アンナとミラ(3)
一週間後、マージさんは家を訪れた。
セイルさんは前回のことがあってか、心配そうに私を見つめるだけで止めることはなかった。
前に来たときと同じ街の中央街。人が行き交う中、ミラさんは店の壁の前に立っていた。
真っ白な空間以外でミラさんに会うのは二回目だ。やっぱり白銀の髪色の時の彼女を見慣れているからか、この姿のほうがしっくりくる。
「それじゃあ私は近くで見張っとくからね」
マージさんはそう言って姿を消した。
私はミラさんに歩み寄った。
「会う機会を作ってくれて、ありがとうございました。あの、ミラさんと分かり合えたら良いなって思っています」
「……」
ミラさんは和やかに微笑んでいる。
以前とは違い、彼女に対して得体のしれない恐怖感はない。ただ純粋に彼女のことを知りたいと思っている。
「お話をしたいのね。いい飲み屋を知っているわ。そこのぶどうジュースが美味しいの。行きましょう」
ミラさんは私の手を取ると街を歩き始めた。
辿り着いた場所は酒場で、昼間ではあるものの客がちらほらいて酒を飲んでいる。
私は初めて入る場所で緊張しながらも、ミラさんについて行きカウンター席に座った。
ミラさんがぶどうジュースを注文し、提供されて一口飲んでみるとぶどうの濃厚さ、酸味よりは甘みが強くて思わず口元が緩む。
「美味しいです!」
「でしょう?」
ミラさんは得意げに笑った。
早速、娼館での出来事でベルベがどうなったのか訊いてみると、ミラさんは嬉しそうに笑った。
「ベルベには悪い事をしてしまったわ。殺すつもりはなかったのだけれど、あの子があんなにも愉しそうに笑うから、当てられちゃったのよ。仕方がないわね。ええ。仕方がないわ」
「えっと、つまり、ベルベはミラさんが殺したんですか?」
「ええ。でもどちらにせよ死んでいたわ、あの子。私が殺してなかったらセイルが殺していただろうから、どっちであろうと関係ないわね」
セイルさんではなかったことを聞いて少しホッとしたような気持ちになったが、ミラさんが手に掛けたというのも複雑な心境だ。
ベルベは私を殺したというのに、殺されたことを喜べないのは倫理観からなのか。
それとも知っている人が彼を手に掛けたからなのだろうか。
後ろから刺されて、いまひとつ実感がなかったのも原因なのかもしれない。
「ベルベの家族も――?」
「ええ。あの子にとっても邪魔だったようだし、喜んでいたわ」
「……」
ミラさんはなんてことのないように微笑んでいる。
なんだろう……。このまま聞き続けては、段々と彼女との距離が開いていってしまう気がしてしまう。
私は他の話に切り替えることにした。
「えっと、話は変わるんですが、ミラさんがセイルさんを愛しているきっかけは――」
「貴女から話してちょうだい」
「ええ!?」
「貴女の話が聞きたいわ」
ミラさんはニコニコと私に話を促した。
まあ、私ばかり質問するのは都合が良すぎるかもしれない。
「えっと、セイルさんとの出会いは……生きている意味を見出せなくなって、家を出て山で自死しようとしていた時に出会いました。飾り気のない言葉で励ましてくれて、それがなんだか本心で言ってくれてるんだなって嬉しくなったんです。それから徐々にセイルさんの優しさに触れていって……愛したきっかけはベルベに街で会った時に、暴力を振るわれて、失意のどん底にいるところを掬い上げて貰ったからです」
私の話を聴き終えたミラさんは、微笑みながら口を開いた。
「王子様みたいだったわね」
「……え?」
「貴女の存在はマユケから聞いていたわ。セイルが楽しそうにしている、って。だからどんな子か見に来ていたのよ。そうしたら、セイルったらベルベのこと殺したいほどに貴女のことを気に入っているみたいだったから、あげたくなっちゃったのよ」
「殺したいほど……?」
「踏みとどまっていたけどね」
ミラさんはクスリと笑った。
私は彼女の言葉を素直に受け入れることは出来ず、半信半疑だった。
確かに心配はしてくれていたが、ベルベを怒っている姿には殺意のようなものは含まれていなかった。
まあ、あまり気にしないほうがいいのかもしれない。
「あの、それで――ミラさんがセイルさんを愛した、きっかけは何だったんでしょうか?」
「そうね。気になるのよね。いいわ。話してあげる。セイルとは旧帝国で初めて会ったのだけれど、久しぶりに闘いが楽しかったから、お礼を言いに行ったのよ! だけど彼は仲良くしていたお友達を亡くしてたみたいで、とっても悲しそうだったから、悪い事をしてしまったと思ったの! それを見ていたら、彼に何かを与えたくなってしまったのよ!」
ミラさんは手振りをしながら明るく楽しそうに話しを終えて、私をニコニコしながら見ている。
な、なんだか言い方が軽くてあまり深みを感じない……!
