怪しげな魔王様と謁見する
俺達四天王3人が招き入れられた部屋の中は、何か無駄に広い空間だった。壁や柱等は此処では見えていて、扉と似た趣味で装飾されているが、何となくコケおどし感が漂う。人気は無く、正面にステージのような場所が有る。荘厳な体育館と言うのがぴったりか。ステージには薄幕が掛かっていて中の様子は分からないが、多分魔王様はあの中だろう。
ステージ前まで進み出て、膝をつくジンとビオレッタ。作法は分からないが、俺も真似して同じポーズ。
「魔王様におきましてはご機嫌麗しゅう。」
ジンの挨拶、返事は無い。だが幕の内側でそれを聞いている者の気配は確かに感じる。
「魔王様にお尋ねしたい儀が有り本日我々まかりこしました。ここ近日巷に於きまして、"真のエボニアム"を名乗る者が現れ、魔王様のご指示を標榜して各地で乱暴な振る舞いをしております。私及び此処に集まったそれぞれの国を治める元首達、魔王様の忠実な部下にして魔王四天王の名を戴く我々ですが、今回の真のエボニアムなる者の台頭、そしてその目に余る乱暴狼藉の数々が、聡明なる魔王様の本意では無いと信じ、此処にその真意をお窺いに参った次第です。」
ジンの明瞭な声が響く。対する答えは未だ無い。
「まずはあの見た目の全く変わってしまったエボニアムが本物で、此処にいる以前のままの姿のエボニアムの方が偽物だという彼の者、及び魔王軍兵士達の主張は、真実なのでしょうか⁈ 」
ジンの言葉は終わり、部屋に暫しの静寂が流れる。そして…、
「真実です。」
幕の内側から声が響く、高く澄んだ声。これは…女性? もっとドスの効いた、地の底から響く様な低い声を想像していた俺はやや面食らう。
「或る事件をきっかけにエボニアムの心と体は別れてしまいました、そして体の方は今は全くの別人に乗っ取られています。それがそこに居るエボニアムです。心の方は今は別の体を使って活動しています、それが見た目が別人になった方のエボニアム、本質的にはそちらが"本物"と言えるでしょう。」
何と魔王様、俺の現状をかなり正確に把握している様だ、「やっぱり…」とビオレッタが小さく呟くのが聞こえる。
「ですが我々魔王様の四天王は"実力"を持ってしてその座を勝ち得た者達の筈です。"心"とか"本質"とかは存じませんが、あの若造エボニアムにはその"実力"が有りません。現に此処に居るエボニアムはあの若造と直接戦って勝っています。なんならガリーンにも勝っている様です。国民にも既に受け入れられています。」
自らの主張を展開するジン・レオン。いやさすがにそれは暴論なんじゃ無かろうか? これも強い者が正義…という考え方によるものなのか、それとも"俺"の方を受け入れてくれる為の方便か…。
「たとえ実力は有ったとしても、我の"魔族の為の国を創る"という理想に迎合出来ないのであれば"魔王四天王"を名乗らせる訳には行かないし、魔大陸に於て国家元首に据えておく訳にはいかないのです。」
「魔族が幸福な生活を送れる国にする事が第一という方針には賛同します。が、人族をある程度優遇する事が必ずしもそれと相反する政策であるとは言えないのではないでしょうか。現にエボニアム国は人族の保護により国としての生産性が上がり、結果魔族の暮らしも向上しております。」
魔王に対し、やんわりと食い下がるジン。だが、
「多少暮らし向きは良くなったのかも知れない。でもそれにより人族が魔族より優位な立場になるという事象が散見される様になって来ています。エボニアム国や、ザキラムでもそういう例が有る様です。魔族にとっての幸福が物質的な豊かさに有るとは我は考えていません。何者にも束縛をされず、力と能力の及ぶ限り自由に振る舞える、そんな場を魔族に与えたいというのが我の理想であるし、大多数の魔族がそれを望んでいる筈です。」
