セイル視点(3)
改めて平和を認識したセイルは、気付けば草原に寝そべりぼーっと空を見上げ続けていた。
以前とは違い、一日中、三日三晩、一年中、廃人のようにその場に居続けた。
自分でも驚くほどにすることがなかった。
ある日、いつかの日と同じように影が落ち、マージが顔を覗き込んできた。
「全く。また腑抜けになっちまったのかい?」
「……あー、ババアかー………」
気の抜けた返事を返せば、マージは深くため息をついて隣に腰を下ろした。
気にすることなくぼけーっと空を見上げ続けていれば、マージが頬杖をつきながらセイルを眺め見た。
「一日中そうしてるのかい? 食事は摂れてるんだろうねぇ?」
その問いかけにセイルは呆けた状態のまま手の平に林檎を取り出すと、ゆるゆると口に運び齧り付いた。
マージはそれを目にした瞬間、引いた様子で慄いていた。
特段代わり映えしない味になんの感情も抱かないまま咀嚼していれば、唖然としていたマージが「こりゃあ何とかしないとねぇ」と困ったように呟いた。
自堕落的な生活を送っていれば、数日後マージが寝そべっているセイルに野菜の苗を差し出してきた。
受け取らずに、視線を苗からマージに移し訊ねた。
「なんだよ、これは?」
「ミニトマトの苗だよ。取り敢えず、これでも育てて気でも紛らわしたらどうだい?」
「……野菜育てるだけで気が紛れるかよ」
「言うこと聞かないとキスするけど、いいのかい?」
「……」
艶めかしい雰囲気を出した恐ろしい脅しに、セイルは悪寒を感じながらも上体を起こし渋々と苗を受け取った。
「それから、魔法は禁止だよ。最近のあんたは魔法で怠けすぎてるきらいがあるからね」
「野菜育てるだけなのに使うわけねぇだろ」
マージの念押しに、セイルは鬱陶しそうに頭を掻いた。
セイルの見解としては適当に日に当てて水をあげていれば勝手に育つだろうと思っていた。
しかし、世話をしていれば想像とは違い、苗は日に日に弱っていき、セイルは予期せぬ事態に焦り始めた。
(土が乾かないように水やり欠かさずやってんのに、どうして元気がなくなるんだよ……?)
困ってミニトマトのことを調べ始め、水のやり過ぎだということがわかり、植物を育てる奥深さに興味を持った。
気付けば空を見上げることはなくなり、本や農家の人にミニトマトのことを聞いては、苗の成長を見守っていた。
ミニトマトが艶のある赤に実れば、無事に成長できたことに感動を覚え、他の野菜にも興味を持ち始めた。
次第に鉢植えでは足りなくなり、拠点を構えて初めての趣味に没頭した。
それから徐々に他のことにも興味を持つようになって、中でも洋服作りは性に合っていた。
きっかけは自分の服のほつれに気づき魔法で直そうとした時だった。
(よく考えてみれば服も作れるんだよな……)
そう思い至り、服について調べてみてシャツを仕立ててみれば初めて作った割には上手くでき、関心を持ってあれこれ作ってみたが、自分の服を増やしたところで頻繁に着るわけでもない。
年に数回の趣味にしようと思っていたところ、マージがセイルの趣味に気づき、服を作ってほしいと依頼してきた。
始めの頃は自分の作った服をマージが身につけた姿を見て、人に着てもらう楽しさを感じていたが、段々と図々しくなっていくマージに、その感情は薄れていった。
魔法の使用を最低限にし、人のような暮らしを真似ていれば、あれほど自分が切望していたものも、いつしか見つからなくてもいいかと思えるようになった。
家畜にも興味を持ち牛と鶏を育てていれば、目の上の模様が眉毛のような迷い犬が現れて、セイルによく懐くので気に入ってマユケと名付けて可愛がった。
そうして年月が経っていき、ある日少女と出会った。
日が落ちる頃に、山に張り巡らせていた魔法に変化があったのを感じ取り、瞳を閉じて意識を集中させる。
(山に誰か入ってきたな……)
山に人が入ってくる理由は山菜などの採取や、興味本位、そして自死。
偶に山に入ってきては自死しようとする人間がいるのだ。
なんとなくどれかは察しつつも、様子を窺っていれば、泣き腫らした少女が暗い顔で木の根の近くで横たわり眠りにつこうとしていた。
(……まさか凍死狙いか?)
セイルは頭を抱えた。
恐らく何の用意もしてないところを見ると突発的な行動なのだろう。
(ったく、争いが終わったってのに、どうして人は死のうとするんだよ)
精神的なものとは分かっていながらも、戦死した者たちの姿を思い返せばそう思わずにはいられなかった。
とはいえ、毎度のことで放っておくのも目覚めが悪くなりそうなので、仕方なく少女のもとへと行くことを決めた。
気がかりなのは、今まで人との交流を最低限にしていた上に、今までであまり関わりがなかった少女の相手をしなければならないこと。
いまいち接し方が分からなかったが付け焼き刃でどうにかなるだろうと、深く考えずに少女のもとに向かった。
少女が眠りについてから早々に着いたというのに、意外にも眠りは深く、外気に晒されている頬は冷たかった。
声をかけながら頬を手の平で叩けば少女は目を覚まし、自死を容認するよう懇願してきた。
精神的に追い詰められている場合は話を聞いて吐き出してやれば、大概落ち着いて冷静になってくれる。
セイルはこれまでに自死しようとしてきた人々を思い出し、少女の話に耳を傾けた――が。
(思っていたよりもしょーもねぇ!)
