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恋人になって(アンナ&セイル視点)


恋人になった次の日、朝食を食べ終えるとセイルさんは神妙な顔つきをしながら私に話を切り出した。


「アンナ。改めて考えてみたんだが、恋人に成り立てであまり距離が近すぎるのは健全じゃない。これからは一定の距離を保って生活をしよう」

「え!?」


普通逆では!?

私が驚き慄いていれば、セイルさんは察したのか気まずそうに顔を逸らした。


「今までは――俺が気安すぎた。色々不躾に触ってすまなかったな」

「そ、そんな……! 気にせず今まで通り接してください!」

「……出来ない」


私の訴えに、セイルさんは苦々しく答えた。

今までのセイルさんの距離感は確かに他人同士にしては近すぎたかもしれないが、親しみやすくて心地よかったのに。


まさか恋人になった瞬間にそれがなくなってしまうとは思わなかった。

私は少し悲しくなって、弱音を吐いた。


「ど、どうしてそんな寂しいことを言うんですか……。私は全然気にしてませんのに……」


セイルさんは視線を逸らし、言いづらそうに首を頻りに触りながら、渋々と言った様子で口を開いた。


「俺が恥ずかしいからだ……」


弱々しく吐かれた言葉に、私はよく聞き取れず耳を澄ませ「ん?」と首を傾げた。

するとセイルさんは拳をテーブルに叩きつけ、顔を真っ赤にして私に怒鳴りつけた。


「ただでさえ、自分の恋人だと思うだけで可愛い過ぎて頭がおかしくなりそうなのに、近づいてみろ! どうなるか分かったもんじゃねぇぞ!」

「ええ!?」


怒った口調なのに言われた台詞が、全く逆の嬉しいことだったので私は顔が熱くなった。

私は可愛いと言われたことに照れてしまい、それを笑って隠しながら頭を撫でてセイルさんの訴えを聞き入れることにした。


「そ、そういう理由なら距離を取りましょうかっ!」

「お、おう」


それからギクシャクしてしまい、意識せずとも適正な距離になっていた。

物を貸し合うときも一旦置いてから取るという謎のルールが生まれてしまった。


「セイルさん! ハタキここに置きました……!」

「あ、ああ。また借りたくなったら教えろよ…! ここに置くからなっ」

「分かりました……!」


なんだか不思議なやりとりのような気もするが、幸せで胸がドキドキするのでこれが恋人なのかと嬉しくなってしまった。


外で洗濯物を干していればどこからかマユケが吠えながら走ってきた。

彼を見て、そういえばミラさんがマユケがお菓子を食べたいと言っていたことを思い出した。


それから午後に砂糖とバターを入れない簡易なクッキーをおやつ用に作ってあげれば美味しそうに食べていた。

私がそれをしゃがんで見守っていれば、セイルさんが隣に来て感心したように声を上げた。


「へぇ。マユケ、美味しそうに食べてるな」

「はい。ミラさんが、マユケがたまにはお菓子も食べたいな、って言っていたと教えてくれたんです。喜んでるみたいで良かったです」

「……どうしてあいつがそんなこと知ってるんだ?」

「……」


勘繰るようなジト目を向けられて私は焦る。

そういえば、セイルさんはマユケがミラさんからの贈り物って知らないんだった……!


