アンナとミラ(2)
ベッドを消された私は、寝るところがなくなってしまった。
二日続けての添い寝は不味いと思い、ソファで寝ようとしたが抱き上げられ、抵抗虚しく強制連行された。
気付けば昨日と同じようにセイルさんのベッドに二人で並んで寝ている。
(ど、どうしてこんなことに……!)
照れと戸惑いが混じりながらも、セイルさんのほうをチラリと視線だけで確認する。
肘枕をして、私の顔を覗くように眺めている。
見つめられて恥ずかしくなり、掛け布団で目の下までを隠して、おずおずと声をかける。
「あ、あの……もう怖くないので、一緒に寝なくても大丈夫なんですけど……」
「そうだな。俺が一緒にいるから、もう怖くないな」
穏やかに返事を返されて頭を撫でられる。
なんだか話が噛み合っていないような気もするが、それ以上に羞恥が勝り、目をぎゅっと閉じて何も言えなくなってしまう。
(ま、まあ、セイルさんが望んでいるのなら、仕方ないよねっ!)
ずっととは言われたものの、流石に三日くらいで元の生活に戻ることになるだろうと思っていた。
しかし、セイルさんは四日目の夜も当然のように私と一緒に寝るつもりだった。
(こ、このままだと慣れてしまって、本当にずっと一緒に寝ることになるかもしれない……!)
私はそうなることを懸念して四日目の夜に思い切って切り出すことにした。
「セイルさん! もう本当に大丈夫です! ありがとうございました! 今日から一人で眠れます!」
「――どこで寝る気だ?」
「え!? えっと、えっと……」
セイルさんが笑いながら首を傾げる。
自室のベッドはセイルさんが消してしまったので、寝ることはできない。となると――。
「床かソファで……」
「駄目に決まってるだろ。今日も一緒に寝るからな」
「で、でもずっと一緒に寝るのは変じゃないですかね?」
「別に変じゃないだろ。ただ俺が守ってやってるだけなんだから」
「……」
今まで浮かれていて気づかなかったが、セイルさんの様子が少しおかしいかもしれない。
穏やかに笑っているものの、私を見ている目は監視しているかのようだ。
恐らく、ミラさんのことで心配させてしまったのだろう。
「どうしたら安心してくれますか?」
「そうだな……アンナが恐怖心を思い出したら、だな」
「あ、じゃ、じゃあ、怖いです」
「それじゃあ一緒に寝ないとな」
「え!? じゃ、じゃあ……怖くないです」
「それは心配だな。一緒に寝ないとな」
「……」
何を言っても一緒に寝てしまう……!
ただのイタチごっこになってしまった。
でも……よく考えてみたら、セイルさんが心配しているなら、安心するまで一緒にいてあげたほうがいいのかもしれない。
恥ずかしい気持ちは一旦置いて、取り敢えずセイルさんの気が落ち着くまでは逃げずに受け入れよう。
「そ、それじゃあこれからもお願いします!」
「ああ」
セイルさんは目元はそのままで口元に笑みを称えて頷いた。
私は自分は子供だという暗示をかける。これで幾分かは恥ずかしさが少なくなるだろう。
一緒に寝ると私は自分から身を寄せた。
効果があるかは分からないが、人肌が安心出来るのはセイルさんから教えてもらったので、今度は私が返す番だ。
「セイルさん、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
和やかな口調で言葉を交わして私は眠りについた。セイルさんの心配がなくなりますように、と願いをかけながら。
そんな日々を過ごしていれば、ある日マージさんが訪ねてきた。マージさんは来た途端、私に笑顔向け明るい声で話しかけてきた。
「アンナー! たまには私と一緒にお出かけしないかーい?」
「え?」
彼女からお出かけのお誘いなんて初めてのことだった。
「この前ロンシェンとのデートを覗いてた時、あまりに楽しそうだったから、一緒に遊びに行きたいと思ってたんだよ。女二人で街をぶらつきに行こうじゃないか!」
肩を組まれ、流れるように連れ出されそうになる。
予期しなかったマージさんとのお出かけに、嬉しくなった私はその気になってお誘いを受け入れようとした。
「待て。アンナを連れ出すのは俺が許さない」
鋭い口調で禁められる。
振り返ればセイルさんはマージさんを無表情で見据えている。
――様子がおかしい。
