5.洋服作り
それから鶏小屋のお掃除や、野菜の水やりをして家に帰れば洗濯と軽い掃除をする。
慣れないことで疲れた私を気遣ったのか、セイルさんは私にソファで休んでいるよう言い渡し、昼食を作り始めた。
セイルさんばかり働かせてしまい気が気ではなかったが、少しでも手伝おうとすれば睨まれるので大人しくソファに座っていた。
昼食が出来てセイルさんにリビングテーブルに座るよう促される。
出されたのはトマトとナスのパスタで、ナスがとろっとしていて美味しそうだ。
私はお礼を言って、セイルさんが席に着くのを待った。
そして早速食べようとしたが、私ははたっと思い出す。
え~っと、食べ物にも感謝しなくちゃいけないから……食べる前に何か言わなくちゃ……!
考え抜いた末、私は口を開く。
「あ、有難い!」
「ぶっ!」
私が大きく感謝の気持ちを口にすればセイルさんは噴き出した。
口元を手で覆い、笑いをこらえているのかぷるぷると震え始めるが、すぐに口から手を離し腹を抱えて笑い出す。
「だーっはっは! あ、有難いだってよ! 有難い!」
「や、やっぱり変でしたかねっ!? ありがとうございますじゃ、少し長くかなと思って……でも、ありがとうだとちょっと軽すぎるかなと思ったですけどっ!」
「ククッ……い、いや……いいんじゃ、ないか? クッ! ……有難い、で……ぷっ! だーっはっは!」
「ほ、本気でそう思っていますか!?」
笑いのツボに入ってしまったのか、セイルさんは椅子から転げ落ちた。
私が慌てて立ち上がって床に突っ伏しているセイルさんの側に寄れば、彼は腹を押さえながら「く、苦しい……っ!」と痛みに耐えるために笑いを必死に堪えていた。
……素直に心配してもいいのだろうか?
私はなんだか複雑な気持ちになったので、ちょっと悪いことを思いついた。
口元の横に手を添えると、そっとセイルさんの耳にささやいた。
「有難い」
「ッ! や、やめろ!」
「有難い!」
「っ……! く、苦し……!」
セイルさんはしばらく悶えていた。
それから、ようやく落ち着いたセイルさんは立ち上がり席に着いた。
「あー。死ぬかと思った……。魔法使いが笑い死になんて前代未聞だぞ……」
「いくらなんでも笑いすぎじゃありませんか?」
「あー? 確かに、今思えばそんなに面白くもなかったかもな」
テーブルに頬杖をつき、真偽かどうか疑わしい言葉を放つ。
のわりには、延々と笑ってましたけどね。
とはいえ、私は少し意地悪を返せたことで気が晴れていた。
気を取り戻してパスタを食べようとしたら、セイルさんは頬杖を突きながら私にからかうような目線を向けて首を傾げた。
「言わないのか、あれ?」
「……有難い!」
「ハハハ! 有難い、な!」
やけくそ気味に言えば、セイルさんは満足そうに笑った。
最後までからかわれた私は釈然としなかったが、やけに機嫌のよさそうなセイルさんを前にするとまあ、いいかと思えてしまうのでちょろいのかもしれない。
昼食が終わってからそれぞれの時間を過ごす。
私は部屋に戻り、ベッドに倒れこみ少し横になる。
朝から動いて疲れたけど、やけに食事が美味しくて幸せだったな……。
そう思いっていればまぶたが重たくなってきて、眠りについた。
何時間寝たのか、ドアを叩く音で目が覚めた。
起き上がりドアを開ければ、セイルさんが立っていた。
「今大丈夫か?」
「は、はい。何かお仕事ですか?」
「替えの服がないだろ? これから作ろうと思うんだが、作業部屋で採寸だけさせてもらってもいいか?」
「つ、作る? ……セイルさんが?」
「そう。俺が作る」
断言されても半信半疑だったが、とりあえずセイルさんが着いて来るよう言うので素直に従った。
作業部屋は裁縫道具、足踏みミシン、裁断のための大きな机、木でできた人の模型、本棚など必要なものがそろっている。
セイルさんはメジャーを取り出すと、私に向き合った。
「それじゃあそこに立ってもらえるか?」
「……お、お願いします!」
採寸を知られるのは恥ずかしいが、好意でやってくれているのだから、変に勘ぐるような素振りを見せるのは気を悪くさせてしまうかもしれない。
私は羞恥をおくびにも出さずにじっと立っては、腕を広げたりとされるがまま測ってもらう。
変に動揺しないように深呼吸して、平常心平常心。
胸囲の部分で、セイルさんの手は止まりメジャーを渡してきた。
「一応断っておくが、変なことは考えてないからな。が、気になるだろ? 自分で測って貰ってもいいか? で、測り終わったら紙に書いてくれ」
「分かりました」
メジャーを受け取るとセイルさんは後ろを向いた。
私はメジャーを回して胸囲を測ると、鉛筆でメモ用紙に書き込んだ。
セイルさんに測り終わったことを伝えると振り返った。
彼が作ろうとしているのはブラウスとスカートらしい。
「ブラウスは白で良いとして、スカートの色はどうする? あまりが結構残ってるから好きな色言ってもいいぞ」
「えっと……グレーでお願いします」
「グレー? そんな地味な色でいいのか? もっと明るい色あるぞ?」
言って、セイルさんは棚からパステルカラーの布地を二つ取り出して私に見せてきた。