言葉には出さなかったが、セイルは頭を抱えたくなった。
つまり容姿が原因で自死をしようとしていたらしい。
平和になってからの人間の生活事情は詳しくは分からないが、セイルにとっては取るに足らない悩みであった。
(なんなんだよ、ブスだから殺されそうになるって! 意味がわかんねぇ! そもそもお前は言うほどブスでもねぇだろ!? つーか、顔なんて年取りゃあ衰えてくんだから、いちいち気にしてんじゃねぇ!)
苛立ったセイルは、そんなしょーもない理由は気合いで押しのけるのが早いと、勢いで元気付けてやると少女の深刻そうな表情が少し和らいだので手応えを感じて、あと一押しだと意気込み。
そして、街で親が子に叱る時に魔女を引き合いに出していたことを思い出す。
悪いことをしたら魔女に下僕にされて一生帰れなくなる、という殺し文句だった。
ここ一体の地域では、子供の頃から言い聞かされているようで、恐らく彼女もそう育てられているだろう。
しかし、予想に反して少女が乗り気になったため虚を突かれたが、よくよく彼女の話を思い出してみれば行くところがないと言っていた。
(ここで別れたとしても行くとこねぇんだったら、変なやつに誘拐されそうだしなぁ……)
セイルは迷ったが知り合った子供が酷い目に遭うのを想像するとこのまま放ってはおけなかったし、セイルの反応で気落ちした少女を目にして、言葉を撤回する気は失せた。
(まあ、空き部屋もあるしそこに住まわせばいいか)
そう考え至り、少女を家に連れ帰って見慣れた部屋が視界に入った途端、セイルはあることにハッと気付いた。
(……待てよ? これってこいつが初めてのお客様になるんじゃねぇのか? ってことは……おもてなしが出来るってことか!)
セイルはようやく訪れた憧れのおもてなしに瞳を輝かせた。
エリックに家に招待されてもてなされた時、その温かさに照れからくるむず痒さを感じながらも、嬉しかったことを思い出す。
それをする側に回ることができるとは、思いがけない幸運だった。
(マージをもてなしたところで面白くともなんともなかったが、赤の他人のこいつなら楽しいはずだ!)
途端にセイルはそわそわと胸が躍り始めた。
相手は異性で子供だが、男も女ももてなし方に変わりないだろうと、セイルはエリックがもてなしてくれたことを頭をフル回転させて必死に思い出す。
数百年前のことだが、印象深く覚えている。
少女アンナと会話を交わしながらも、頭はもてなしのことで占められていた。
(確か、疲れを癒すために風呂に入るよう促されて、その間に食事を用意されてて凄く感動したんだよなー)
傷心気味だったアンナも、そのもてなしを受ければきっとあの時のセイルと同じ気持ちになるに違いない。
(そうと決まれば、さっさと風呂に入ってもらおうじゃねぇーか!)
セイルは風呂への誘導に専念し、アンナが言う通りに動き出せば食事作りへと取り掛かった。
風呂から上がったアンナが想像通りに喜んだ上に、料理を美味しいと褒めるので、セイルは得意げになり上機嫌で彼女に接した。
そして食事が終わり、次のもてなしを考えた。
(確かあの時は……エリックにソファに促されて……隣に腰掛けたか……?)
少し悩んだが、取り敢えず記憶通りに行動を起こしてみる。
アンナは恐縮した様子で言う通りに腰掛けたので、一応セイルも隣に座ってみる。
(……で?)
セイルは心の中で首を傾げて、思考する。
(食事の後はエリックと色々語り合ったりしたが、特に話題が思いつかねぇな。そもそも女はどんな話をするんだ? ……駄目だ。もてなし方が分かんねぇ)
とはいえ、もてなす気持ちだけは先走っているのでやきもきした思いでアンナの体を気遣う言葉をかけて、断られたもののブランケットをかけてやる。
会話が続かず、沈黙が流れる。
(……駄目だ。気まずい)
そう認めてしまえば途端に居た堪れなくなったが、天の助けのようにアンナから話しかけてきたので、これ幸いと調子づいた。
なんとか無事にもてなすことができて、アンナを部屋へと案内してようやく安堵した。
それからセイルは風呂に入り終わると自分の部屋に戻り、ソファに腰を下ろすと天井を見上げてアンナのことを考える。
(……良い子だったな。よく食うし)
成り行きで一緒に暮らすことになったが、真面目そうな少女だったので一先ず安心した。
アンナを虐げていた連中はよほど性格が悪いか、変わり者だったのだろう。話が本当であるなら逃げてきて正解だ。
(まあ、ずっといるわけでもないし、あいつの気が済むまでここにいさせてやるか)
セイルは軽い気持ちでそう考えるとふっと笑みを零した。




