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閑話.アンナがいなくなった家 1

恐らくサブ話になる?かも?



アンナの暮らしていた場所は、都会から一つ離れた地方の大きな街だった。


何でも揃っている都会ほど綺羅びやかではないが、流行の波がひと月ほどで広まるくらいには繁栄していた。


アンナの家は父方の遺産を受け継いでおり、使用人を雇うほど裕福ではなかったが、日々の生活に困るほど困窮もしていなかった。


妹のセルフィは容姿の良さが人を惹きつけるのか、自然と性格の明るいやんちゃな性格の男女友達が周りに集まった。


幼い割に皆自信に溢れており、色々なことを知っていて、大人にも反抗できる頼りになる人たちだ。


彼らの知っている遊びはとても刺激的で、怖いと恐れられている強面の男の家に、友達が火をつけてボヤ騒ぎを起こし、知られる前に皆で逃げ切れた時は緊迫からの安堵が快楽に変わり、脳酔わせてくれた。


ある日、セルフィが女友達と歩いていると買い物かごを持っているアンナが視界に入った。

距離があるため彼女はセルフィに気づいていないようだ。


「あ、お姉ちゃんだ」


セルフィが声を上げると、隣を歩いていた女友達がセルフィの視線の先を追う。


「……え? あれがお姉ちゃんなの? 全然似てないね」


意外そうに吐かれた言葉は嘲笑いを含んでいて、セルフィの胸は焦りでどきりと跳ねた。

友達の馬鹿にするような物言いが、両親が姉を蔑んでいる時のものと酷似していたからだ。


セルフィは自身にそれを向けられたと勘違いし、仲間はずれにされないように必死で口を動かした。


「そうなのっ! お姉ちゃんって本当にブスで嫌になっちゃうの!」

「やっぱり? セルフィもそう思ってるんだ。可哀想〜」


それから時間を置くことなく、その女友達経由で他の友達にもセルフィの姉がブスだという噂が広まった。


初めて友達の前で恥をかいたセルフィは、家に帰るとフツフツと怒りが込み上がってきた。


「(お姉ちゃんのせいで恥かいた……!)」


彼女は顔を真っ赤にさせてアンナの部屋へと乗り込んだ。


「お姉ちゃん! どうして街を歩いたりしたの!?」

「せ、セルフィ? な、なに? どうしたの?」


急に怒鳴り込まれたアンナは当然のように困惑するが、今のセルフィにとってはそれすら癇に触り自分の感情ばかりが先立つ。


「どうして街を歩いてたの!?」

「き、今日は買い物にしか出てないけど……」

「どうして買い物になんて行ったりしたのよ!」

「それは……お母さんに頼まれて……」

「どうして頼まれたのよ!」


会話にならず、アンナがオロオロしていれば母が何事かと騒ぎを聞いて駆けつける。

すると母を見たセルフィの顔が悲しげに歪められて、そのまま膝から崩れ落ちると床に蹲り号泣し始めた。


そしてアンナが困惑している姿を見た母は、彼女が何かを言ってセルフィが泣いたからそんな顔をしているのだと解釈した。


「アンナ! 妹を泣かせるなんて、どうしてそんな酷いことをするのよ!?」

「お母さん! ち、違うの――」

「私の言っていることが間違っているって言いたいの!?」


ヒステリックに言い返されたアンナは、それ以上何も言えなくなり、黙って母の叱りを身に受けた。


縮こまっている姉を見たセルフィは、両親と友達が言っていることは、正しいものだと確信した。

だって姉は反省しているのだから。


それからセルフィも姉への態度を彼らに倣って振る舞っていこうと心に決めた。


姉が自分より下の立場だからか、ぞんざいな態度をとるのは優越感が胸を高揚させてくれて、気持ちが良かった。


アンナが可愛い髪留めを持っていれば、不相応とセルフィは奪っていた。

姉の私物は友人からの評判が良かった。


得意になったセルフィは味を占めて、アンナの買ったものを欲しがるようになったが、段々とアンナが地味な色の物しか選ばなくなった。


セルフィから見ても、それを身に着けても友人からはチヤホヤされないと理解できたので次第にアンナの私物に興味はなくなった。


セルフィはよく男友達から物をもらうことが多く、ある日、友達グループの一人である男友達のヨハンが可愛いピン留めをくれた。

お店で見かけてセルフィに似合うと思ったらしい。


花の飾りが付いたピン留めで、セルフィも気に入り、一番仲のいい女友達のレティにも見せた。

喜んで自慢するセルフィに、レティはいつになく反応が薄かったが、急にニヤリと笑うとセルフィの耳に口を近づけた。