それはピンクや水色の布地で、目立ちそうと感想を抱いた私は首を横に振った。
「いえ。グレーがいいです。色味が落ち着いていて好きなんです」
「そうか? 若いからこっちのほうが好きだと思ったが、中々渋い趣味だな」
グレーが好きなのは本当だ。だけど、それとは違う理由で明るい色を断った。
地味な私なんかが明るい色を着るなんて、似合わないに決まっている。
セイルさんは布地を仕舞った。
ブラウスとスカートは以前作ったことがあるそうで、型紙を私のサイズに合わせるところから始めていた。
「あの、私の服を作って貰ってるので何か出来ることがあればお手伝いします」
「じゃあ布地に型紙当てて型取りしてもらってもいいか?」
「はい」
私はチャコペンでセイルさんから渡された型紙で指示通り型取りをしていく。
それから跡をつけた布地を手分けして切り分ける。
セイルさんが作っている工程を後ろから眺めていれば、日が落ち始めていることに気づき、洗濯ものを入れ込みに部屋をあとにした。
洗濯ものを片付け終わると私は再び、作業部屋へと戻った。
「他にやっておくことはありますか?」
「んー? あー……マユケのご飯やりと、ベルを小屋に戻しててもらえるか?」
「わかりました」
セイルさんに言われた通りに動き、それが終わると私は夕食づくりに入った。
夕食が出来上がった頃に、セイルさんから洋服が出来たことを伝えられる。
「作るの早かったですね……!」
「まあ、どっちも作り慣れてるものだったからな」
「そうなんですね。女性ものなのに――」
私は言いかけて、ハッとする。
セイルさんが言っているのは、鏡台に置かれていたピアスの持ち主のことかもしれない……!
もしかして彼女さんだったりするのかな? だとしたら、私に洋服を作ったこととか不快に思われないかな?
悶々としていれば、セイルさんは急に黙り込んだ私を不思議に思ったらしい。
「どうした?」
「い、いえ。なんでもありません」
「そうか? で、ちょっと着てみてもらってもいいか?」
「わかりました」
作業部屋に行き、セイルさんは私にブラウスとスカートを渡すと部屋を出た。
私はセイルさんを待たせないように素早く着替え終わると、ドアを開けて着替え終わったことを伝える。
部屋に入り直してから、私はセイルさんに全身像を見せる。
「どうでしょうか……? 似合ってますかね?」
「いいんじゃないか」
「それなら、よかったです」
「……自分の目で確認しないのか?」
「え?」
セイルさんが良いと言うなら良い。
私はそう思っていたが、セイルさんは少しそわそわしているのか姿見をチラチラと確認している。
見てほしそうにしているので、私は恐る恐る姿見の前に立った。
「あ……」
出来上がったスカートは、タックフレアスカートだった。
グレーの無地なのに裾が入って広がっているだけでとても可愛く見える。
ブラウスも中央の縦にフリルが入っていてとてもお洒落だ。
ふわりと揺れるスカートがブラウスと合っていて、私は柄にもなく、はしゃいでしまい姿見の前でくるくる回っていれば、セイルさんがいた事を思い出す。
慌てて止まり、両手を下で重ね合わせて自分の行いを反省するように縮こまる。
「す、すみませんっ! 調子に乗ってしまいました!」
「うんうん。非常にいい反応だ。これでこそ作った甲斐があったってもんだ……!」
セイルさんは腕を組みながら、自信満々にうんうんと頷いていた。
恥ずかしくなりながらも、私は姿見をちらりと見る。
とても良い洋服だが、こんな服私には不相応なんじゃないかな?
地味な色を選んだはずなのに、予想外に可愛くて困惑してしまう。
「こんな素敵な洋服……本当に私が使ってしまってもいいんでしょうか?」
「アンナのものを作ったのに他に誰が着るんだよ」
「そ、それはそうですが……売り物みたいに素敵なので……」
「よしよし、素直な良い感想だ。俺の腕が職人並みに通用するなんておこがましいかもしれないが、褒められて悪い気はしないな。――で、次は何を作ってほしい?」
「え!? 作って貰ったばかりですし、これだけで十分ですよ!」
「遠慮するな。訳あって色んな女物の服は作り慣れているからな。まあ、ないと言われても必要な情報は揃ってるから勝手に作るけどな」
セイルさんはそう言って、人差し指と中指で挟んだメモ用紙をすっと見せてきた。
そ、そうだ……! 私の体型は既にセイルさんの手の中にあるんだった……!
替えの洋服が増えるのは正直嬉しいし助かるけど、あまり手を煩わせるわけにはいかない。
「でも……洋服づくりなんて手間がかかるじゃないですか。悪いですよ……」
「拒否している理由が悪いという理由だけなら、別に悪くないから俺の好きにさせてもらうぞ~」
挟んでいるメモ用紙をひらひらと泳がし、セイルさんは弾んだ声で言い返した。
た、確かに。セイルさんに悪い、というのが主な理由なので私は反論できなかった。
私が何も返さないことに了解を得たと思ったのか、セイルさんはメモ用紙を机の引き出しに入れて「さあ、飯にするか!」と話題を切り替えた。
……まあ、セイルさんが自分から作る分にはいいのかもしれない。
私はそう結論付けて、作業部屋を後にしたセイルさんについていった。




