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アンナとミラ(1)

ロンシェンに魔力を貰った後の話です。


セイルさんと本屋に行った。

彼が本を選んでいる間、店内をぶらついていれば、店の角に丸まった新聞が籠に入れられているのが目についた。


なんとなく気になって手に取り広げてみれば、男爵家が家族揃って行方不明になっている一面が視界に入った。


日付は娼館事件から数週間経っている。

ベルベの家族も行方不明――?

全く手がかりがないようで、捜査は難航しているようだ。


広げた新聞を籠に戻し、他の新聞を取ろうとしたら、セイルさんが近づいているような気がして私は慌ててその場から離れた。


そして何事もなかったように、本棚から適当に本を手に取り、いかにも試し読みしているように振る舞った。


本屋を出て、店通りをセイルさんと横に並んで歩く。

ベルベはミラさんと姿を消したと考えるのが自然だと思うけど……。


私は隣を歩いているセイルさんを盗み見た。

彼は私の意識がなくなる前までミラさんと戦っていた。その後は――私を助けてくれた。


となると、ベルベは?

そういえば、と。起きたときの部屋の状況を思い出す。

部屋の壁についていた大量の血。人を刺しただけであんなところまで届くだろうか。それにシーラさんも最後って言ってた。


そう考えると、もしかして――という考えが過ってしまう。

だから私はセイルさんに真意を訊くことが出来なかったのかもしれない。


·

·

·


久しぶりの真っ白な空間の夢。

私は無意識に辺りを見回し、ミラさんの姿を探す。

すると白銀の髪に穏やかな表情を称えた彼女が、白い靄の中から歩いて姿を現したので、私は明るく声をかけた。


「ミラさん!」

「ええ。分かっているわ。聞きたいことが山ほどあるのでしょう? だけど、ごめんなさいね。私には時間がないの。直ぐにセイルが気づいてしまうのよ。今日は貴女にお別れを伝えに来ただけなの。もう会うこともないでしょう。さようなら」


ミラさんは微笑みながら口早にそう言うと踵を返した。いつも通りマイペースな人だ。

慌てて呼び止める。


「ま、待ってください!」


歩みが止まり、彼女は微笑みながら振り向いた。

私は息を呑んでから、口を開いた。


「今度、直接会えませんか?」

「……どうして会いたいと思ったの?」

「ミラさんがおっしゃってる通り、私には聞きたいことが沢山あります。――貴女のことも知りたいと思っているんです」


娼館でミラさんは愛しているはずのセイルさんと会話も交わさずに牙を剥いていた。

違った意味であれを楽しいのだと思っているのなら、そうなのかもしれない。


だけど、夢の中でセイルさんを想う心とギャップを感じてしまうのだ。

ミラさんはしばしの間のあと、にこりと微笑んだ。


「――どうして会いたいと思ったの?」

「え? 今話した通りだったんですが……聞こえませんでしたか?」

「いいえ。聞こえたわ。そうね、知りたいことがあるのだものね。当然だわ。それじゃあ――使いを貴女のもとへ送るわ。セイルに勘付かれないようにその人についていきなさい」


ミラさんは微笑みながらそう言い残すと背を向けて、白い空間の奥に歩いて消えていった。


使い――?

その人物を予想する間もなく、目が覚める。

視界に暗い天井とセイルさんの焦りきった表情が映った。私が目を見張れば、彼は口を開いた。


「誰かと会ったか?」

「……ミラさんと会いました」

「奴はなんて?」

「お別れを伝えに来たと言ってました。もう会うこともないでしょう、って」


嘘は言っていない。ミラさんは確かにそう言っていた。だからセイルさんから目を逸らさずに言える。


セイルさんは真偽を確かめるように私の目をじっと見つめていたが、手が伸びてきて額に掛かっている髪をそっと払いのけられる。

ほっとしたのか、気遣うように優しく笑う。


「そうか。怖い思い、しただろ?」

「いえ。怖くはなかったです」


私の言葉に髪を払う手が微かにピクリと動き、動揺を見せた。見定めるようにセイルさんの表情が厳しくなる。


「……無理してるのか?」

「いえ。本当なんです。ミラさんはお別れを伝えに来ただけだったので、全然怖くはなかったです」


はっきり返事を返し、しばし無言のまま見つめ合う。

セイルさんの表情がみるみるうちに不安と驚愕の色に変わる。

まるで私が怖がってることを望んでいるみたいだ。


しかし、ミラさんは私に全く敵意はなかった。目的を達成して興味がなくなったのかもしれない。


だから怖くなかった。そんな理由がなかったとしても――多分私は彼女に会いたいと伝えていただろう。


セイルさんはぐっと喉を鳴らすと、私の掛け布団をはいだ。一瞬思考が止まる。

そんな私の手をセイルさんは掴み引っ張った。


「一緒に寝るぞ」

「……え?」


有無を言わさない鋭い口調で吐かれた言葉は、私の冷静だった頭に動揺を与えた。


(え? 聞き間違い? 聞き間違いだよね? 一緒に寝るって……)