夢の中でセイルさんを想っているミラさんは、もう少し理由がありそうな気がしたんだけど……。
しかし、ミラさんは終始浮き浮きとした様子なので、ただの女の子同士の会話みたいだ。
そんな彼女を見て私は微笑ましくなった。
「おー! いい女じゃん! 俺と一緒に遊ばなーい?」
筋肉質の男が、ミラさんの隣に無遠慮に座った。しかし、ミラさんは男の方を見ようともせず、私に微笑みかけながら嬉々として話しを続ける。
「それにしてもマユケ、あの子は可愛くていい子よね。貴女のこともよく話してくれるのよ。貴女が食事をくれるけど、たまにはお菓子も食べたいな、なんて我が儘も言っているのよ。可笑しいわね」
「おい! 無視すんじゃねぇよ! こっち向いて俺の相手しろよ!」
ミラさんの見た目がたおやかで簡単に従うと思ったのか、男は乱暴に彼女の肩を掴んだ。
ミラさんが構うことなく私に柔らかい笑みを浮かべながら、広げた掌を握り込んだ瞬間、男の顔は潰れ血が弾けるように周囲に飛び散った。
一瞬店内が静まり返ったが、すぐに悲鳴が上がり店内から人の姿がなくなった。
私は呆然としながらミラさんを見つめ、ポツリと呟くように問う。
「……どうして殺したんですか?」
「あら。おかしなことを訊くのね。貴女とお話をするのにこの男は必要? 必要じゃないわよね。さあ、お話の続きをしましょうか?」
彼女は微笑みながら歓談を続けようとしている。顔のない体が床に転がっているのが痛ましくなり、私はミラさんに言葉をかける。
「その人、そのままにしておくんですか?」
「――そうね。悪い事をしてしまったわ。お墓に埋めてあげましょうか」
ミラさんは微笑みながら立ち上がり、私の手を取って立たせると男とともに移動した。
気づけば、墓が立ち並んだ丘にいた。
彼女は空いた地に手を翳すと魔法で穴を開け、男を浮かせるとそこに寝かせ、土を被せた。
私は瞬く間のような状況に、戸惑いながらも男が亡くなってしまったことを悲痛に感じた。
「……この人の家族、急に居なくなって心配するでしょうね……」
「――そうね。この子にも家族がいるんですものね。悪いことをした、って謝りに行かなくちゃいけないわね」
私の言葉に素直に頷いて移動しようとしていることに違和感を感じて、彼女の手を掴み、制止させる。
そして抱いた疑念を口にする。
「――殺すつもりですか?」
私が訊ねると、ミラさんは嬉しそうに微笑んだ。
「ようやく私たち、分かり合えたわね」
私はその顔を見て、少し落胆のような思いを胸に抱き、躊躇いながらもその言葉を口にした。
「――人が、嫌いですか?」
言った瞬間、ミラさんの纏う空気が変わった。
苛立ち、憤り、憎悪、殺意を体中に突き刺すように浴びて、ぶわりと鳥肌が立つ。
しかし、彼女は虫も殺さないような微笑みを浮かべながら口を開いた。
「あら? ロンシェンと似たようなこと言うのね? やっぱり、彼に魔力を貰った影響かしら?」
優しい声音の中に強く私を批判するものが混じっている。
――分かる。今のミラさんは私を、殺したいほどに怒っている。
私が困惑の目で見つめれば、ミラさんは微笑みを絶やさず楽しそうに話し出す。
「人を殺したら人が好きじゃないの? いいえ。違うわよね。私は人のことを愛しているから深く知りたいと思っているの。例えば――人はお腹も空いてないのに人を食べようとするのよ。面白いわよね。そんな気持ちも知ってあげたくなっちゃうじゃない。人は平等に可愛いものなのだから」
彼女の美しい音色のような口調の中には、嫌悪が混じっている。
彼女はやっぱり人のことが嫌いなのだ。
だけど彼女自身がそれに気付いていない。
彼女は今、自分の好きなものを否定されて怒っているのだ。
穏やかな口調の中に鋭利な刃物で切りつけるような悪意を確かに感じる。
「それよりも貴女、自分のことをおかしいと思わなかったの? ベルベに殺されたのに彼のことを思い出しても恐怖心を抱かず、命を脅かされそうになった原因の私と会いたいだなんて。おかしいわ。ええ。おかしいわ。さっきのことだって、人が死んで周りの人が逃げ惑っているというのに、貴女は何も動じなかった。ええ。分かっているわ。セイルの魔力の影響よ。彼があれくらいで動じる筈ないもの。――気付いていないのなら、教えてあげるわ」
ミラさんは言葉を切って、私を見据えると無邪気な笑みを向けた。
「貴女、もう人じゃないのよ」
ミラさんは私を傷つけようとしている。
嫌われようとしている。
その姿が何故だか悲しく思えた。
柔らかい風が見つめ合う私たちの髪を、服を揺らす。
沈黙は私に考える時間を与えてくれて、暫し悩んだ後彼女に言葉をかける。
「あの、ミラさん」
「……」
「今度、もう一度お会いできませんか? 次は――友達として遊びに行きませんか?」
私は優しく言葉をかけた。
彼女の言う通りセイルさんの魔力の影響なのか、悪意を向けられても恐怖心は一切なかった。
ミラさんは一瞬呆けたようだったが、パアッと明るく笑顔になった。
「遊び? ええ。良いわ。どんな遊びをするのかしら? 遊びは好きよ」
ミラさんは一転して嬉しそうに笑った。
先ほどのやりとりを忘れてしまったかのようだ。
私はそんな彼女に提案をする。
「遊びは――私といる間、人を殺さない」
「そういう遊びなのね。わかったわ。楽しみにしているわ」
ミラさんは迷うことなく受け入れた。
この効力がどれくらいのものか分からないが、取り敢えずはこれでいい。
ミラさんのことを知ってしまった私は、彼女に何かを与えたくなってしまった。
純粋に喜んでもらえるような何かを。




