37.父との再会
駄々を捏ねていたセルフィが落ち着いてから、私は今の彼女の現状を訊ねた。
「家を追い出されたのなら、セルフィは今どこに住んでるの? 本当のお父さんの家?」
「本当のお父さんの家は私を養えるほど裕福じゃないから出ていったのよ。それで近所の知り合いのお兄ちゃんのとこに泊まろうとしたら襲われかけたから、今日は行くところないの」
「え!? どうしてそんな知らない人の家に泊まろうとしたの!?」
「……他人のこと言えるの?」
セルフィが反論の目を向けてくる。
私は……セイルさんだったから……、なんて結果論なので確かに妹の言う通りだ。
ぐうの音も出ず口を噤む。
今日は行くところはない、か……。そしてセルフィはまだ十五歳……。
このまま放っておけば誘拐とか悪い大人に騙されるかもしれない。
妹に馬鹿にされ腹が立つこともあったが、頼れるところがないと言われるとこのまま無視するには良心が痛む。
それに――ミラさんの言う通り死んでほしいと願うほど私はセルフィを恨みきれてない。
心に余裕があるせいか少し痛い目みないかな、という程度だった。
そしてそれが今セルフィの身に起こっているのなら、これ以上を求める必要はない。
「――分かった。私からお父さんを説得してみる」
「本当!?」
「うん。でもあんまり期待しないでね。お父さん私のことに関心ないと思うし……」
「そこは必死に頑張ってよ!」
「……言っておくけど、セルフィもちゃんとしおらしくお父さんに頼み込むのよ?」
私だけが頭を下げると勘違いしているセルフィに釘を刺す。
もしも赦しが貰えたとしても、今後は彼女の言動一つで父の気が変わるかもしれないのだ。
「赦してもらえたら、お父さんの言う事ちゃんと聞くのよ? 私はもう助けないからね?」
「分かった分かった!」
機嫌良さそうに頷くが、正直不安でならない。
とはいえ、今回限りと言ったので次何かあったとしても容赦なく断るつもりだ。
セルフィの甘えを二度許してしまえば、彼女はずっとこのままだろう。
私はセイルさんに顔を向けて頭を下げる。
「すみませんがセイルさん。私とセルフィを家まで送ってもらえませんか?」
「……まあ、アンナがそれで良いなら良いが……」
セイルさんの表情は難色を示していたが、渋々といった様子で受け入れてくれた。
いつも無理なことを頼んでしまって申し訳ない。
家から少し離れた路地に降り立つと、セイルさんは私に耳打ちをした。
「俺の姿を見られると次偵察するとき面倒だからここで待ってるな」
「はい。わかりました」
私は頷き返事をすると、セルフィと二人で家へと向かう。
家の前に着くと外観を見て、懐かしい気持ちに包まれたが帰りたいとは思わなかった。
罵られて下ばかり向いていた日々が蘇り、外は明るいのにどうしてか、瞳に映る家は薄暗くくすんで見えてしまう。
以前と違っていることと言えば家の前にがたいのいい男性が立っていることだ。警備員だろうか。
家に入りたくないな、との思いに駆られる私を置いて、セルフィが率先して警備員に近寄り話しかける。
「ねぇ、お父さんに私が来たって伝えてよ!」
「何度来たとしても無理です。旦那様から元奥様とその子供が訪ねてきたら追い返すように指示されていますので。お引き取りください」
「ほんとそればっかり! いいからお父さんに伝えてよ! 話したいことがあるって!」
「致しかねます。貴女方があまりにもしつこいので旦那様から追加で指示があり、目に余るようでしたら実力行使の許可が降りました。それが嫌なら大人しく引き下がってください」
「ならお姉ちゃんが生きてたって伝えてよ! お父さん捜索願いまで出して探してたんだから、びっくりすると思うわ!」
その言葉で警備員は私の存在に気づく。
私の赤髪が父譲りの色であることから恐らく報告しなければならないという考えに変わったのか待つように言われ、警備員は家の中へと入っていった。
暫くして、警備員が無表情の父と三十代くらいの綺麗な女性を連れて戻ってきた。簡素な服を着ているため雇ったお手伝いの人かもしれない。
父は私とセルフィを一瞥するとため息を吐き「だから違うと言っただろう」と鬱陶しく吐き捨てると踵を返して家の中へと戻ろうとした。
え……。
私が戸惑っていれば、隣にいた女性が父の腕の袖を引っ張り引き留める。
「旦那様、もしかしてセルフィ様の隣にいる女性が行方知れずとなった長女のアンナ様ではないでしょうか? 旦那様の面差しを感じますよ」
女性が告げれば、父は振り返り私を見て嘲笑うように鼻を鳴らした。
「まさか。アンナであるはずがない。アンナは数ヶ月前に死んだんだ。もしもその名を語る者がいるなら――金目当ての詐欺師だろう」
……お父さんの中で私は死んだことになっているらしい。
少し胸が痛むと同時に目の前にいるのに死んだと断言できる底意地の悪さに軽蔑を覚えた。
とはいえ、今日の目的はセルフィを保護して貰えるように頼むことだ。
複雑な思いが渦巻いたが、ぐっと呑み込み私はセルフィを娘として育てていた父の情に訴える。
「私が貴方の娘じゃなかったとしても、セルフィは違いますよね!? どうかセルフィだけでも家においてあげてもらえませんか!? セルフィはまだ十五歳なんですよ!?」
「アンナが亡き今、私に子供はいない」
冷たくそう吐き捨てると父は身を翻し、家の中へと去っていった。
……え? お父さんってこんなに冷たかったっけ?
