10.思いがけない贈り物
マージさんが帰ってから一週間位が経った頃、今日はやけに体が重いな、と思いながら起きてカーテンを開ければ、外の景色は仄暗く、しとしと雨が降っていてぎょっとする。
慌てて鏡台で自分の姿を覗けば髪がいつも以上に広がっていて茫然とした。
櫛で髪の毛を梳いて、ゴムで縛り上げるが、盛り上がったところから髪の毛がピンピン跳ねていてみっともなく感じてしまう。
何度も試してみたけどどうしようもなくて、とぼとぼと歩いてリビングに行けば、セイルさんがいた。
私は意味がないとは分かっていても飛び出ている髪を手で撫でつけてから明るく挨拶する。
「おはようございます!」
「ああ。おはよう……どうした? なんか元気がなさそうだな」
毎日顔を合わせているせいか、察しられてしまった。
誤魔化そうとも思ったが、髪がみっともないとも思われたくもないので正直に理由を吐露する。
「……見てわかる通り、くせっ毛で髪の毛が広がっちゃうんですよ……それが憂鬱で……憂鬱で……」
「魔法で直してやろうか?」
「あ、いえ。大丈夫です」
魔法を使わず生活しているのに、私の髪の毛に魔法を使ってしまうのはなんだか躊躇われた。
セイルさんは構えていた指であごを触り、何かを考えるように斜め上を見上げる。
「そういえば知り合いの魔女でそういうのに詳しそうなやつがいたな……。よし。ちょっと待ってろ」
セイルさんは言うなり、どこかに出かけていき、しばらくしてから帰ってきた。
手に缶の容れ物二個と、メモが握られていて、それを私に渡してきた。
「なんか髪洗うときにこれを使えって言われたぞ。貰ってきたメモに使い方が書いてあるからこの通りの手順で、あとはしっかり乾かせば落ち着くんじゃないか、だと」
「……そんなに良いものを貰ってもいいんでしょうか?」
「気を遣うような相手でもないし、気にするな」
そうは言うものの、朝から家にお邪魔して相手は迷惑じゃなかったのだろうか。
心配して聞いてみたが、全く動じていなかったそうだ。
申し訳ないと思いつつも、私のために貰ってきてくれたので、有り難く使わせてもらうことにした。
その日の夜、お風呂で貰った缶を開けると、花の甘い香りのするとろっとした白い液体が入っていた。
まずはメモの手順通りに最初の缶のクリームを手に取り、手で泡立ててから濡らした頭皮洗って流して水気をしっかり絞り取る。
2番目のクリームを毛先を中心に塗り込み、手で握って馴染ませて、お湯の張った桶に頭皮以外の髪の毛全体を浸からせて握るように揉み込ませ、しばらく置いてから綺麗なお湯で流す。流しすぎないように注意だそうだ。
確かに現時点で艶があるように感じたが、乾いてみないことには分からない。
お風呂からあがるとタオルで丁寧に水分を取っていった。
次の日、起きて髪をさわればその指通りの良さに驚き、慌てて鏡台をのぞき込めばあれほど広がっていた髪の毛が落ち着き、艶まで出来ていた。
目にした自分の姿に感動した私は、すぐにセイルさんに報告したくなった。
「おはようございます、セイルさん! 見てください! 髪がまともになってます!」
挨拶もそこそこに嬉しさを爆発させれば、セイルさんは近づいてきて私の髪をしげしげと眺める。
「へぇ。言われてみれば確かにいつもより髪が綺麗になってるな」
「やっぱりそう思います……よ、ね」
セイルさんは気になったのか私の髪の毛の束を手に取り始めた。
近すぎる距離を妙に意識してしまって、顔が熱くなる。
上から息遣いも聞こえてくるような気もしてきて、気恥ずかしい気持ちでいっぱいになった私は息をのんで、それを振り払うように声を張り上げる。
「セイルさんのお知り合いの人は凄い方なんですねっ! 魔法を使ってるんでしょうか?」
「いや。魔法は掛かってないな。……まあ、シーラは研究が趣味みたいな魔女だからな。なんらかで調合してるんだろ」
「こんな凄いものを貰って、何もしないのもなんなので、お礼をしたいです! 甘い物とか好きでしょうか?」
「あー、思い出せないが……よく食べてた気もするから……好きなんじゃないか?」
「それなら焼き菓子をプレゼントしましょうかね」
会話が途切れないように頑張って話しを続けていればようやくセイルさんが離れてくれた。
ほっとしたのも束の間、セイルさんが「ん?」と声を上げる。
「なんか顔赤くねぇか?」
「え!? あ、あはは、なんだか暑くって! 髪結びましょうかね」
腕にはめていたゴムを手に取り髪を束ねて結っていればセイルさんが「そんなに暑いかぁ?」と室内を見回し始めるので私は何度も頷いて誤魔化した。
「それでお菓子を贈りたいんですが、持って行く日はいつが都合がいいですかね?」
「別にいつでも良いんじゃないか? 急な来訪に困るような性格じゃないしな」
魔女でシーラさんと言っていたけど、とおおらかな性格の人なのかな?
