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閑話 ミラ(過去編)


ミラ達を創り出した父は言った。

それぞれの形で人を愛しなさい――と。

ミラは微笑みながら頷いた。人は自分より弱く、尊く、可愛らしいものだから愛するのは当然のこと。

そんなミラの心情を肯定するように、人の住む街を歩けば、人々が嬉しそうに声をかけてくる。


「ミラ様、こちらの果実今日採れた物なのですが、甘いのできっとミラ様のお口に合うと思います。お一つどうぞ」

「ミラ様、子供が生まれたので是非家に来ていただけませんか? 妻もミラ様に会えたら喜びます」

「ミラ様、お洋服新調したんですけど、どこか変な所はないですかね? ――ミラ様が言うなら間違いありませんね」


人々はミラに会えることを喜んだ。ミラも人々に会えることを喜んだ。

こんな人々を愛すことができるなんて、とても素晴らしいことだ。

ミラは自身に与えられた幸福に心から感謝した。


そしてミラには最近、懐いてくれている少年がいた。彼はミラの姿を目にすると笑顔で一目散に駆けてくる。


「ミラさまー!」


その愛らしさにミラが頬を緩ませ、少年のために屈めば、彼は手に持っていた野花の花束を差し出した。


「ミラさまのために、花をつんできました!」

「あら。私のために?」

「はい!」

「ふふふ。嬉しいわ。ありがとう」


笑顔で受け取るミラに、少年はそわそわしながら花とミラを見比べ始める。

彼女はすぐに彼が言わんとしようとしていることが分かり、受け取った花を見つめた。


「全部違うお花の色ね。頑張って摘んできてくれたのね」

「色がちがったら、ミラさまがびっくりしてくれると思ったんです!」

「ふふふ。花の色ってこんなに沢山あるのね。とっても驚いたわ」


ミラが嬉しそうに微笑めば、少年は破顔した。


(皆、私を喜ばせようとしてくれて、本当に人って愛おしいわ)


ミラは受け取った花よりも少年の心根が美しいと慈しんだ。

少年は何かを見つけては、真っ先にミラに教えてくれる。


「ミラさま、ミラさま! あっちでにじが見えます! きえる前にいきましょう!」

「そうなのね。ええ。すぐに観に行きましょう」


小さな体でミラの手を引っ張り、きらきらした瞳で見上げ、走り出す。

一人で走ったほうが早く行けるのに、彼が手を取って走る理由はミラと一緒に観たいから。

それが伝われば足取りが軽くなり、宝石の粒を散らしたような草原を走る目の前の少年が一層愛らしく思えた。


そして数カ月後、青空の下の草原。

ミラの目の前では、少年を下敷きに青年がナイフを何度も振り下ろしている姿があった。

鮮血が飛び、少年は二度とミラの名前を呼ぶことはないのだろう――。

ミラは微笑みながら穏やかに青年に声を掛けた。


「――何をしているの?」

「ミラ様……遊んでいるんですっ……! 今まで虫を、鼠を、猫で遊んでいたんですがっ……! 乾きが、乾きが乾いて乾いて仕方なくなって……っ!」

「遊び? それは――愉しいの?」

「はい! とっても!」


青年は腕を止めると眩しいほどの笑顔を浮かべてミラを見上げた。彼は心の底から喜んでいて――愉しそうだ。


「それなら――私も混ぜてもらおうかしら」


ミラは微笑んで、教えてもらった遊びを青年へと向けた。

そして、ミラの下で少年と同じように動かなくなった青年を見下ろした。

彼はもう動くことはない。ミラは青年の笑顔を思い出すと両目を片手の甲で覆い隠し、狂ったように高笑いした。


「本当! とっても愉しいわ! フッ……アッハハハハハ!」


青年が言ったようにそれは愉しくて愉しくて堪らなかった。青年の――愛してやまない()の気持ちが分かってミラは心底安心した。


(もっとこういう気持ちも知っていかなくちゃ。人を深く愛するためには必要なことだわ。ええ。必要なことなのよ)


ミラは立ち上がると、少年を見ようとしなかった。視界に入れたらいけないような気がした――。


それから遊びを探してみれば、今まで見えなかったものが見えてきた。

子供に、妻に暴力を与える人、人を奴隷と名付け働かせている人、あの時の青年のように人を嬲り愉しそうにしている人。今まで知らなかった人の姿を初めて知った。


(まだまだ私の知らない人の姿があるのね。ええ。大丈夫よ。人は自分より弱く、尊く、可愛らしいものだから愛するのは当然のことよ。分かっているわ。ええ。分かっているわ)


