まっています。マージさんなら勇敢、シーラさんは追究、アーティカさんは奉仕、オランさんは規律、私は洞察ですね」

「ミラさんは?」

「ミラさんは特殊ですが元々は純真です。――セイルくんを見れば分かると思いますが、彼はマージさんの魔力が元になっているのでその影響を受けています」

「元々の性格じゃないんですか?」

「反映されてはいますね。似たような性質なので自ずと惹かれ合うのでしょう。今ではセイルくん自身の魔力に変わっていますが、特徴が色濃く出ているので分かりやすい」


確かにセイルさんはいつも堂々としている。

怯えていた姿なんて――カマキリとスッポンの時くらいだ。


それにマージさんとセイルさんは雰囲気が似ている。

どちらも怖いものなんてないかのように、自信に満ち溢れている。


「しかし、全ては表裏一体であり、勿論短所があります。その面が強く出るとたちまち害になります。例えば――勇敢は無謀、追究は盲目、奉仕は誤認、洞察は淘汰と、ね。これもやはりセイルくんの生き方に反映されていますね」


セイルさんを見れば苦々しい顔をしていた。

戦争を止めるためにという目的は確かに勇敢とも捉えられる事ができるが、どちらかと言えば無謀の方が大きいかもしれない。


「で、アンナさんはセイルくんの魔力を貰っている状態なわけですが。マージさんの猛々しさと違い、セイルくんの魔力は無謀に近い切望なんです。セイルくんはともかくとして、アンナさんに無謀があったところで身を危険に晒すことになりかねないんですよ。それはセイルくん自身も気付いているはずです。だから彼女には私の洞察が必要なんです」


無謀に近い切望。

私がミラさんと交流を持ちたかった理由もこれが影響していたのかもしれない。

そしてその所為なのか、ミラさんにも指摘されたように、私の中の恐怖という感覚が鈍っているような気がする。


「洞察を得てさえすれば、無謀は緩和できます。セイルくんが傍にいるからと言って、必ずしも安全ではないのは理解できているでしょう?」

「……ああ」


私は、ミラさんに友達として会いに行く時、セイルさんが引き止めてもいくつもりだった。

そして、もしもロンシェンさんの洞察がなければ、ミラさんが抱いた殺意に対して私はどう対応していただろうか。


いや、そもそも感じ取れなかったかもしれない。

夢の中で注意したときのように声をかけていただろう。しかも恐怖心がない分たちが悪い方向にいっていた可能性だってある。


「要するに、私がアンナさんに魔力を与えるのは純粋な善意からなんですよ。そこはお間違いなきようお願いします」


確かに。ロンシェンさんから騙そうとしている気配は感じない。

からかうためではなく、真剣に諭してくれているのだ。私は先ほどの自分本意な発言を恥じた。


「こちらからお願いする立場なのに、変なことを言ってしまってすみません……」

「分かってくれたのならいいのです。次回から気をつけてください。セイルくんも、分かりましたか?」

「……ああ」


渋々と言った様子でセイルさんは頷いた。

私は正座を崩し、立ち上がるとロンシェンさんに問いかけた。


「もしかして私がミラさんと会うことが分かっていたんですか?」

「まあ、挨拶くらいはするだろうとは思っていましたね。ただ、私が示唆していたのはミラさんのことだけではありません。今回の件で早々に危うさに気付いたようですが、この先自身の行動を制御できないことなんていくらでもあります。どんなに人から傷つけられようが死ぬことはないでしょうが、セイルくんがそれに耐えきれないでしょう」

「セイルさんが……」

「はい。だからアンナさんを束縛するような真似をしたんです。アンナさんの行動を縛り付け、身の安全を優先したい――ある意味、切望であり無謀ですね」


あの時セイルさんの様子がおかしかったのは、やっぱり魔力の影響を受けていたってことか。

そんな魔力が私にも流れていて、この先作用する可能性があるのかもしれない……。


「だからこそ、洞察を身につけるんです。人が川で溺れているとき、身を投げ出して助けに行くのは勇敢ですか? 違いますよね。一旦自分が冷静にならなければなりません。魔法を使いたくないのであれば、考えて生きていきなさい」


ロンシェンさんは私と顔を合わせると銀色の目を楽しそうに覗かせた。

考えて生きる、か。私のためにもセイルさんのためにも衝動的に行動せず、踏みとどまること。

ロンシェンさんの教えは魔法を使わない私にとって必要なことだった。


「それでは魔力を与えますが――セイルくん、見るのが辛いのでしたら後ろを向いてて貰っても構いませんよ? と言っても、すぐ終わりますけどね」

「……」


セイルさんは少し躊躇っていたが、難しい顔で瞳を閉じて顔を逸らした。

仕方のないこととはいえ悪いことをしている気になってしまう。


だけど確かに根拠もなく自信があり動いてしまう時がある。それに目の前の人の死にも動じなくなっているのは、確かに無謀に走りかねない。


覚悟を決めて、改めてロンシェンさんを見上げる。前は不意打ちだったが、今回はされるということを踏まえているからか、妙に緊張してしまう。それに気づいたロンシェンさんは困り顔を浮かべた。


