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29.謝罪の魔女



女性の夢を見た後、一度目が覚めたが再び眠ることが出来ずにそのまま朝を迎えてしまった。

セイルさんと顔を合わせても夢のことは話せない。

正直、女性と交わした会話が真実なのかどうかさえ未だに半信半疑だ。


夢から覚める、という行為が夢現にさせてしまっているのかもしれない。

とはいえ、やけに現実と繋がってしまっている内容を加味すれば、夢だとは言い切れないのが悩ましいところだ。

自分だけしか知らない秘密を抱え込まなければならない現状に、私はため息をついた。




マユケの朝ごはんを用意して外に出れば、彼は嬉しそうにこちらに駆けてくる。

ガツガツと食いついているマユケの姿を私はしゃがんで眺めながら小さく呟いた。


「私、本当にマユケになっちゃうのかな……」


マユケは気にすることなく夢中でご飯を食べ続けている。

思ったより長いのだと感じたマユケの寿命に夢の中の女性が関係しているのなら、彼は既に魔法使いなのかもしれない。


あれだけ夢の中の女性に脅されたが、やっぱり私は魔女になりたいとは思えずにいた。

魔女になっても特にやりたいことは思いつかないし、セイルさんもそれを望んでいない。

魔女にならなくてもセイルさんと一緒にいることはできる。

だけど――ずっとはいられない。


私が死んだらセイルさんは悲しむのかな……?

長い間たくさんの別れを経験しているのなら、私もその一人として受け入れてしまうような気がする。

だって、セイルさんの長い人生の中で私の存在は良くて一日くらいの思い出だろう。

彼女は私を買いかぶりすぎだ。


『セイルと同じ時を生きてくれさえすればいい』


ふと女性の言っていた言葉を思い出す。

多分それが彼女の本音なのだろう。



昼食後、皿洗いをしていれば徐々に頭がボーッとしてきて夢の中の女性について物思いに耽り始めれば、手に持っていた皿が手から滑り、流しの台に大きな音を立てて落ちた。

どきりと胸が跳ねて慌てて皿を拾い上げれば再びつるりと滑り肝が冷える。

隣で皿を拭いていたセイルさんが息をついた。


「……眠れてないんじゃないのか?」

「え?」

「朝から空のバケツ持って何をしようとしてたか忘れる。まだ洗ってない服を干しそうになる。今も皿を落としそうになった……流石に見てて心配になる」

「あ……はい。少し寝不足でして……」


嘘を付くと訝しまれる可能性があるので、私は正直に頷いた。

セイルさんは気遣う笑みを浮かべる。


「やっぱりな。無理しないで、ここは俺に任せて部屋で休んでろ」

「……すみません。お言葉に甘えますね」


セイルさんの好意を私は素直に受け入れた。迷惑をかける前に少し休んでおこう。

手を拭いて部屋に戻ろうとすれば、玄関の戸をノックする音が聞こえて、私は何も考えずに玄関に向かった。

返事をしながら戸を開ければ、薄いヴェールで覆われた露出の高い服を着た褐色肌の黒髪の成人女性が地面に蹲っていた。

一瞬呆気にとられるも、気を取り戻した私は女性に慌てて駆け寄った。


「ど、どうしたんですか!? 体調が悪いんですか!?」

「違うわ! これは東国の最大級の謝罪の形、ドゲザというものよ!」


女性は姿勢を崩さないまま顔を上げずに鋭く返事を返す。その声音で体調が悪いわけではないと分かるが、そうなるとなぜ彼女が謝罪の形をとってるのかが不明だ。

当然私に心当たりはない。

ここに来ることが出来るということは彼女が魔女なのは明らかなので、セイルさんに向けてだとは思うが――。


「アーティカ」


セイルさんの呟く声が耳に届いて、私は振り返るとぎくりとした。

女性を見下ろすセイルさんの表情は明確に嫌悪感を示している。

私は体を退けて、二人の間から距離をとった。

セイルさんは女性に冷たい視線を向けながら口を開く。


「何しにここに来た?」

「長年の遺恨に謝罪をしに来たのよ……!」


発した声は僅かに震えているが、顔を上げた女性の表情は意を決するように真剣味を帯びていた。

ただならない二人の様子に私は固唾を呑んで見守ることしかできない。


「謝罪……? いくら謝られようが俺はお前を赦す気はないと言ったはずだ」

「そんな……。あれから五百年も経っているのよ……? そろそろ赦してくれても……ヒィッ!」


セイルさんに睨まれた女性は小さく悲鳴を上げると瞬時に立ち上がり、そそくさと私の後ろに隠れた。

突如板挟みにされた私は驚いて女性を見ようとするが両肩をがっしりと掴まれて体が動かない。


「マージから聞いたわ! 彼女が出来たらしいじゃない! おめでたい事だわ! そんな喜ばしいことが起きたというのに、いつまでも過去の過ちを赦せずにいるのは水を差すことになりかねないと思うの!」


