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18.欲


「それで、目的のスッポンはどうなったんだ?」

「まずは必要なものを買わないといけないよ」

「……買ったのか?」

「今から買うところよ」


ロンシェンさんが悪びれもなく答えれば、セイルさんは無言で唇を噛み締めてはこめかみを手で押さえ、それ以上追及することはなかった。


それから向かった先は魚屋。

店先の地面においてある大きな桶には水が張っており、魚が泳いでいる。

ロンシェンさんは屈み込み、観察するように魚を眺めると、一匹の魚を指さして店主に向かって話しかける。


「あ。おっちゃん、この魚鱗が剥がれてるよ。これは売り物としての価値下がってるから、まけないとよー」

「どうせ観賞用じゃないんだろ? なら、問題ねぇはずだろロンシェンさん?」

「はー。弱った。セイル、支払いよろしくよ」

「……今までの報酬金はどうした?」

「あんなのもう使い切ったよ。後宮で贅沢づくしの宴会開けばあっという間に文無しよ」


ロンシェンさんは肩を竦めると手の平を広げてお金がないことを表した。

セイルさんは、ロンシェンさんをじっと見下ろす。


「……シーラからの売り上げ分は?」

「そんなの、町民と毎夜呑み歩いて奢ってればすぐ空よ」

「……」


セイルさんは無言で店主のもとに行き、お金を支払う。

その後ろから「三匹分お願いよ」とロンシェンさんが三本指を立てて声をかければ、店主が「ひいっ」と小さく悲鳴を上げた。

多分、セイルさんは今恐ろしい顔をしているのだろう。

私は、苦笑いしながらもロンシェンさんに近づき頭を下げた。


「お金がないのに色々と出させてしまって、すみませんでした……」

「あー! 大丈夫大丈夫! 女の子に出すお金はあるのよ!」

「なら魚代も出せ!」


呑気に笑って手を横に振るロンシェンさんの言葉に、セイルさんはすかさず振り向いて怒鳴った。


水を張った小さい桶に買った三匹の魚を入れて、次に向かった先は森の中にある大きな池だった。

青緑色の水面には幾つもの丸い緑の葉が浮かんでいるのだが、そこからから茎が伸びピンク色の花が咲き誇っている。

綺麗と感想を抱くけど、とても不思議な光景でここだけ日常から切り離されているような幻想的な場所だ。

ロンシェンさんはどこからか釣り道具を出すと、私たちに釣りざおを手渡す。


「それじゃあ、今からスッポン吊り上げるよ」

「俺たちも釣るのか?」

「勿論。寧ろそっちのほうが早く済むよ」


釣りか……。

私は手にした釣りざおをじっと見つめる。

初めてだけど、私に釣れるのだろうか。

不安が伝わったのか、屈んでいるロンシェンさんが買った魚をナイフで捌いて切り身をつくりながら声をかけてきた。


「安心してね、アンナちゃん。僕が教えるからねー。セイルも教えるよ」

「教えるって、針に魚の切り身付けて池に垂らすだけだろ?」


セイルさんはため息をつきながら、ロンシェンさんの作った切り身をいくつか手に取ると背を向けて歩き出す。


「どこ行くよ?」

「別にスッポン釣るだけなら、お前の隣にいる必要もないだろ」

「そう? スッポンって結構危険よ?」

「ただの亀だろ。とにかく、お前の近くで釣るつもりはねぇ」

「それじゃあアンナちゃんは僕の隣で釣るよ! 気の流れが良くなるからね!」


ロンシェンさんは立ち上がると池の直ぐ側まで行き、胡座をかいて私を見上げるとニコニコしながら地面を手で何度も叩く。

私はちらりと目配せでセイルさんにどうしようかと合図を送れば、彼は脱力したようにため息をついた。


「どうせスッポンが釣れたら帰るんだから、アンナの好きにしていいぞ」


セイルさんは相当疲れている様子だったので、私は少し一人にしてあげようと気を使いロンシェンさんの隣で釣ることにした。

釣り針に魚の切り身が落ちづらい刺し方を教えて貰い、池に重りのついた釣り糸を垂らす。

