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15.魔法使いロンシェン


セイルさんとダイニングテーブルで向かい合って朝食を食べていると、視界の端に急にシーラさんが現れた。

あまりにも唐突だったので私は食べていたサンドイッチを引っ掛けそうになった。

落ち着いてから顔を向ければ、彼女は真顔のまま私とセイルさんに凛とした口調で挨拶する。


「食事中に失礼します。——美味しそうなのでご一緒してもよろしいですか?」

「……まあ、いいが。朝食食べに来たのか?」


セイルさんは顔色を変えることなく、立ち上がりシーラさんの食事の準備をし始める。

私も立ち上がり、手伝いに入る。


「いえ。実はお二人に頼み事がありまして。ロンシェンさんからスッポンを受け取りに行ってほしいのです」

「す、スッポンって……あの前に言っていた亀のことですか?」

「そうです」


カップに注いだお茶をシーラさんの前のテーブルに置けば、彼女は魔法で椅子を出して席に着いた。

話を聞いていたセイルさんが、サンドイッチの載った皿を置きながらシーラさんと顔を合わせて首を傾げる。


「どうして俺たちがロンシェンから受け取りに行かなきゃならないんだ? 忙しいわけでもないだろ?」

「ロンシェンさんが、セイルさんとアンナさんでないと渡したくないと言い出しまして。最初は面倒なのでお金を積んで黙らせようとしましたが、のらりくらりと交わされまして」

「……俺はともかくとして、アンナも一緒に行く必要はないだろ?」

「——いえ。明確に名前を提示されたわけではなく、ロンシェンさんはセイルさんとセイルさんのこれと一緒に来てほしい、と」


シーラさんが神妙な顔で小指を突き立てれば、セイルさんは眉間に皺を寄せて自分の小指を同じように突き立てるとシーラさんに凄む。


「だからこれはなんなんだ?」


シーラさんは神妙な顔を無に戻して、自身の小指に視線を移すと小首を傾げた。


「なんでしょうね?」

「……知らずに使ってたのか?」

「マージさんがこれとしか言わないので、アンナさんのことを言い表す形なのだと思っていました」


シーラさんも意味が分かってなかったんだ……。

私は無言で二人の様子を見守りながら、考える。

もしかして私が認知している意味はごく一部の人しか知らないのだろうか。

だとしたら、わざわざ公にして気まずい思いをする必要もないかも?

