20.迷惑じゃない
マージさんに頼まれていた服が最終段階に入ったので、セイルさんに便りを頼めば、次の日には来れると連絡が返ってきた。
そして翌日の午後、玄関の扉が勢いよく開いた。
「セイル、アンナ! 久しぶりだねぇ!」
「お久しぶりです、マージさん!」
両手を広げながら部屋の中に入ってきたマージさんは、私に歩み寄るとそのまま抱きしめてくれた。
少し照れるが私もそっと抱きしめ返せば、ぎゅうぎゅうと苦しくなるくらい力が込められる。
彼女の嬉しいという気持ちが伝わってくるようで、胸が温かくなる。
マージさんの気が済んで解放されると、彼女はセイルさんの方を向いた。
セイルさんはマージさんが来たというのに、閉眼し、腕を組んでソファに座り続けている。
気にせずマージさんが近寄ろうとすれば、セイルさんが口を開いた。
「……おい、マージ」
「なんだい?」
マージさんは足を止めて首を傾げる。
セイルさんはゆっくり開眼すると、拳をマージさんに突き出して小指を突き立てた。
「これの件で、言いたいことがある」
唐突な話題に私は静かに慄く。
そういえばセイルさんは小指の意味を知った後、私に対して特に何も言うことはなかった。
てっきり、ロンシェンさんの件で忘れたものかと思っていたけど、しっかり覚えていたんだ……。
何を言うつもりなんだろう?
内心冷静ではいられずハラハラしていれば、セイルさんは立ち上がりマージさんに詰め寄った。
「どれだけ適当なこと言いふらせば気が済むんだよ! 行く先々で小指見せられるこっちの身にもなってみろ!」
「……へぇ。あんたが他の奴らのところに出向くなんて珍しいじゃないか」
「用があって偶々だよ。……まさか、他の連中にも言ってんじゃないだろうな!?」
「そんなの、言ってるに決まってるじゃないか。こんなに楽しいことはないからねぇ」
「こっ……! このババァ!」
「なんだい? 迷惑なのかい?」
そんなの、当たり前じゃないですか。
ーーなんて。心の中でしか言ってあげられない。
迷惑だってことは分かっていたけど、目の前で本人の口から聞かされるのはちょっとだけ落ち込むな……。
段々と視界が下がって床しか見えなくなる。
駄目だなぁ……もっと強くならなきゃ……。
セイルさんのため息が耳をつく。
「俺じゃなくてなぁ、アンナが迷惑するだろ」
……え? 私?
まさかの登場に虚をつかれて顔を上げる。
も、もしかして、セイルさんがマージさんに苦言している理由って……私のことを気遣っているからってこと?
だとしたら、喧嘩の原因は私ということになる。
微塵も迷惑をしていない私にとって、それは不本意な言い争いなので、しっかり自分の意見を伝えなければない。
私は意を決して口を開いた。
「あの! わ、私は迷惑じゃありませんよ……! 寧ろ、セイルさんのほうが迷惑なんじゃないかと……」
「え? 俺は迷惑じゃないぞ?」
さらりと即答され、一気に体の熱が上昇する。
深い意味なんてきっとないと思いはするけど、そう簡単に返されては勘違いしてしまいそうになる。
私は動揺していることがバレないように、笑顔を作り必死に言葉を紡ぐ。
「そ、そうですかっ! それなら良かったです!」
「あ、ああ……そうだな」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
私は照れを隠すために両手を下で組んで擦り、セイルさんをちらりと窺う。
彼は怒る意味がなくなって居た堪れないのか、気まずそうに視線を逸らし片手で首を撫でている。
この空気をどうしようかと悩んでいれば、マージさんが私とセイルさんを交互に見て、小指を突き立てると楽しそうに笑った。
「なんだい。やっぱりこれでいいじゃないか!」
「黙れババァ! なんか妙な雰囲気になったじゃねぇか!」
「と、とりあえずお茶でも飲んで落ち着きましょうか!」
私は逃げるようにキッチンに走るとヤカンに水を淹れて火にかけた。
ティーポットに乾燥させたカモミールを入れて、沸いたお湯を注いで少し蒸らす。
ティーカップにカモミールティーを淹れると乾燥レモンを浮かし、トレイに載せてテーブル席に着いている二人のもとへと運んだ。