マージさんを映している鋭い瞳には一切の温情が見えず、感情すらないように見える。
どこか、ミラさんと戦っていた時の目に似ている。
しかし、マージさんは動じていないようであきれ果てた様子でため息をついた。
「アンナと出かけるのに、どうしてあんたの許可がいるんだい?」
「今のアンナは俺がついてやらないと、危険だからだ。どうしても行きたいのなら俺も一緒に行く」
「やだねぇ。恋人でもないくせに女を束縛する気かい? 勝手な男だねぇ。何を言われようと、私はあんたを連れて行く気はないよ」
「お前こそ、どうして俺が同行することを拒否するんだ? 疚しい気持ちでもあるんじゃないのか?」
「わかんない男だねぇ……。女同士の遊びに男は不要なんだよ。場がしらけちまうだろう?」
空気がピリつき始める。
ミラさんとセイルさんが戦う前の感じに似ているような気がする。
私は二人の嫌な感じを止めるために口を開いた。
「マージさん、私今日はやめときます」
「アンナ! 簡単にセイルの言う事なんて聞くんじゃないよ! 下に見られちまうよ!」
マージさんの怒号が飛び、彼女を見上げればセイルさんを見る目つきが変わり、苛立ちと憤怒が混じった。
「――殺されたいのかい? 私がアンナを連れて行きたいって言ってるんだから、ごちゃごちゃ言わずに従ってればいいんだよ」
「そこまでしてアンナを連れて行きたい理由はなんだ? 何か隠してるとしか思えないんだよ、言動が」
セイルさんの様子がおかしくても、マージさんは引く気がないようだ。
やはりここはセイルさんを優先したほうがいい、と二人の間に割って入ろうと思ったが、後ろ髪を引かれたような気がした。
私は一旦留まって、セイルさんが納得しそうな提案を考えた。
「そ、それなら、ロンシェンさんの時と同じように、セイルさんが魔法で覗いていれば、いいんじゃないでしょうか?」
シンとその場が静まり返って、殺伐とした空気が少し和らいだ。
「いい考えじゃないかい! 正直、女同士の遊びを覗かれるなんて悪趣味なことされたくもないけど、この分からず屋を黙らせるのに丁度いいねぇ!」
マージさんは人が変わったように明るく私に同意した。セイルさんは少考しているのか、難しい表情を浮かべている。
「セイルもそれで問題ないね?」
「……あ、ああ」
「それじゃあ気を取り直して、遊びに行こうじゃないか」
「は、はい」
マージさんは楽しそうに私の肩を抱いて魔法を使って移動した。
着いた先は知らない街の、店が並んだ中央街らしき場所だった。マージさんは肩を引き寄せると耳元で囁いた。
「ミラから事情は聞いてるよ。今日はセイルの監視の目があるから、私と一緒に遊んでもらうよ」
ミラさんの言っていた使いは、マージさんのことだった。
「すみません、面倒をかけてしまったみたいで」
「本当にねぇ。なんだいありゃあ。あれじゃあ、ロンシェンが言っていたように、愛想つかされるのも時間の問題じゃないかい。いつからあいつは、あんな面倒くさい男に成り下がっちまったんだい」
「私が、ミラさんを怖いと思っていないことが、心配を助長させてしまったようで……私のためを思ってのことなんです」
「そういう時はねぇ、余計なお世話だってはっきり言ってやるんだよ。もっと縛り付けられちまうよ」
マージさんは咎めるように苦言したので、私は曖昧に頷いた。
それから気分を一新して、マージさんと街を一緒に歩いた。
セイルさんとロンシェンさんの時とは違い、女性ならではの買い物や、遠慮のない会話、悩みの相談などとても楽しめた。
二人で満面の笑みで家に帰れば、セイルさんが浮かない顔でテーブルに頬杖をついて座っていた。
「どうだい? あんたの心配がいかに杞憂だったか分かったかい?」
マージさんが豪語すれば、セイルさんは無言のまま顔をそらした。
マージさんは呆れたようにため息をついた。
「あんたがそんな調子じゃ、アンナも息が詰まっちまうよ。――それじゃあ、アンナ。また誘いに来るからね。今度はセイルの監視は抜きでね」
マージさんはウインクを飛ばしてそう告げると帰っていった。
シンと静まり返る部屋で、私はセイルさんに笑ってお礼を口にする。
「マージさんとのお出かけ、許可してくれてありがとうございました! とっても楽しかったです!」
明るく言葉を発すると、セイルさんは沈痛な表情を見せた。