つまり力の有る者がやりたい放題の環境ね。魔族がおしなべてそれを望んでいるという魔王様の見解は否定しきれない部分も有る。しかしそれは生きて来た環境や、個人の性格によるところが大きいんじゃ無いかなぁ…。俺はビリジオンで出会った魔族の姉弟のつましい中にも平穏な生活を思い浮かべる。彼らはそんな環境を望むだろうか…。
「例え力と力のぶつかり合いになったとしても、魔法を行使しての争いとなれば魔族が絶対優位だと言う保証は有りません。現に我が国では魔法学に対して真摯且つ真剣に取り組む人族の方が優れた使い手になる事も珍しく有りません。決して人族が魔族より劣る存在であるなんて事は無いんです。」
自国の名が出、その現状を否定されたと感じたか、堪らず口を開くビオレッタだったが…。
「その様な真面目で勤勉な人族こそ、魔族の為の世界であるこの大陸にはそぐわないのです。魔族より優秀な人族などむしろ害悪です、魔族の世の秩序を乱すものです、排除されるべきでしょう。」
「そんな…」
何と、真面目で優秀な人族など邪魔だから、殺してしまえって事か⁈ ブランも? モイラも? アンジーも? マリーヴ教諭も⁈
「…それでは、あの若造エボニアムが成した事、成そうとした事、全て魔王様の御心のままであった…とおっしゃるのですか?」
不自然な程落ち着いた声で問い掛けるジン。
「そうです。」
魔王様の回答も淀みが無い。
「堅調に運営されていた農園を焼き払おうとし、我が妹を殺しかけた事も?」
「エボニアムに全て任せてあった事です。彼が必要と判断したのならそうすべき案件だったという事です。」
その魔王のさも当然というきっぱりした物言いにその時俺はキレた。立ち上がり、ツカツカと進んでヒラリとステージに上がる。
「ちょっとあんた何を…」
聞き咎めるビオレッタの声。因みにジンは止めようと動く気配すら無い。そして俺は乱暴に幕を引き開ける。そしてもちろんそこには、魔王…様?
「な…何を、無礼な」
そこに居たのは声から想像した見た目の者では無かった。女性かも…と思ったその声の主は、ぶくぶくと太った中年くらいに見える…男性? 豪華な椅子に腰を掛けながら今は懸命に姿を隠そうとしているが、大き過ぎて隠れようも無い。正直いきなりキレられて攻撃されるかもと覚悟していたのだが、そんな様子も無い。
「アイツが、本物を名乗るエボニアムが殺しかけたのは、魔族の血が入った子だったんだ。それを態度が気に入らんからで手にかけたんだぞ! 貴方の言ってる事もおかしいが、あの本物エボニアムのやってる事は主義主張以前だ。そんなご気分の現場判断を尊重するって言うのか!」
まくし立てる俺にたじろぎ気味の魔王様。
「そ…そもそも人の血の混じった魔族など守る価値なんて…」
「誰だ、お前はっ⁈」
突然ジンの厳しい声色が部屋にこだまする、驚いて振り返る俺、そしてビオレッタも当惑していきさつを見守る。
「魔王様はお前みたいな脂肪ダルマじゃない。声だけ似せている様だが、私は魔王様のご尊顔を拝したことが有るのだ。断じてそんな醜い姿じゃない!」
「え…、こいつ、偽物⁈」
ビオレッタ、混乱。
「わたし実は直接魔王様と会った事無いのよ…。」
「もう一度聞くぞ。お前は誰で、本物の魔王様はどこへやった⁈」
声を荒らげながら、俺に続いてステージを上がってくるジン。
「くっ!」
魔王…の偽物?が何か椅子の肘掛けを弄る、何かスイッチ⁈ と警戒した瞬間、バタンッと椅子が下に倒れ、床下に吸い込まれて行く偽魔王。
「あっ、待てっ!」
慌てて駆け寄るが、倒れたデカい椅子がそのまま蓋になっており、開けるのに手間取る。ジンも駆け付け二人掛かりでやっと椅子を排除すると、現れた地下通路の入り口。間髪入れず飛び込む俺、ジン、そしてビオレッタ。
あの体でよく通ったものだという程狭い通路を走り抜ける、すると程無く扉に突き当たる。ご丁寧に鍵が掛かっているのか押しても引いても動かない。
「どけっ!」
そう言われ横に避けると、ジンが剣を突き出して突進して来る。
ドゴーーーーンッ!