「力を抜いてくれないと、こちらとしても気を使ってしまいます」

「そうですよね……」


私は深呼吸して心を落ち着かせる。

変に意識してしまうのも違うだろう。これは治療みたいなものなのだから。


「それでは私から近づくのでアンナさんは目を閉じててくださいね」

「は、はい」


私は意を決して瞳を閉じる。

間を置いたあと、唇に柔らかいものが触れて、以前感じた意識が広がるような魔力を感じる。

思考が片付いたようにさっぱりしていれば、背筋を上から下にツーッと何かが這うの感じた。


「んん!?」


驚いて目を開ければ、私の反応を確認するように愉快げに薄く開かれている銀色の瞳とかち合った。


呆気にとられて見つめていれば、間髪いれることなくロンシェンさんは引っ張られるように……いや、セイルさんに後ろから首根っこを掴まれて本当に引っ張っぱられて私から引き剥がされた。


セイルさんは力ずくでロンシェンさんの体の向きを返させると、胸ぐらを掴んで凄みながら地を這うような声音を出した。


「ふざけんなよ……? なにが善意だ。下心丸出しじゃねぇか」

「嫌だなぁ。少しお茶目が働いただけじゃないですか。本気で怒らないで下さいよ」

「何がお茶目だよ!? お前今余計なことしてただろ!? 油断も隙もありゃしねぇ! 偉そうにそれらしいこと言っておきながら、ただアンナに悪戯したかっただけじゃねぇか!?」

「聞き捨てなりませんね。話したことは全て事実ですし、悪戯したかったのも否定しません」

「何開き直ってんだ! 俺は悪戯を否定しろって言ってんだよ!」


何度も胸ぐらを前後に揺らしているセイルさんは青筋を立てて今にも殴りかかりそうな勢いだ。


急に背筋をなぞられて吃驚したが、乱雑していた思考が洗い流されたようにさっぱりしているので、なんだか体に起きていることと現実の差で感覚が麻痺している。


溜飲が下がったとは言い難そうだが、セイルさんは突き放すようにロンシェンさんを解放した。


「今度やったら容赦なく殴るからな……?」

「はいはい。分かりましたよ。次はちゃんとやりますから安心してください」


胸ぐらを離されたロンシェンさんは巻き込まれた被害者のようにやれやれと頭を掻き、ため息を吐きながら、私の目の前へと移動する。

しかし、背後からセイルさんが肩を掴んだ。


「待て。何二回もしようとしてんだ?」

「おや? 流石に騙されませんでしたか」

「当たり前だ! お前を愉しませるために許してるわけじゃねぇんだよ! ただの治療みたいなもんなんだから自我出そうとするんじゃねぇ!」


セイルさんの怒りが再発して、私は苦笑いしながらそれを眺めた。


キス、と言えば。

私はその現場を直接は見なかったがロンシェンさんとマージさんは口づけし合った仲なんだよね。

私は思い出して、甘酸っぱさにどきどきしながらロンシェンさんに問いかけた。


「ロンシェンさんは、マージさんを好きになったりはしないんですか? 仲も良さそうですし……」

「何を思い出しているのか皆目見当もつきませんが、早々にお忘れなさい。そして質問に答えるなら、私たちは互いに恋愛感情はありません。人で言う姉弟のようなものなので」

「姉弟! 誰が上なんですか?」

「顕現した順番で当てはめるならアーティカさん、私、オランさん、マージさん、ミラさん、シーラさんですね」

「アーティカさんがお姉さん……少し意外ですね」

「まあ、生まれた順番なんて些細なものですからね」


姉弟だからあんなに仲が良さそうなのか。

ミラさんはロンシェンさんのことを凄く嫌ってはいるけど……。


それにしてもアーティカさんか……。

前にアスタカリスタの話をしていたときは訊けなかったが、ロンシェンさんは彼女の事を本当は赦してそうな節があった。

彼女のために赦してないみたいな物言いをしていたことを思い出す。


「ロンシェンさんは、アーティカさんのことを本当は赦しているんですよね?」

「赦してませんよ。私が自分に課せた禁忌を破らせた元凶ですからね。この先何があったとしても赦すことはありません」


きっぱり断言されたので、私が感じたものは思い違いだったのかもしれない。


「アーティカか……」


セイルさんが苦々しく呟く。顔を見上げれば、憂鬱そうな表情をしている。

それを見たロンシェンさんが何かを察したのか、意外そうに言葉をかけた。


「セイルくん、もしかしてアーティカさんのことを赦そうとしてます?」

「……まあ、俺もアンナを魔女にした手前、アーティカのこと言えねぇなとは思ってな」

「止めといたほうがいいですよ?」


ロンシェンさんは咎める、というよりはやんわり忠告するように顔に難色を示して息をついた。セイルさんが訝しげに彼を見た。


「止めといたほうがいいってどういう意味だよ?」

「一度アーティカさんのもとに訪れてみれば、私の言わんとしていることが分かりますよ。きっとお二人も私のように彼女のためにならない、と判断するでしょう」


ロンシェンさんは落ち着いた様子でさらりと言い切った。

私とセイルさんは顔を見合わせて、彼の言葉の真意が分からず不思議に思って首を傾げた。











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