私が恥ずかしさを覚え戸惑っていれば、セイルさんは手を離し私の側まで近づくと体に両腕を差し込まれた。


吃驚して身を固くしたが問答無用で抱き上げられ、廊下に向かって歩き始めた。

セイルさんに密着し顔が熱くなるが、このままでは本当に一緒に寝ることになるので勇気を出して声を出す。


「あの、一人で寝れるので大丈夫ですよ……! ミラさんももう出て来ないですし! 怖くないです!」


必死に訴えるも抱える腕に力が入るだけで、歩みを止めることはなかった。

セイルさんの部屋に運ばれベッドに下ろされる。


どぎまぎして座ったまま俯いていれば、ポツリと呟くように「アンナ」と呼ばれて顔を斜めに上げた。


頬に手を添えられ、セイルさんの顔が近付く。

口付けをされた瞬間、体が奮い立つような自信で満ちあふれた。


唇が離れると、セイルさんと瞳が合って胸がどきどきする。不安げに目が細められる。


「どう感じた?」

「なんだか――今なら何でも出来てしまうような……怖いものなしって感じです!」


吐息が掛かりそうなくらい近いので、私は照れ笑いをする。暗いから恐らく顔が赤くなっているのはバレていない筈だ。


セイルさんとのファーストキスは覚えていなかったが、今のはちゃんと感覚を知ることができた。

嬉しさが体に反映しているように力がみなぎってくる。


とはいえ、セイルさんはロンシェンさんが言っていた定期的にを実行しただけなので、これは特別なものではない。

治療みたいなものだ。そこは勘違いしてはいけない。


答えれば、セイルさんは切なげに目線をベッドに落とすと、私の体に手を回し引き寄せられる。同時にセイルさんも身を寄せた。


(ええ!?)


ただでさえ近いのに体まで密着してしまって私は沸騰してしまう。

どうしていいのか分からず動けずにいれば抱きしめる力が益々強くなる。


(お、落ち着け私……! 前に私からセイルさんを抱きしめたこともあるんだから……!)


私はどきどきしながら横抱きされていることを享受する。

そして視界に入るセイルさんの二の腕を白いシャツの上から両手でそっと触れた。


どのくらい経ったのか分からないが、腕に込められていた力が抜けセイルさんが少し身を引いた。


「寝るか」

「はい……」


優しく声をかけられて私は頷いた。

どきどきしながらも端に寄ってベッドに横になれば、セイルさんも入ってきた。


(キスされて抱きしめられるなんて恋人みたい……。な、なんてね!)


調子に乗ってそんなことを考えていれば、セイルさんが体を密着させるように近づけてくる。

心臓の鼓動はずっと落ち着かない。


「……あの、セイルさん。おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」


私の挨拶にセイルさんは心地良い声音で返してくれた。

目を閉じても緊張してどきどきしていたが、なんとか眠ることができた。


朝起きると、先に目が覚めていたセイルさんが私の顔を見つめていて、どぎまぎしてしまった。


「あの、なんだか心配かけてしまってすみませんでした。セイルさんのおかげで、安心して眠ることができました」

「そうか」


セイルさんは穏やかに笑って私の頭に手を置いた。

よく考えてみれば、私が刺されたのはベルベではあるものの、原因となったミラさんを私が怖がらないのは不自然だった。


最初から怖いと言っていればセイルさんに手間を取らせなくて済んだのに、配慮が足りなかったと反省する。

セイルさんは私の頭を優しく撫で始め、口を開く。


「これからは俺と一緒だから、安心して寝ていいからな」

「……え?」


言われた言葉に私は訊き返すように声を漏らす。

セイルさんは穏やかに私を見ているはずなのに、目の奥は有無を言わさない意思の強さがあった。


呆気にとられている私など関係ないかのように、セイルさんは撫でていた手をとめベッドから降りた。


「お腹空いてるだろ? 俺が用意するからもう少しゆっくりしてていいぞ」

「い、いえ! 部屋に行って着替えてきます!」


明るい口調で言葉をかけられ、私は慌てて立ち上がると部屋に戻った。


(じょ、冗談だよね……?)


なんか今日から一緒に添い寝するみたいな言われかたをしたが、聞き間違いか何かだろう。


しかし、一日が終わり就寝時間が近づくとソファで一緒に寛いでいたセイルさんが「じゃあ、寝る準備ができたら俺の部屋に来いよ」と言ってきた。

胸がどきりと跳ねて、慌てて意味の確認をする。


「あ、あの! もしかして今日も一緒に寝るってことですか!?」

「ああ。今日からずっと一緒だ」

「今日からずっと一緒!?」


私は驚き、ぶわっと全身が熱くなった。まるで恋人にでもなってしまったかのような言葉だ。


駄目だ。勘違いしてはいけない。セイルさんは私のことを心配してくれているだけなのだ。


羞恥が限界を突破しそうだったが、ここで甘んじてはいけない。言葉を振り絞る。


「だ、大丈夫です! 全然一人で寝るの怖くないですしっ! 昨日一緒に寝てくれたので安心して寝れると思います!」

「――そうか」


セイルさんは分かってくれたのか、柔らかく笑って頷いた後、立ち上がった。

ほっとしたのも束の間、何故か私の部屋の方に歩いていった。


不思議に思って追いかけてみれば、彼は案の定私の部屋に入っていく。

意味がわからず、部屋を覗けばベッドを見下ろしている。


「もうこれも必要ないな」


そう言ってセイルさんは魔法でベッドを消した。






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