「熱いので気をつけて飲んでくださいね」
「すまないねぇ。――お、カモミールティーかい? 短気なセイルにピッタリじゃないか!」
「そういう意味で選んだわけではないですよ……!」
カモミールティーにはリラックス効果があるので、マージさんはそれを示唆している。
一応訂正はしておかないと。
セイルさんの様子を窺えば、諦めたように頬杖をついてマージさんから顔をそらしている。
私はティーカップを置き終わると、キッチンに戻り焼いていたカップケーキを皿に載せて再び二人の元へと運ぶ。
並べ終わると私も席に腰掛けた。
マージさんはお茶を一口飲んでから、前のめり気味になって私に問いかける。
「で、誰のところに言ったんだい?」
「シーラさんとロンシェンさんに会いしました」
「二人とも変わってるだろう? 意地悪されなかったかい?」
「いえ。お二人とも良い人で、とても良くしてくれました。ただ……セイルさんはロンシェンさんに疲れていたようですけど……」
「ああ! ロンシェンは単純なセイルを気に入っているんだよ! 先の争いではロンシェンが魔法を使わない、人同士の争いの協定を持ちかけたら、何も考えず受け入れた奴だからねぇ! そんなの知略勝負になるのは目に見えてるのにねぇ! 馬鹿だねぇ!」
「うるせぇよ。勝手に気に入られて、ありがた迷惑だ」
大笑いするマージさんに、セイルさんはぼやいた。
そういえば、ロンシェンさんがセイルさんを心配していたっけ。
でもこんなことを言ったとしても、セイルさんにとってはありがた迷惑なのだろうけど。
それにしてもロンシェンさん、セイルさんのことを気に入っているのならもう少しセイルさんに優しくしてあげればいいのに。
私はそう思いながら苦笑いを浮かべた。
それからお茶を嗜んでから、マージさんと作業部屋に行き、作った洋服をマージさんに見てもらった。
ワンショルダーのマーメイドワンピースに、ギャザーを入れたソフトチュールを肩からウェストラインにかけて波のように重ねた。
下まで作りすぎると甘くなりすぎるので、スカートの部分は大人の美しさが出やすいサテンの生地を主役にスリットをいれてシンプルに仕上げた。
調整したいので一度マージさんに着用してもらう。
後ろのファスナーを上げていれば、マージさんは長い髪を腕で押さえながら私に声を掛ける。
「なんだか手間を掛けさせたねぇ」
「いえ。作っててとても楽しかったので全く。でも、初めて作ったので気に入ってもらえるか心配です」
「どれどれ……お。いいじゃないか!」
姿見の前に立ったマージさんは、明るい声を上げた。
私は顎に手を当てて洋服を眺める。
胸が大きいので重ねているソフトチュールの広がりが膨らんでいるように見える。
私はマージさんの前に回り、ギャザーの調整を行う。
それをマージさんはじっとしながら待っている。
「これならパーティーで良い男を捕まえられそうだねぇ」
上から降ってきた言葉に私は手を止めて顔を上げる。
「え? でもキスできないんですよね? ……あ。でも、マージさんは違うのか……」
「ん? なんだい? もしかして誰からかキスについて聞いたのかい?」
「えっと、ロンシェンさんから」
「へぇ。どうしてそんな話になったか気になるけど……私もセイル以外で魔法を与えるつもりはないよ」
マージさんも二人と同じ考えなんだ。
だとしたら、良い男を捕まえても恋人には出来ないんじゃないかな?
深入りしていいのか分からず、悶々としていればマージさんがクスリと笑う。
「アンナ、キスなんて出来なくても楽しみ方なんて色々あるんだよ?」
「え?」
「いい機会だから色々と教えてあげようか? もしかしたら――使うときが来るかもしれないだろう?」
「え!?」
マージさんが艶っぽく耳に囁いてくる。
え!? な、なんだか大人の色気を感じてしまう!?
しかも使う時って……だ、誰に!?
体の熱が顔に一気に集まり、マージさんの視線に耐えきれなくなった私は目をぎゅっと瞑った。
「い、今は大丈夫ですっ!」
「おやおや。それは残念だねぇ」
愉快げに笑うマージさんに反応しないように、私は服の調整に励んだ。