女性は私を壁にして、震える声を高らかにセイルさんに言葉を投げかけるが、その話題はとてもよろしくない。

予想通り、みるみるうちにセイルさんの眉間に皺が深く刻まれていっている。

強制的に対面している私は自分に向けられていないと分かっていても、その強面にビビり散らかす。

女性も火に油を注いだことに気づいたのか、私の肩を握る手がぶるぶると震えだしている。


「え……? なによ……? まさか振られちゃったの……? 嘘でしょう……?」

「ち、違うんです! そもそもセイルさんに恋人がいるというのは間違った情報なんです!」


女性の配慮のない発言に私は慌てて声を潜めて早口で訂正する。

この状況でどうして逆撫でするような言葉を選んでしまうんだろう……?


私の説明で女性は「マージのガセだったってこと!?」と驚きの声を上げた。

彼女の声が大きく耳に響きキンとした。とりあえず誤解は解けたらしい。

苦笑いを浮かべれば、視界の隅に眩しい光が差し込んだ。


見ればセイルさんの手が光って――火の玉のようなものが渦巻き始める。

ぎょっとしてセイルさんの顔を見れば、彼の鋭い眼光は女性を捉えている。


「アーティカ……用は済んだな?」

「待って待って! 私は貴方と戦う気なんてないのよー!」


女性は焦りと泣き出しそうな悲鳴声をあげながらセイルさんに訴えて、私の肩を握る手に力が入る。

こ、この場合私はどうすればいいんだろう!?

あたふたと辺りを見回すが、当然助けになりそうなものはない。

セイルさんが一歩足を踏み出せば、私と女性に緊張が走り肩が跳ね上がる。


「その辺にしときなセイル!」


第三者の声が背後から聞こえた。聞き慣れた声はマージさんのもので、瞬間私の両肩が軽くなる。

振り返れば黒髪の女性は逃げるようにマージさんの後ろに隠れていた。

セイルさんは火の玉のような物を手から消すと腕を組んで鼻を鳴らし不機嫌そうに顔を横にそらした。

黒髪の女性はそれを見てホッとして息を吐くと、矛先をマージさんに向けた。


「マージ! 貴女、私に嘘を教えたわね……!?」

「遠からず近からずだったんだけどねぇ」

「折角和解するチャンスが藻屑と消えたじゃないー! どうしてくれるのよー!?」


黒髪の女性は子供のように喚きながら、マージさんをポカポカと叩き始める。マージさんは笑いながら受け流している。

一気に気の抜けたやり取りに、セイルさんの鋭い声が場を鎮める。


「マージ、お前がアーティカを寄越したんだろ? いったい何のつもりだ?」

「何って、そろそろ長年の遺恨を断ち切ってもいい頃合いだと思ってね。――昔言っただろう? 目の前の人間を赦せずにいれば、あんたの中で争いの火種は消えなくなるって」

「……それとこれとは関係ないだろ」


セイルさんは取り合う気がないように吐き捨てた。マージさんは呆れ笑いをしながらやれやれと肩をすくめると私を見た。


「巻き込んじまって悪かったねぇ」

「あ……いえ。私には何のことか、わけが分からず……」


唯一分かることと言えば、セイルさんの怒り方がロンシェンさんの時と酷似していることだけだ。

あの時も尋常ではないほど憤っていたけど、今回の件と何か関係があるのだろうか。


「お詫びと言ってはなんだけど、これからシーラのとこでお茶会をするから、アンナも来るかい?」

「え?」

「セイルも! アーティカの話だけでも聞いてあげな!」


私が返事をするより前に、マージさんがセイルさんに向かって叫ぶ。

セイルさんは気に食わなそうにマージさんを一瞥したが、異論を唱えなかった。

再びマージさんが私に顔を向ける。

どうする?と表情で訊いてくる。


「セイルさんが行くなら……私も行きます」


アーティカさんとセイルさんの因縁がどういったものなのか、気になってはいた。

だけどセイルさんに興味本位とも思われたくなくて私の中で保身が働いたけど、マージさんのおかげで自然な流れで参加をすることができた。

多分、マージさんが意図的に仕向けているのだろう。


「よし。決まりだね。それじゃあアンナは私が連れて行くから、セイルは自分でシーラのとこに来るんだよ」


マージさんの呼びかけにセイルさんは返事をしなかった。

見れば顔を横に背け続けている。

本当に来るんだろうか……?

私の不安を余所に、マージさんは私の手を掴んだ。セイルさんを捉えていた視界は否応なしに暗転した。






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