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1.理不尽な生活


私はブスだ。

腰まで伸びているどう撫でつけてもくせっ毛のある赤毛は広がり、鼻は低くぺちゃっとしているし、顔は腫れぼったくて赤みがかかったときは特に頬が目立っている。

だけど瞳だけは丸く二重で、誰かが私を褒めるときは必ず目だけが可愛いと言ってくれる。

それは暗に、瞳以外は褒められたものでないと口を濁しているようで、私はそんな顔を下を向いて隠すのだ。


そんな私には、似ても似つかない可愛らしい妹がいる。

黄金色のウェーブかかった金髪に、それを少し濃くした瞳は長い睫毛で縁取られ、白い肌にピンク色の唇はまるで店に飾られている人形のよう。

母とも父とも似てはいないが、母曰く曾祖母の顔とそっくりだと言っていた。


そんな妹は両親に大切にされて育ち、欲しいものはすぐに与えられ、不満があれば泣くと両親が優しく宥めて要求を受け入れる。

まるで一国の姫のような扱いを受けていた。


一方の私は欲しいものは我慢を強いられ、手に入れたとしても妹が欲しがれば両親から譲るように言われる日々。


そうなると私が欲しがるものは可愛いものではなく、妹が興味のない地味なものを選択するようになっていった。

そんな私が机で本を読んでいるのを見ると、彼女はよく嘲笑う。


「お姉ちゃんって本当に地味で陰気臭い。こんなブスな姉がいるなんて知られたら友達からからかわれるから、外で私の姉だって自慢しないでよね」


口癖のように彼女は私に釘をさす。

彼女がブス、という言葉を覚えたのは恐らく両親のせいだろう。

両親はよく私に、お前は妹と比べてブスなんだから気立てをよくしなさい、と口酸っぱく言っていた。


その言葉に最初はショックを受けていたものの、世の美醜を知ってしまった私は、両親の言うようにせめて性格だけは良くあろうと率先してお手伝いをしたり、嫌なことでも笑って引き受けるようにしていた。

近所の人からは性格がいいと褒められていたが、あとは顔さえよければ……、という一言に私は顔を俯かせるだけであった。


私が十六になった頃、父が購入した鉱山から少量の金が取れるようになり軌道に乗り始めたところ、噂を聞きつけた男爵家から是非縁を結びたいと子供同士の婚約を持ちかけられた。


貴族と関係を持てるということで両親たちは大手を振って喜び、可愛い妹を嫁がせようと準備を進めていた。

妹も乗り気で「どんなドレスを着ていこうかしら」と両親と仕立て屋に行っては何度も試着していたらしい。


顔合わせの際は私がいると白紙にされる可能性を不安視して急な体調不良で家で留守番となった。

家族が揃わないのは外聞が悪いのではないかと思ったが、あちら側としても重要なのは鉱山なので娘一人の不在はどうでも良かったらしい。

が、問題が起きた。

婚姻関係を結ぶはずの男爵家の嫡男が妹の好みではなく、家に帰ってくるなりその場で泣き崩れた。


「あんな不細工と結婚するだなんて、気持ちが悪いし、友達から馬鹿にされて笑われるわ……! 絶対に結婚したくない!」


妹はおいおい泣いては、駄々をこねた。

だが、男爵家からの婚姻を断るというのは爵位を持っていないうちの立場からは難しい話だろう。

今回ばかりは妹に分が悪いと思っていたが、両親は顔を見合わせやれやれと肩を竦めると、私の方を見た。


「仕方がない。アンナ、セルフィに代わって男爵家の息子と婚約を結びなさい」


そんなことが許されるのだろうか、と私は戸惑ったが決定事項のようで知らずに話は進んでいった。

こうして私は顔を合わせたこともない男性との婚約が結ばれた。


初めて男爵家に訪れ、婚約者と顔を合わせた時、男爵家の嫡男ベルべは髪と瞳は茶色で鼻が高く雰囲気だけで見るなら一見カッコいい容姿をしていた。

妹が一番気に食わないのは鼻の周りのそばかすだったようで、汚いと罵っていたが、そんなに悪く言われるほどの顔貌はしていない。


彼は私を一目見ては、あからさまに顔に嫌悪感を滲ませた。

私の隣に妹がいたことで、ひと際ブスに見えたのだろう。


それから家族同士で会食が始まれば、彼はどうにか妹に気に入られようとあれこれと、賛辞をしていた。

妹は姉の私に婚約が決まっているからと高を括っているせいか、彼の賛辞を嬉しそうに受けては媚びるように瞳が素敵、義兄として性格が優しそうで嬉しいなど、家で散々こき下ろしていた手を翻して振舞う。

ベルべはそれに気をよくしていて、プレゼントを贈る約束を交わしていた。

彼は一度も私に話しかけることなく、その日はお開きとなった。


それからベルべは家に来ては、妹を誘い二人で街へとよくお出かけしていた。帰ってくる妹の手にはいつも美しい髪飾りや、いい匂いの焼き菓子、花束などのお土産が握られていた。

