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28.失うもの


久しぶりの白い空間の夢。

最初の時とは違い、白銀の髪色の女性が既に視線の先に立っている。

彼女は相変わらず純情そうな微笑み口元にたたえていて、私と目が合うと口を開いた。


「ルーカスに会ったのね」


安らぎを与える口調で彼女は言い切った。

私は困惑をかき消すことが出来ずに、恐る恐る問いかける。


「貴女は……私なんですか?」

「いいえ。違うわ」

「それなら……マージさん達と同じ魔女ですか?」

「ええ。そうよ」


すんなりと返答される。

私の疑問は尽きることなく、次々と出てきてしまう。


「ここは夢の中じゃないってことですか?」

「いいえ。貴女の夢で合っているわ。お邪魔させてもらっているの」

「私を魔女にするために、ですか……?」

「ええ。そうね。貴女を説得しにきているのよ」


彼女は私の疑問に対して嫌な顔一つせずに微笑んだまま応えてくれる。

見た目は悪い人ではなさそうなのに、どうしてなのか。

私とは何かが違う、相容れない隔たりみたいなものを感じてしまう。


背中あたりに浮遊感のような、むずむずした感覚が付き纏って、何故か彼女から距離を置かなければならない気がしてきた。

私は息を呑み一歩後ずさってみるが、彼女はその場でただただ微笑んでいる。

警戒心を解くことなく、私は訊ねた。


「……ルーカスさんと会ったことを知っているみたいでしたが、ルーカスさんとはお知り合いなんですか?」

「ええ。知っているわ。私がルーカスを魔法使いにしてあげたのよ」

「……え?」


私は瞬きをした。

ルーカスさんが元から魔法使いなのか、それとも元は人なのかは聞いてなかったが、目の前の女性が関係しているなんて予想外だ。

呆気にとられる私に、女性は片手を胸に当てながら語りだす。


「あの子は特別な何者かになりたかった。それは例えば物語の英雄のような存在に、ね。――ふふ。若気の至りね。

私はその望みを叶えるのと引き換えに、彼にセイルの友達になるよう条件を出したのよ」

「どうしてそんなことを……?」

「ルーカスはセイルの亡くなった友人に顔が似ていたの。だからセイルが喜んでくれると思ったのよ。そして予想通りセイルは喜んでくれた」

「――っ」


私は絶句した。

セイルさんの友人に似ていたから、ルーカスさんをセイルさんの友人に宛てがったってこと?