なんだかワクワクしてきて、いつ釣れるのだろうと釣り糸が伸びている先を観察してしまう。


「どれくらいで釣れるんでしょうか?」

「早い時はすぐ釣れるし、稀に一日いても釣れないときがあるよ」

「時間をかけて釣れなかったら悲しいですね」

「そうでもないよ。こうして水面眺めてるだけでも心が落ち着いて、瞑想が捗るよー」


ロンシェンさんは、明るく言い放つ。

私は一日彼と過ごしたことを思い出し、ふっと笑う。


「ロンシェンさんは、とても楽しそうに生活を送っているんですね」

「こういうところが、女の子に愛想つかされる原因よー」

「でも、それすら楽しそうですね」


私が笑って返せば、ロンシェンさんは口元に笑みをたたえたままじっと見つめてくる。

そして銀色の瞳を開けると穏やかな口調で語り始める。


「終わりなき世界で人の作った快楽に身を投じるも、それは私たちにとっては刹那でしかない――。しかし、神が人に欲を与えたのであれば彼らには必需なのでしょう。……少なくとも、自ら窮地に晒されに行く男には、有してなければならないものだと解しはしましたが――」


ロンシェンさんはセイルさんに顔を向ける。

離れた場所にいるセイルさんは膝に頬杖をつき、眠そうに水面を見つめている。


「どうやら杞憂だったようですね」


ロンシェンさんはそう言って、口の端を上げて不敵に笑った。

よく分からないが、セイルさんのことを心配していた……?

ロンシェンさんからセイルさんに視線を移す。

セイルさんが片手で持っていた釣り竿の先がビンっとしなる。

異変に気づいたセイルさんは釣り竿を両手に持ち替えて立ち上がり、何度か釣り竿を後ろに引くと水面から薄い緑色の亀が姿を現した。

私はそれがスッポンだと理解し、笑顔で拍手を送る。


「セイルさん、やりましたね!」

「あらら。良いとこ取られたよ」

「よし! これでロンシェンともおさらばだ!」


セイルさんは嬉しそうにスッポンの甲羅の部分を手で掴むと、口に伸びている釣り糸を切る。

が、すぐに悲痛な悲鳴があがる。


「いってぇー!」


スッポンの首が蛇のように伸び、セイルさんの指が噛まれている。  

私が言葉をかけるより先に、ロンシェンさんが今までにない緊迫した表情を向けて鋭い声で叫ぶ。


「セイル! スッポンは驚異的な顎の力があるから噛まれれば雷が鳴るまで離さないと謂われてるよ!」

「え、ええ!? せ、セイルさん! 大丈夫ですか!?」


指を噛まれたセイルさんは、痛みかショックのせいか分からないが、スッポンを驚愕の顔で見つめて打ちひしがれているようだった。

が、わりとすぐにスッポンはセイルさんの指から口を離し地面に落ちた。

しばし沈黙が流れて、ロンシェンさんが人さし指を立てて口を開いた。


「と、いう伝説があるよ。よかったね、ガセで」

「……」


セイルさんはこちらに顔を向けずに解放された手を見つめている。

しかし、開いていた手が、フルフルと震えだし段々と指が曲がっていき拳が出来あがる。

私は慌てて声を掛ける。


「本当に! ずっと噛みつかれたままだったらどうしようかと思いました! 離してくれて良かったですね、セイルさん!」


私の言葉がセイルさんの怒りを鎮めるかは分からなかったが、今にもロンシェンさんを殴りかかりそうな雰囲気を感じたので仲裁する。

隣のロンシェンさんは大きく頷いた。


「スッポンの顎の力はほんとに強いから噛まれ方によっては指が大惨事よ。それに今回はすぐに離してくれたけど、長い時は今より噛み付くよ。よかったよ、小さいので。……って、セイルは魔法使いだからちょっとやそっとじゃ傷つかないの忘れてたよ! 心配損よー!」


ロンシェンさんがしまったー!と自身の額を手の平でぺちりと叩けば、セイルさんは大股でこちらに向かってきた。

私はそれ以上は何もできず顔を両手で覆った。





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