彼が婚約者である私を誘うことも、顔を見たいとも言うことはない。

どうせ結婚したら毎日顔を合わせることになるのだからという言葉が、自室で耳をそばだてていた私のもとに届いていたので、そういう理由からなのだろう。


冬のある日、ベルべが家に来て、私を「買い物に出かけよう」と街に誘った。

妹は私も行きたいと駄々をこねたが、今日は私と二人で出かけたいとのことだった。

どういう風の吹き回しか、と思ったが断って気を悪くされても嫌だったので私は快く受け入れて茶色い地味なコートを羽織った。


二人で大通りの道を並んで歩く。右にいるベルべは喋ることなく無表情で前を向いて歩いている。

話しかけるな、という雰囲気が漂っていて、私はうつむきがちで彼についていく。

正直、彼が無言でいることよりも今歩いている位置の方が気になっていた。

彼が右に寄らないことで、私は道の中心寄りを歩いている。


馬車も通る道で怖かったが注意していれば大丈夫だろうと前後を意識しながら歩みを進める。

周りの喧騒はあるものの、ベルべが無言でいるので、周りの音は聴き取りやすく、今は有難い。

すると後ろから馬のひづめの音と車輪のがたがたと揺れる音がして、私は確認のために歩きながらも後ろを振り向いた。

と、同時に右の二の腕に強い衝撃を受け、体が左へと押し出され、視界がゆっくりと傾いていき地面が近づいてくる。


「(……え?)」


時がゆっくり動いているようだった。

地面に叩きつけられ、体に痛みが走ると同時に馬の甲高い悲鳴が耳に届き響き渡る。

急いで体を起こして状況を確認すれば馬車は停止していて、御者が怒りを滲ませた顔で私を怒鳴りつけている。

未だに何が起こったのか分からない私に、ベルべがゆっくりと近づいて目の前でかがんだ。

そして彼は悔しそうな表情をしながら、口を開いて白い息を吐きながら小声で呟いた。


「おしい! あと少しで死んでたのに!」


しっかりと耳に届いた言葉に、思考が止まって体の熱がなくなる。

恐怖で全身の震えが止まらない。強く押し出された感触が二の腕に残っている。

震える両手を冷たい地面について、腰を抜かしていれば彼は私の前に手を差し出してため息を吐いた。


「はーあ。死んでくれたら妹の方と婚約できたかもしれないのになぁ」


その言葉に殺されると思った私は突発的に立ち上がり、走って彼から逃げた。

息を切らして家に帰れば、早く戻ってきた私を不思議そうに家族が見ている。

このままだとベルべに殺されると思った私は、震える声で初めて両親に心の底から懇願した。


「私、あの人と結婚したくない!」


叫ぶように端的に訴えれば、母は呆れるように目を細めて私を見た。


「貴方ねぇ、どうして急にそんな我が儘言うのよ」

「あの人、私を押して馬車に引かせようとしたの! このまま一緒にいたら殺される……!」


体は落ち着くことなくぶるぶると震えている。

私は自身の体を抱いて、慰めながら、必死に言葉を紡いだ。


「あの人はセルフィのことが好きだから! セルフィと結婚させればいい!」


そうすればあの男は満足するだろう。

妹であるならば散々甘やかしてくれるし、色々なものを買い与えてくれている今なら、最初に会った時よりも妹は彼に好感をもてているはずだ。

しかし、私の考えを非難するようにセルフィは目を吊り上げる。


「どうしてお姉ちゃんはそんな人と私を結婚させようとするの? 私が死んでもいいの?」

「そうよ。なんて恐ろしい子なんでしょう。とりあえず、結婚を済ませて子供さえ産みさえすればいいから、それまで我慢しなさい」


返って来たのは、冷酷無比な強要であった。

殺されかけたと訴えているのに、まるで笑って許せない私が悪いと言われているようで、困惑して縋るように父に視線を移せば、父は苦笑いして口を開いた。


「彼の冗談だったんじゃないか? 若い時の男は何も考えずそういうやんちゃをしてしまうものだ。私も階段から突き落とされたことがあるが、そいつとは今でも友達だぞ」


最後の砦の言葉を耳にした瞬間、自身を抱きしめていた手を力なく降ろした。

心臓が重たく感じ、家族たちが映る視界が遠くなっていく。

初めての心からの願い事は聞き入れられることなく、呆気ないほどに簡単に終わってしまった。

そして静かに悟る。

この人たちにとって、私は死んでもいい存在なのだということに。


理不尽だと思うこともあった。どうして私ばかりがと悩んだこともあった。

だけど、家族だから、どんなに嫌なことでも受け入れてきたつもりだったのに、彼らは私が助けてほしいときに助けてくれない。

それは彼らの中で私が、家族じゃなかったからだろう――。

茫然と立ち尽くす私に、父は軽口を叩くみたいに明るく言い放つ。


「ブスなんだから、気立てをよくないと愛想つかされるぞ」


父の言葉に母と妹が可笑しそうに笑う。

その笑い声は酷い雑音のようで、私はこみあげてくる涙を堪え逃げるように家を出た。






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