こうしてミラは人の遊びに興じていった。




千年の時が過ぎた。

定期的に他の魔女たちとは会合していて、今日のミラは若い青年の姿で顔を出した。


オランの地である東国の城の会所に集まり、マージ、シーラ、ロンシェン、アーティカ、艶のある赤髪を垂らし、鮮やかな着物を着たオランが既に居た。


互いの近況報告をするための場だ。

それぞれが人との関わりや、身の回りに起きたことを口々に話す中、マージがミラに声をかける。


「ミラは最近人と一緒に何をやってるんだい?」

「最近は、人と一緒に面白い遊びを享受させてもらったよ。四方壁で囲まれたところに人を入れ、腹の好かせた猛獣を放ち、どうやって逃げるか眺めるんだ。だけど、それでもお腹が空いていたみたいだったから、僕を楽しませた()()()をあげたんだ。そしたら、近くにいた人たちが血相を変えて逃げ出して行ったから、愉しくて堪らなかったよ」


愉しそうに話すミラに、マージは釣られて笑うと受け取ったままの印象を口にした。


「本当にミラは人が好きだねぇ」

「ああ。人は可愛いからね。愛してやまないよ」


それを隣りで聴いていたロンシェンが嫌悪感を剥き出しにして口調を強めて咎めた。


「無理して人を好きな振りをするのはおやめなさい。貴方は人が嫌いなんですよ」


耳にした瞬間、ミラは瞳孔が開き、生まれて初めて殺意を抱いた。

こんなにも自分は人を愛し、愛するための()()をしているのに、それを何も知りもしないで、よく人の好きなものを平気で否定できたものだ。


殺意が抑えきれずに漏れ出ると、それを察したのかロンシェンは閉眼していた瞼を開けて、侮蔑の目を向けた。


「いいでしょう。それで気が済むのならお相手いたしましょうか。こちらとしても視ていて気分が悪い」


落ち着きを払った声音には、はっきりとした闘志が宿っていた。

二人の殺気に塗れたやり取りに、呆気にとられていたマージが両頬を手で包みこんで嬉しそうに声を上げた。


「えー!? なんだいなんだい!? ミラとロンシェンが闘うのかい!? そんな面白いものが今から見られるのかい!?」

「珍しいですね。お二人が本気で敵意を剥き出しにするなんて。何が気に食わなかったのでしょうか?」

「え!? な、なになに!? 急にどうしたのよ二人とも!? な、なんか怖いわよ……! ど、どうしようオラン……!?」

「互いに譲れないものがあるんだろう。己の信念を貫き通すための手段が闘うことであるのなら、アタシらはただ黙って見守るだけさ」


アーティカがオランに泣きつけば、彼女は悠々と答えた。


睨み合い空気が張り詰めたが、ミラは自身の衝動を抑えつけ、微笑みながらロンシェンに緩りと指差し見据えた。


「いいや。その手には乗らないよロンシェン。ここで手を出してしまえば君は勝手に都合の良い解釈をしてしまうからね」

「そうですか。まあ、手を出されなくても私の意見は変わりませんけどね」


二人は言葉を交わすと気を張るのをやめ、一触即発の空気が和らいだ。

マージが残念そうに肩を落とした。


「なんだい……。やらないのかい?」

「ああ。今日はここで失礼するよ」


ミラはマージに笑顔を向けて移動魔法をした。

この日を境にミラはロンシェンと顔を合わせることはなくなった。




そして数百年の時が経ち、ミラは少女の姿になって旧帝国に足を踏み入れる。

入って直ぐ目に映ったのは、地面に描いた円の中心で少年が蹲っている姿。


円の外側には五人の子供が少年を取り囲むように立っていて彼を目掛けて石を投げつけていた。

ミラは近づいて、彼らに声を掛けた。


「遊んでいるの?」


愛らしい声で言葉をかければ、彼らは振り返る。


「人の遊びを知りたいの。私も混ぜてくれる?」


ミラのお願いにリーダー役の少年は、想像した。虐められている少年が自分たちより小さい子供に石を投げられ、怖がってる姿を。それだけで愉快になりニヤニヤと笑う。


「いいぜ。入れてやるよ」

「ありがとう」


ミラは笑顔でお礼を言うと、リーダーの少年の体を円の中へと片手で突き飛ばした。

