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17.不思議な男


それからロンシェンさんは店を渡り歩いては、私に色々な商品を説明してくれた。

一見、たらいにしか見えない丸い大きな鉄は鍋だということや、二つの棒の先に紐を結んでいるものを左右手で持ち、木の車輪のようなものを組み合わせた玩具を投げると落ちてきたそれを紐の上に乗せては伝わせるように左右に転がして、紐を緩めて中央に玩具を移動させては左右に棒を引っ張り再び空中に飛ばしては同じことを繰り返している。

私はロンシェンさんの器用さに感嘆の声をあげて拍手する。


「凄いですね、ロンシェンさん! まるで魔法のようです!」

「魔法じゃないよー。練習すればアンナちゃんも出来るようになるよー」

「難しそうですけど、出来ますかね?」

「教えるよー」


ロンシェンさんは私に道具を手渡してきた。

スッポン探しを忘れて遊んでいるように見えるかもしれないが、この一連の流れはスッポンを得るために必要なことなのだとロンシェンさんから告げられている。

鮮度のいいスッポンを獲るには気の流れ?を良くしないとならないらしく、それは人の動き、感情、方角等によって決まるらしい。

つまり、ロンシェンさんと目一杯楽しまなければならないとスッポンは、手に入らないということらしい。

シーラさんもいつもこんな感じで貰っているのかな?


「それにしてもセイルさん遅いですね」

「あー。短気だから帰ったかもしれないね……。まあ、アンナちゃんは僕が送り届けるし、何も心配いらないよ」


うーん。セイルさんは私を置いて帰るような人じゃないと思うんだけどな……。

ロンシェンさんの気遣いは有り難いが、どうしてもセイルさんが、帰っているとは思えない。

もしかしたら、ロンシェンさんの家で待ってるかも?


「アンナちゃんは、セイルのこと好きなの?」


頭を悩ましていると、ロンシェンさんが問いかけてきた。

棒を持っている手の動きをとめて彼を見ればニコニコと笑顔を向けられる。

私は笑みを返す。


「好きですよ。優しいですから」

「あー。違う違う。そういう言葉の意味を深く考えてない答えは求めてないよ。男女の関係として恋してるかどうかよ」


ありきたりな返事をした私を野暮だと咎めるように、ロンシェンさんは片手を横に振った。

自分の中ではそっちの意味も含まれていたのだが、確かにあまりにも簡単に答えてしまったかもしれない。

私はロンシェンさんから視線を外して、遠くを見つめてセイルさんの顔を思い出す。


「恋というよりは……愛ですかね」

「愛……」


ロンシェンさんが意外そうに眉をあげて呟く。

小娘が大層なことをと驚かれたかもしれないが、私はこの答えを口にしたことに後悔はない。


「——へぇ。てっきり生娘のような反応をするかと思っていましたが……」


急に口調が変わったので、私は反射でロンシェンさんに視線を戻す。

彼は私の前に進み出て、自身の大きな手で私の両頬を包みこむと顔を上に上げられる。

ロンシェンさんの顔を見上げる形になれば、彼の細かった瞳がゆっくりと三日月型に開かれ銀色の瞳が私の目の奥を覗くように射抜く。

愉快げに吊り上げられた唇が開き、私は自ずと耳をそばだてる。


「面白い……!」


囁くように零れた低い声音は歓喜で震えていた。

銀色の瞳は私に一心に注がれていて、不思議と目を離せなくなる。


「だから盗ってねぇって言ってんだろ!」


響き渡るような男性の大声にハッとして視線を動かすと同時に頬を解放され、ロンシェンさんは目を細めて後ろに下がった。

そして、男性たちが言い合っている声の方へと体を向けるので、私もそれに倣った。

露店の店主がこん棒を片手に振り上げ、男性に今にも殴りかかろうとしている。


「嘘ついてんじゃねぇ! それならポケットに入れた物を見せてみろ!」

「……っ」


一層声を張り上げて迫られた男性が逃げ腰で出し渋る。

その一連の動作で彼がやましいことをしているのが目に見えてわかり、足を止めて騒動を見守っている人々の表情が嫌悪に変わりヒソヒソと言葉をかわし始める。

それが男性には堪えたのか、周りを見回して悔しそうに呻く。


「クッ……! そうだよ! 盗ったよ!」


男は観念したようで、ポケットから可憐なハンカチのようなものを取り出した。

強面の店主はそれを受け取るとしげしげと眺めてから、再び男に睨みを利かす。


「もう盗んだものはねぇだろうな?」

「あ、ああ。……許してくれっ! 母さんへのプレゼントを買おうとして、少し魔が差しただけなんだ! 金なら払うから……! ほ、ほら」


男は地面に膝をついてお金を地面に置いた。

お金を持っていたのに盗むなんて変な人だけど、お金が減るのが惜しかったのかもしれない。

店主はお金を見て、心が揺らいだのか表情が少し和らぐ。


「彼はそれ以外の物も盗んでいるみたいよ」


解決したかと思われたが、隣のロンシェンさんの声が高らかに響く。

二人はロンシェンの言葉に一瞬呆気にとられた顔をしたが、店主は持っている棍棒を力強く握り男の頭上に脅しのように振り上げる。


「何!? お前他の物も盗んだのか!?」

「違うって! これだけだって! なんなら調べてみたっていいんだぜ!」


男性は焦りながら、両手を広げて体を店主に見せる。

ロンシェンさんはそれを鼻で笑う。


「周りの者の注意を引き、別の仲間が他の店主の隙を突いて商品を盗む。よくある手よ。盗むのは売値が高い宝石かな?」


ロンシェンさんの言葉で、観衆の視線が別の何処かに向く。

私も追うように目を向ければ、こちらの騒ぎなど気にもかけずに道を走り去っている男の後ろ姿があった。

近くの店主が自身の商品棚を見て悲鳴を上げる。被害に遭った店だろう。


「誰かそいつを捕まえてくれ!」


店主の切実な叫びに、逃げていた男の横を身長の高い誰かがすれ違う、と同時に逃げていた男が後ろに倒れた。

すれ違った人が倒れた男の首根っこを掴むとズルズルと引きずりながらこちらに向かって歩いてくる。

その見知った姿はセイルさんで、彼は不機嫌そうに眉を顰めながら被害に遭った店主の前に男を投げると、大股でズンズンとロンシェンさんに詰め寄り胸ぐらを掴んで引き寄せる。


「ロンシェン〜っ! よくも俺を撒こうとしてくれたなぁ!?」

「撒く? 僕たちはセイルが来るまでに気の流れをよくしてただけよ。ね、アンナちゃん」

「はい。スッポンを手に入れるには必要な手順らしいです」

「大嘘ついてんじゃねぇぞ! 俺が移動する度にちょろちょろ場所変えやがって! どういうつもりだ!?」

「あー。これは何を言っても話が通じなさそうよ。困った困った」


やれやれと息をつくロンシェンさんに、「被害者面してんじゃねぇぞ!」とセイルさんは掴んでいる服を何度も揺さぶりだす。

私たちの移動のせいで相当苦労したみたいだ。

仕方なかったとはいえ、申し訳なく思いながらも私はひっそり心のなかで呟く。

……やっぱり帰ってなかった。

私は自分の勘が当たって少し嬉しくなった。




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