と、取り敢えず一旦落ち着こう。

マユケがミラさんからの贈り物であると知ったら、セイルさんはどうして俺に? となって、それはミラさんがセイルさんを愛しているからと説明する……。


そこまで考えて、私はミラさんの想いを勝手に口にするのは躊躇われた。

あの時彼女が見せてくれた情景は、私の判断で伝えていいものではない。


嫉妬心とかはなく、あれはミラさん自身のものであるからこそ、私も彼女の気持ちを大事にしたかった。


「理由は分かりませんが、なんかマユケが山を出た時に会ったみたいです」

「ふーん。まあ、マユケも普段何処に行ってるか分からないからな。そういうこともあるのかもな」

「そうですね!」


特に怪しまれずに済んだようだ。

お菓子を食べてご機嫌になったのか、マユケが撫でて欲しそうに見上げてきた。


二人でマユケを撫であっていれば、セイルさんの手が当たりハッとして顔を見合わせる。


互いに熱が伝染するかのように顔を赤らめると、素早く立ち上がった。両手を構えてじりじりと後ずさる。


「距離感ですねっ!」

「そうだ! 大事ことだ!」


下からマユケが不思議そうに鳴いている声がした。



そんな日々を過ごしていたが、こんな私たちでも距離がなくなる時があった。


就寝までの時間はリビングソファで隣同士に座るので距離感など気にしなくなってしまう。

お互いにそれを指摘し合うこともない。


何もするわけでもなく、正面を見て黙ったまま過ごしている。

暫くしてセイルさんが動く気配がして、緊張でびくりと肩が揺れた。


チラリと様子を窺えば、セイルさんが私の顔を覗き込むように前屈みで頬杖をつき、熱を込めた流し目で見つめていた。


「アンナ、キスしてもいいか?」

「……は、はい……」


雰囲気的にあるかもしれないと思っていたので、私は恥ずかしくなりながらも受け入れた。

一回だけだと思っていたが、意外にも何度も口付けを交わしてしまった。

セイルさんは距離感を気にしていたので、少し吃驚したが恋人なのだから何度もキスくらいするだろう。


しかしその日を境に、セイルさんはキスの時だけは遠慮をする様子がなく積極的だった。

一度触れ合えば次を乞うように顔が近づいてくるので、私は恥ずかしくなりながらも受け入れる。するといつの間にか就寝時間になっている。


でも、やっぱり一緒には寝ないので不思議な距離感だ。

とは言え、嬉しくないのかと訊かれれば嬉しいと答えることができるので良いことなのだろう。



·

·

·


(セイル視点)


アンナが恋人になった次の日、起きて彼女の顔を見た瞬間、セイルは惑うように目がぐるぐると回った。


(……どうして俺は恋人と同棲してるんだ?)


幸せではあるものの、段々と今の状況が理解出来てきて、展開の早さに混乱する。

元々一緒に暮らしていたので当然のことなのだが、関係性が変わってしまったのでそう思わずにはいられない。


(……え? 恋人……? アンナが? 俺の? 恋人……?)


その響きの可愛さで胸が締め付けられるように苦しくなり、呼吸が上手くできなくなる。


落ち着いて治癒の魔法をかけるが、その苦しみは留まるところがなく襲いかかってくるので魔法が追いつかない。何故なら恋人であるアンナが視界に入っているから。


しかも全ての工程をすっ飛ばして既に同棲をしているので、気持ちの整理も出来ていない。


(不味い……。このままだと胸も苦しいし、頭が熱でおかしくなる……。距離だ。一旦距離を置いて、徐々に慣れていけば冷静になれる筈だ……)


こうしてセイルはアンナに適正の距離を保つよう提案した。



自分の恋人であることは重々承知しているのだが、意識の奥にその縛りを根強くしようとしている自分がいる。


アンナと一度唇が触れ合えば、独占欲に駆られ止まらなくなってしまう。

自身の魔力を流し込む行為が、よりアンナが自分のものであると思えてしまうからだ。

彼女自身もセイルのことを受け入れてくれるのでそれも助長の原因だ。


しかし、頭が冷えれば分かる。このままではいけないと。

恐らく、アンナを必要以上に欲しているのは自身の魔力の影響だろう。六百年の執念が染みついているらしい。


無害ならば関係なかったが、一度確認したときにセイルの魔力はアンナの恐怖心をなくしてしまう力があることを知ってしまった。


そしてマージと対峙したときを少し覚えているが、もしもアンナが彼女の誘いを断っていれば、マージの性格を鑑みても一戦交えていただろう。

そうなるとアンナも巻きこまれていた可能性があった。


このまま自分の魔力を流し続ければ、アンナが自身の意思で行動しようとした時に、自分があの時のように正気を失いかねない。


打つ手はある。だが、それを拒んでいる、拒みきっている自分がいる。

何故自分から奴に彼女を差し出さなければならないのか。腸が煮えくり返りそうになる。

とはいえ、アンナが無意識に魔力を使った時にはそれが必要なのだとミラの件で理解した。


彼女の自衛のために、セイルの不安を軽減するためには奴の魔力がいる。

しかし、だけど、何故よりにもよってアイツに頼らなければならないのか。

セイルは苛々しながらも煮え切らず、数カ月悩んだ。






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