受け身を取れずに地面に倒れ伏した少年は何が何だか分からず混乱していれば、背中に鋭い痛みが走り、それは次々に襲いかかってきた。


身動きが取れずに、痛みに耐える唯一の方法はただ蹲って泣くことだけだった。

周りが呆気にとられる中、ミラは片手の甲で両目を隠し嘲るように「フッ」と噴き出し、大口を開けて甲高い声で笑い始めた。


「アッ、ハハハハハ!」


悦を含んだ少女の笑い声が響き渡る。

笑っていた口を閉じて、手の甲をゆっくりさげていく。再び顔を顕にしたミラは口元に穏やかな笑みをたたえていた。


旧帝国の城に入れば、接待の男が卑下た笑みを浮かべながら媚びへつらってきた。


「魔女様。遊びが好きとお聞きしました。私めがやっているとても面白い遊びをお教えしましょう」


男の遊びは奴隷女性の嬲りであった。

男が愉悦に浸っていればミラも遊びたくなってしまい、彼に遊びを向ければ周りが騒然とした。

そして周囲の人々がご機嫌を窺うように声をかけてくる。


「奴隷を甚振るのはお好きではなかったですか? お望みであるならば彼女たちを解放致しましょうか?」

「あら? 遊びなんでしょう? 私はただ遊んでただけよ。何も望んではいないわ。彼女達は貴方達の遊びに必要なんでしょう? 好きにしなさい」


ミラが笑顔でそう答えれば、人々は彼女の得体のしれない考えに恐怖した。


そしてミラが一時的に魔力を与えた要人は死に、セイルと出会った。


セイルと戦っている間は全てのしがらみが消え失せ、無心になって愉しめた。

彼は何かを求めていて、それが交われば交わるほどミラも何かが、忘れているものを得られそうな錯覚を覚えてしまう。

死なないはずの体が死に似た体験を得て、きっとこれが彼の求めていたものなのだと、気づくと堪らなく愉しくなった。


しかし、彼が求めていたものは違っていた。

愉しかったことを分かり合えると思っていた。彼もミラと同じで人々の遊びを愉しんでいるのだと思い込んでいた。


だけどミラの瞳に映ったのは、大事なものを亡くした小さく、消え入りそうな儚い後ろ姿。

胸が締め付けられるように苦しくなり、手が自ずとそれに倣うように握り締め合えば顔が俯いた。


(……おかしいわね……どうしたらいいのかしら……)


初めての感情。

目がじわりと滲んできて、彼の背中を見つめては顔を逸らした。

衝動に駆られて抱きしめてあげればいいのに、それを無意識に拒否してしまう。

ここで彼を抱きしめてしまえば――人を嫌いになってしまう。


ミラは、どうして抱きしめてしまうのがいけないことなのか理由は分からなかったが、その何かに気づいてしまいたくなかった。


思い出すのはミラに懐いていた少年の姿。今のミラが見ているセイルの、彼の姿は――ミラ自身が求めていた姿。


(分からないわ――何をしてあげたら、この子は寂しくなくなるのかしら……)


戦争も、ミラとの闘いも愉しくなかった彼は何を楽しみに生き続けて行くのだろうか。

未来には(あなた)の求めているものはないというのに――。


結局何もできず見つめていれば、彼は去っていく。

心にぽっかりと穴が空いてしまったような虚無感に襲われる。きっと彼も同じ気持ちなのだろう。


(あの子の周りはとっても寂しいわ……周りに綺麗なものを置いてあげましょう。そうしたら――笑ってくれるかしら)


あの頃の楽しかった自分のように――。










ミラ以外は人の遊びに対して俯瞰的です。

深層心理では人の遊びに辟易しているミラの苛立ちが周囲に向け始めていたためロンシェンは(視ていたためもろに浴びた)、嫌なら関わるなと叱ってます。

ミラがセイルと娼館で闘ったのは彼の魔力に当てられたから。これのせいでミラはセイルと一緒にはいられない。(愉しくなってしまうから)セイルと一緒になったところでミラは人を殺めるのに躊躇することはないので、二人がどうこうなるということはないです。

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