にわかには信じがたい告白に、私は戸惑った。


ルーカスさんは悪い人ではない。

私に自信がつくように色々とアドバイスをしてくれた優しい人だ。

だけど、そんな言い方をされてしまうと嫌な捉え方に意識が向いてしまいそうになる。


――ううん。彼女の意向だったとしても、セイルさんとルーカスさんは自然に友達になってたはずだ。

恩人に対して酷い感情を抱きそうになった自分を叱咤してから、彼女の言い分を諭した。


「そんなことをしても……その人の代わりにはなりませんよ。その人はその人で、ルーカスさんはルーカスさんです。別の人間なんです」

「ええ。知っているわ。いくら似ている人を探しても、人は代えることは出来ないわ。成長と経験を積み重ねて人格形成された、かけがえの無い唯一無二の存在だものね」


私の反論に、女性は穏やかに頷いて私に寄り添う姿勢を見せた。

……なんだろう。彼女が言っていることは正しいことなのに、言葉の意味が薄っぺらく感じてしまう。

彼女の態度がそう思わせるのか分からないが、張り合いがなく空気を押しているような気分だ。


だけど理解しているというのならこれ以上言葉を重ねる必要もなく、私は口を噤む。

沈黙が流れて、微笑んでいる彼女の目から逃げるように、視線を横にそらす。

……セイルさんはこれを知ったらどう思うんだろう……。


「セイルに言っちゃうの? ――いいえ。貴女は言えないわ。だって、貴女はルーカスの悩みを知ってしまったのだから」

「……」


胸を突くような指摘に私は唇を噛み締める。

彼女の話を聞いたときから、セイルさんに伝える気はなかった。

何故ならルーカスさんの悩みも同時に察してしまったから。


魔法使いになるためにセイルさんに近づいた後ろめたさがあるから、顔を合わせにくかったのだろう。

近づいて気を許す間柄になればなるほど罪悪化感に苛まれ、徐々に心が削れていき、もどかしさに囚われる。

ルーカスさんが言っていた私がいたから会おうと思ったのは、理由があれば、私を挟めば接しやすくなるとの思いからだったのかもしれない。


「……苦しんでいるでしょうね、ルーカスさん……」

「ええ。そうね。だけどルーカスがそんな悩みを抱えていたとしても関係ないわ。もう彼は魔法使いになったのだもの。セイルと同じ時を生きてくれさえすればいいわ」

「だけど、友人になって欲しかったんじゃないんですか? 仲良くして欲しいから魔法使いにしたんでしょう?」

「死なないでいてくれたら、それでいいわ」


女性は微笑みながら言い切った。

……彼女の言っている意味がわからない。

私が返す言葉に迷っていれば、彼女は後手を組みながら追想するように目を細めた。


「可哀想なセイル。争うことに楽しみを見出すこともできずに、ただただ失うだけだと分かっていても争いの中に身を投じ続けて行って――延々と失い続けていたわ」

「で、でも争いは終わりました。もう失う事もありません」

「そうね。その通りだわ。だけど、人が死んでしまうことは何一つ変わっていないわ」


その言葉を耳にして私は息が詰まった。

彼女はずっと微笑みを崩さない。


「セイルが戦いの果てに辿り着いた先は、人間不信になっていた自分への幻滅だった。私はそれが彼と出会った時に分かっていたのよ。だから、彼の行く末を案じ続けているの」


前にマージさんに聞いた話を思い出す。

争いがない世界を目指していたのに、真の平和を前にして佇んでいたと言っていて……。

彼女の言っていることと少しだけ違うことに気づき私は訝しむ。


「――人間不信?」

「ええ。そうよ。最後の争いは二つの大陸同士の戦いだったのだけれど、セイルの功績が甲をなして世話になった国々が争いの火種を消そうと和平の声を上げていった結果、同盟という形で終止符を打ったわ。

自分が築き上げた成果だというのに、セイルは疑ってしまったの。また争いは起きる、って。だけど結果は知っての通り。争いに身を置き続けた結果、人を信用することが出来なくなっていたのよ。人はセイルのおかげで突き動かされたというのにね」

「……」

「彼が人里から離れて暮らしているのもそういった理由があるからよ。争いがなくなってから、約二百年。セイルが人とこれほどまでに関わりを持ったのは貴女が初めてなのよ」


ここ数ヶ月一緒に暮らしてみて、確かにセイルさんは最低限でしか人と関わりを持っていない。

人間不信、かは分からないけど人間関係の希薄さにそういう経験が影響しているのなら切ない気持ちを抱いてしまう。


……彼女はとてもセイルさんに詳しい。

前にセイルさんに彼女のことを訊ねたときは、身に覚えがないような様子だったが、やっぱり出会っているのかもしれない。


「セイルさんは貴女のことを知らないって言ってましたけど、会ったことがあるんですか?」

「この姿では会ってないわ。ありふれた兵士の姿をしていたから、きっと記憶にも残ってないでしょうね」


魔法で姿を変えられるのなら、彼女のことをセイルさんが知らないのも頷ける。


「あの……お名前はなんて言うんですか?」

「ふふ。内緒よ。名前を言ったらセイルに気づかれるわ」


初めて彼女は拒否した。

セイルさんに気づかれたくないんだ……。

彼女とセイルさんの関係は彼女の一方通行だと思ったが、よく分からなくなってしまった。


「セイルさんのことを愛しているなら、貴女が一緒にいるのは駄目なんですか?」

「ええ。駄目よ。だって私、セイルに嫌われているもの」

「嫌われている……?」

「ええ。そうよ」


彼女は地面から足を離すとふわりと浮いて、私の目の前に近づいた。

伸ばされた手が私の片頬に添えられて、顔を覗き込まれる。

目が合った彼女の紅い瞳は穏やかで澄んでいるのに、何を考えているのか読めない。


「貴女は?」

「私?」

「そうよ。貴女は――セイルの大切な人を冷たい土の中に埋めさせてしまうような、悲しい思いをさせてしまうのかしら?」


背筋が凍りつく。

どくどくと心臓の音が大きくなって、突き付けられた言葉の重みが私にのしかかる。

呆然と立ち尽くす私の頬を彼女の手がゆっくり撫でて、離れた。

彼女は嬉しそうに微笑んでいる。


「いい反応ね。今日はここまでにしておこうかしら」


彼女は元いた位置まで浮いて戻ると、地面に降り立った。

そのまま背を向けて歩き始めようとした足を止めて、振り向いた。


「――そうそう。可愛い犬でしょう?」

「え?」

「私が贈ったのよ。目の上の模様、可愛いでしょう?」


マユケのことだ――。

私は気づいた真実に呼吸が上手くできずにいれば、彼女はにこりと笑いかけると正面を向いて白い空間の奥へと歩んでいき、消えていった。






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