それともセイルさんの勝手な認識なのかも?
「どうせプレゼントするなら可愛いお菓子にしたいですね」
「可愛いお菓子ねぇ。んー……メレンゲクッキーでも作るか?」
「メレンゲクッキーって作れるんですか!?」
私の驚いた声にセイルさんは笑いながら頷いた。
午前中に牛のお世話や家事を済ませ、午後からお菓子作りに取り掛かった。
セイルさんから指示をもらい、昼食作りの際に分けていた卵白を泡だて器で根気よく混ぜていく。
角が立つほど固くなったメレンゲに砂糖を数回に分けて入れては混ぜるを繰り返す。
混ざったメレンゲをスプーンで掬い、バターの塗った鉄板の上に並べて落とし、薪を組んで温めていた石窯の温度を確認してから鉄板を入れて、蓋をして様子を見ながら焼いていく。
出来たメレンゲクッキーを冷ましてから瓶に詰めて、飾りに縁の下に赤いリボンを結んだ。
「どうでしょうか?」
「良いんじゃないか。贈り物だと一目で分かりやすい」
瓶を両手で掴んでセイルさんに見せればお墨付きを貰えて、私は少し得意げになった。
シーラさんに喜んでもらえるといいな。
「早速持っていくか?」
「え!? ちょ、ちょっと待ってください。ちゃんとした格好で行かないと失礼なので着替えてきます!」
「そんなに気にしなくても良いのに……」
セイルさんはそうは言うが、初対面の相手に、しかも良いものをくれた人に、がさつな格好で会いに行くのは礼儀に反する。
私は自室に行き、セイルさんが作ってくれた服で気に入ったベージュと黒のワンピースに着替えた。
鏡台で髪も整えて、全身をチェックしてからセイルさんのところに戻る。
私は瓶を胸に抱いて、セイルさんが玄関の扉を開けるのを後ろで待った。
扉の奥に広がった景色はーー薄暗い部屋の中だった。
「え!? 勝手に中に入っちゃっていいんですか!?」
「そんなこと気にするような性格じゃないしなぁ」
「それずっと言ってますけど本当なんですよね!? セイルさんの思い込みで、シーラさん本人は内心では迷惑がってませんよね!?」
「迷惑ならあいつははっきり言ってくれるから大丈夫だ。それにどちらかと言うと、効率的な奴だからな」
玄関を挟まないのは効率的なのだろうか?
セイルさんが中に足を踏み入れるので、私は戸惑いながらもあとに続く。
部屋の中は広くて病院で嗅いだことあるような匂いがする。
机の上には変わった形のガラス瓶、何かの機械や積み重ねられた本、壁に張られた人の体の……説明書? そして部屋の角には人の形をした――
「うわぁあ! 中身が剥き出しの人がいます!」
「うお!?」
叫び声を上げてセイルさんの背中にしがみつく。
急なことで驚いたセイルさんは振り返り、私の肩に手を置いた。
「なんだ!? どうした!?」
「あ、あ、あそこに……人が切られて……」
「それはケイ素のゴムで造った人体模型ですね」
部屋の角を指さして震える口で説明していれば、凛とした高い声が静かな室内に響く。
え?、と声のした方を向くと、私たちの扉とは違う開いている扉の前に逆光を浴びている細い影が見えた。
「ご、ゴム……?」
「つまり造り物です。セイルさん、昨日ぶりですね。お渡しした品物は役に立ちましたか?」