「ねぇ、ヨハンってそばかすが気持ち悪いと思わない?」


セルフィの耳元で、楽しそうに囁く。

レティの顔を見れば口の端がつり上がっており、目はセルフィの反応を観察するように向けられている。


そしてセルフィはヨハンの顔を思い出すと、確かにレティが言っている通り彼の顔のそばかすは汚かったような気がしてきた。


そうなると彼からもらったピン留めもなんだか色褪せて見えてきて、セルフィは手放したくなった。


「やっぱり、これいーらない」

「えー! 男から貰ったものをいらない、だなんて。セルフィ、カッコいいー!」


初めて可愛いの言葉以外で褒められた。

しかもカッコいいなんて、なんだか大人の女性みたいだ。

セルフィがうっとりと自分に酔っていれば、ピン留めを捨てるのは勿体ないとレティが流れるように貰いうけていた。


その後ヨハンに話しかけられてもセルフィは無視し、色褪せたピン留めはレティの髪に使われていた。


しばらくして、いつの間にかレティとヨハンは付き合っており、セルフィはレティに物好きねぇ、という感想しか抱けなかった。


そんなことがあって、セルフィは男性からもらうプレゼントも気に入らなければ突き返すようになった。


そうすればもっと良いものがプレゼントされるので、自分の判断は正しいことだと自信がつき始めていた。


そして月日が流れ、父の購入した鉱山から金が採れ始めた頃に男爵家との婚姻話が浮上した。

父から聞かされた時、セルフィは乗り気であった。


貴族と結婚したなら、友達にも自慢できる、と。

しかし、男爵家の嫡男ベルベと顔を合わせた瞬間、幻滅した。

ベルベの顔にセルフィの嫌っているそばかすがあったからだ。


いくら貴族と結婚したと言えど、旦那の顔が友達に見せられないのであれば、それだけでセルフィにとってはマイナスのことであった。


それから駄々をこねてアンナに押しつけたが、その彼女が駄々をこね始めて、嫌がるセルフィにベルベを押しつけようとしたのだ。


姉のくせに駄々をこねるなんて信じられない、とセルフィは心底軽蔑した。

それは両親も同じのようで、アンナの申し出を却下すると彼女は逃げるように家を出ていった。


どうせすぐに帰ってくるだろうと思っていたが、夜になってもアンナは帰ってこなかった。

父は流石に心配になったのか、夕食を作っている母のところまで出向き、アンナの話題を口にした。


「アンナはまだ帰らないのか?」

「帰ってないわよ。……あの子ったら夕飯の支度もしないで、どこほっつき歩いてんだか……」


母がぶつくさと文句を言っては、火にかけられている鍋をかき混ぜる。

鍋とお玉がぶつかる音が激しく鳴り響き、彼女の怒りの度合いを知らせてくれる。


「なんだ? 友達のところに行ってるんじゃないのか?」

「えー? お父さんってお姉ちゃんに友達がいると思ってるの?」


腹をすかせたセルフィが自室からちょうど出てきて、会話に割り込んだ。

父は首を傾げる。


「いないのか?」

「いるわけないじゃん! お姉ちゃん根暗なんだから!」

「そうよ。あの子ったらいつも家に引きこもってるんだから」


セルフィの言葉に母が手にしていたお玉を置いて、振り返って力強く同意する。


アンナに友達がいないのには理由があった。


母の手伝いをしていたアンナにとって、数少ない自分への時間で幼い頃から仲良くしていた友達に会っていたが、街で出会うセルフィの友人たちに目をつけられ、アンナだけではなく友達まで悪く言われる状況が多々あり、罪悪感を抱いた結果、自ずと距離をあけていたのだ。


それが彼女たちの目には友達がいないように映っていた。

父は二人の意見を耳にするとため息をつき、リビングの座席へと座り、おいてある新聞を広げた。


「そうか。アンナももう少し人と積極的に関わっていけばいいのにな」


人との関わりが少ないから、ベルベの言動を冗談だと受け入れられなかったのだろう。

今回の婚姻の件でアンナに足りないものを、ベルベが補ってくれると父は期待を抱いた。


そしてアンナがいない中、夕食の時間となったが普段と変わりなく食べ終え、何かが足りないとも思うこともなかった。


そして夜が明けて、一日経ってもアンナは戻らなかった。

父は、男爵家との婚姻の件と周りの目を気にして彼女の捜索願いを依頼した。

見つかったらどう叱ってやろうと息巻きながら。



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