そう考え至り、見て見ぬふりで通すことにした。


「それで、頼まれてくれますか?」

「ロンシェン……ねぇ。なーんか嫌な予感がするが……まあ、お前には世話になってるからな。アンナもいいか?」

「はい。シーラさんのお役に立てるなら何でもしますよ」

「……何でも……」

「シーラの前であんまり軽はずみなこと言うなよ」


シーラさんが私の言葉を呟けば、セイルさんがすかさず私に警告する。さすがに限度があることは分かってくれている、と思いたい。


ドアを使ってロンシェンさんのところを訪れれば、視界に青い空の景色が広がった。

風が冷たく、周りを見渡せば山頂らしく、眼下には雲も見えて、山の薄っすらとした影も見えるため相当高い位置にロンシェンさんは住んでいる。


足元は平坦な草原で安定していてるため転びはしなさそうだが、崖下は足元がすくんでしまいそうなので近寄らないようにしよう。


振り返れば、民家がありグレーの薄いレンガのようなものを敷き詰められている屋根は角が上に跳ね上がっていて特徴的な造りをしている。


セイルさんは家に近づくと白い石壁に嵌められている朱色のドアを叩く。

しばらくして出てきたのは、男性だった。

長い黒髪を一纏めにして肩に掛けて前の方に流している。目が見えているのか分からないほどに目が細く、笑っているようにも見える。

衣服は首が締まっているサテン生地のような青い服と白い麻生地のズボンは全体はゆったりとしているが足首がゴムで締まっている。

初めてみる衣服だ。


男はセイルさんの顔を見てから、背後にいる私へと顔を移すと、指を指して大声を上げる。


「あー! セイルが別嬪さん連れてるー!」

「べ、べっぴんさん?」


明らかに私を指差している。

目を丸くして瞳を瞬かせる。

お世辞にしても大袈裟過ぎて逆に萎縮してしまう。

彼は何かを言おうとしたセイルさんを手で押しのけ、強引に私の前へと進み出る。


「そうそうね。別嬪ねー!」


ロンシェン?さんは私の訊き返しにニコニコ笑いながら力強く頷く。

変わった喋り方をする人だ。明るく軽く、抑揚のある口調。こちらの地域の方言だろうか。

それにしても、別嬪はやはり言い過ぎだろう。

私は、困惑しながらもロンシェンさんに恐縮するように言い返す。


「あの、褒めてくれようとしてるのは嬉しいんですが、あまりにも言い過ぎるのはちょっと……」

「えー? 稀に見る愛らしさよー?」

「鼻も低いし……」

「えー!? こっちでは標準の高さよ!? そっちの地域の人たちが高すぎるだけよ」


彼の言い分になるほど、と納得してしまった。

確かに私の中で綺麗な顔は妹だったし、周りも鼻が高いのが美人の基準だった。


だけど、ロンシェンさんはセイルさんと違って堀が深いタイプの顔ではないが、整っている。

地域ごとに顔のタイプが違えば美意識も変わってくるということか。人って奥が深い。


「あとはもう少しふっくらしてたら僕の好みドンピシャね」


好みかどうかはさておき、実は彼の言う通り少し私は体の肉が落ちてきていた。

頬の張りも前より落ち着いてきていて、少し普通になったかも。

決して不健康な痩せ方ではなく、寧ろ健康的に痩せてきていて、筋肉もついて体調もいい。

恐らく朝の日課である牛たちのお世話が体に良い影響をもたらしているのだろう。


「で、恋人はいるの? いないなら——」

「オイ! コラァ! さっきからヘラヘラ軟派しやがって! さっさとスッポンよこしやがれ!」

「セイルさん、そんな追い剥ぎみたいな頼み方は駄目ですよ……!」


イライラが募ったのか、急に怒鳴り声をあげるセイルさんを宥める。

しかし、ロンシェンさんはあっけらかんとしており、セイルさんの様子を見つめる。


「ふーん。やっぱりこの子がセイルのこれ、か」


意味深にニヤリと笑ったロンシェンさんは小指を突き立てる。

私はぎょっとしたが、セイルさんは相変わらず分かっていないので、怪訝そうに首を傾げる。


「だからそれはなんなんだ?」

「あー。セイルは知らないのねー。……僕の口からはなんとも。お嬢さんが知ってそうだから、直接聞くといいよ」

「え!?」


突然の逆風に私は危機にさらされる。

知らない振りを貫き通せると思っていたのに、まさかの不意打ちに助けを求めるようにロンシェンさんを見る。

彼は私と顔を合わせるとニコニコ笑いながら首を傾げる。

純粋に隠す意味が分からないと思われているのかもしれない。


「そういえばアンナは知ってるんだったんだよな? どういう意味なんだ?」

「え……えーっと……」


あまりもごついていると言いづらさが増してくる。

私は覚悟を決め、おちゃらけている感じを出すためにへらりと笑いながら頭の後ろを撫でた。


「ぜ、私たちの関係とは全然違うんですが、こ、恋人という意味みたいです、よ?」

「……」


絶句するセイルさん。

どういう意味の絶句なのかが気になるが、どうか変な雰囲気になりませんように!

私が切実な願いを祈りながら彼の言葉を待っていれば、ロンシェンさんが代わりに声を上げた。


「えー! そんな意味だったのー!? てっきり違う意味だと思ってたよー!」


演技がかっているが、口調が棒読みのため嘘をついているのは明らかだった。

その声を聞いたセイルさんは開いていた口を閉口し、ずかずかとロンシェンさんに歩み寄ると、その胸ぐらを掴んだ。


「嘘ついてんじゃねぇよ……! ならどうしてアンナに説明するよう謀った!?」

「この地域では、親指は自分や父や祖父、人さし指は母親、祖母、恋人、中指は兄弟、息子、薬指は姉妹、娘、小指はーー小間使いや下僕を意味してるから自分の口からは説明できないって、言ったのよ。お嬢さんに小間使いなの?、なんて直接訊くのは失礼極まりないからねー」

「え!? あ、そうだったんですねっ! 私勘違いしちゃってました!」


地域でそんな違いがあったなんて思いもしなかった。

だからシーラさんも意味を知らなかったのだろう。

ということは……マージさんも?

でもあの感じは私の認識と相違ないと思うけどなぁ。

しかし、セイルさんは納得しなかったみたいで、鋭い瞳を緩ませずにますます凄みだす。


「お前が他の大陸の事情を知らねぇ訳ねぇだろうが! しかも会話の流れから、そうはならないだろ!?」

「根拠もないのに難癖つけるのは感心しないよー。ちなみに、アンナちゃんの地方でどうしてそう言う意味があるのかは、もともとマージが管轄している地域で根ざしたからで、出所は東国のオランよー」

「やっぱ知ってんじゃねぇか! つーか、やっぱりババァが関わってるのかよ!」


セイルさんは胸ぐらを勢いよく前後に揺らすが、ロンシェンさんは「あはははー」と呑気に笑っている。

……明朗な人だ。


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