呆気にとられていれば隣に控えていた女性が父の後ろ姿を見送った後、表情を曇らせながらセルフィに顔を向ける。
「セルフィ様、私もなんとかお嬢様だけは、と思って説得はしているのですが……あのように旦那様は相当ご立腹なので、ほとぼりが冷めてからお訪ねなさってくださいね」
「――うん。ありがとうジーナ」
そんなやり取りをしてから、ジーナというお手伝いさんは家の中へと入っていった。
私はセルフィに声を掛ける。
「彼女が新しく雇ったお手伝いさんなのね」
「ええ。そうよ! 夜のお話いっぱい知ってて本当のお姉ちゃんみたいなんだから!」
「そうなのね……」
妹の言い方はお手伝いさんに懐いているようだが、そもそもお父さんがお母さんの不貞を疑い出したのは彼女が原因なのでは?
妹がお手伝いさんを尊敬してるのは盲目的に思えたが、私が悪く言えばセルフィが言い返してきそうなので黙っておく。
「門前払いされちゃった以上、諦めるしかないとして……セルフィはどうするの? 本当のお父さんの家に行くの?」
「本当のお父さんのところにはいかないわ。私が本当のお父さんに懐いてると思われちゃうじゃない」
「それもそうね……」
「もう! お姉ちゃんなんだからしっかりしてよ! 頼りにならないなぁ」
こういう俗物的な話の対応は妹のほうが詳しいようだ。
父の説得に関しては正直なところ少し期待もしていたが、再び失意を味わう結果に終わってしまうとは……。
家の中で下の立場だった私が関わったところで丸く収まるなんてことはなかったということか。
父とジーナという女性がいなくなった途端に警備員が追い払ってくるので取り敢えず私たちはセイルさんのところに戻った。
「……駄目だったようだな」
セイルさんはセルフィを連れて戻ってきたことで察したらしい。
私は力なく頷いた。
セイルさんがセルフィに顔を向ける
「で、どうする気なんだ?」
「取り敢えずジーナが待って欲しいって言ってたから、それまで待つつもり」
「どこでだ?」
「……」
セルフィは下を向いて黙り込む。
それを目にしたセイルさんはやれやれと息を吐いた。
「なら暫く俺の家に住むか? アンナもいるし安心だろ?」
「……変なことしない?」
「お前みたいなクソガキに興味はねぇよ」
セルフィが身を抱きしめながらジト目を向ければ、セイルさんが心底嫌そうに言い返す。
睨み合っている二人を見て、私はセイルさんが無理をしてないかを確認する。
「いいんですか?」
「行くところがないなら仕方ないしな。それに、こいつは自分の中で物事の全てがまかり通ると思ってる節があるから、野放しにしとくのも危険だからな」
友人の知り合いから襲われかけたと言っていたし、確かに心配だ。
私は改めて自分からセイルさんに妹のことをお願いするために頭を下げる。
「セイルさんすみません。ご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」
「ああ。こいつの甘ったれた性根を叩き直してやるよ」
セイルさんはにやりと笑う。
ただ保護するわけではないらしい。とはいえ、その提案は有り難くもあった。
セイルさんは妹を唯一黙らせた相手なので、もしかしたら彼女の性格の改善になるかもしれない。
……私、セイルさんに頼りっぱなしだなぁ……。
情けなく感じて、これじゃあ駄目だと頭を振る。
セルフィを甘やかした責任は私にもあるのだから、これからは厳しく接しよう!
私は心を入れ替えて、意気込んだ。
私の言うことなんて聞いてくれないかもしれないが、一緒に住む間に少しずつでもセルフィの性格を改善させなくては……!