炎を纏う剣は扉に当たるなり、その取手周りを粉砕、扉は呆気なく開かれる。その勢いのままジンが、そして続いて俺とビオレッタが、外の明かりの中に飛び出す。果たして未だ見える辺りに偽魔王が見える。だが見た目の印象より大分走るのは速い様だ。と、その向かう先に人影…、ジュウベイだ!
「そいつを捕まえろっ!」
俺の叫びを聞き付けたか、早速偽魔王に組み付くジュウベイ。偽魔王が魔王様に匹敵する強さだったらアバターのジュウベイには荷が重いか…という心配は有ったが、小太りの少年と太り過ぎのオヤジの戦いは割とあっさり少年に軍配が上がった。てか、ありゃマジで相撲だな。うつ伏せに地面に倒れたオヤジを上から押さえ付ける少年の元に駆け付ける俺達。更に何事かと駆け付けて来る魔王軍の兵達だが、ジンとビオレッタが睨みを効かせ、近付かせない。
「良くやったジュウベイ!」
「ぶ…無礼者ォっ! 退かんかこわっぱがァ!」
ジタバタしながらジュウベイに凄む偽魔王。この期に及んで何でそんなに偉そうに出来るんだコイツ…。
「悪いね先輩、兄貴の指示なんでね。」
そう答えながら手は緩めないジュウベイ。ん、先輩⁈
「コイツはなジュウベイ、魔王様になりすましていた偽物なんだ…、てか、先輩って言ったか?」
「ああ、この人も兄貴と同じ、ブラックドラゴン先輩のアバターだね。同じ匂いがしてるよ。」
「ちょっと待てグランドドラゴン、コイツがブラックドラゴンのアバター? つまりコイツもエボニアムって事か⁈ 」
問い正すジンに無言で頷くジュウベイ。何と、ここまで魔王様の振りで考えを述べ、四天王や魔王軍の兵士達に方針を伝え、指示をしたりしていたのは、エボニアムの正体、"ブラックドラゴン"だったって事になる! 気付けばジンやビオレッタばかりか兵士達の間にも動揺が広がっている。
「キサマが何者かは分かった。…何時からだ、何時から、キサマは魔王様の名を騙っている?」
低く落ち着いたジン・レオンの詰問、だが、その底に燃える様な怒りを感じる。
「ふ…んっ、コービロイ王国を滅ぼして、魔王軍が大陸全体を掌握した直後…辺りかな。」
「そんなに前から…。」
「それじゃわたしにとってはほぼ最初からじゃないよ!」
偽魔王の言葉に衝撃を受けた様子のジンとビオレッタ。
「コービロイ王国…って?」
「かつて大陸内に存在した唯一の人族の王が治める国でクエ。外の大陸の人族と協力体制を作って、余り国家として盤石とは言え無かった魔族の国々を抑え込んでいたでクエ。昔は今程瘴気も濃く無かったそうで。因みにコービロイ王国が滅びて更地になった後に興たのがエボニアム国でクエ。」
俺の疑問にお馴染みネビルブの解説。いつもすまんね。
「ビオレッタとガリーンが実績を認められて招聘され、魔王四天王が結成されたのがその頃、私とエボニアムはそれ以前から魔王様直属だった。当時から直接お会い出来る機会は余り無かったが、それでもお見掛けした事は有った。だが確かに四天王と呼ばれる様になった頃からは今日の様な形での謁見のみになり、会話は出来るがお顔を見る機会は無くなった。つまり、その頃から入れ替わっていたと言うのか⁈」
「わ…我は魔王様ご自身から影武者役を仰せつかったのだ。我が掲げた方針、考え方、そして与えた指示は魔王様のものを代弁したまでだ。」
ジュウベイに抑え付けられながら弁明する偽魔王。だがジンはその首の直ぐ横に剣を突き立てて更に問い詰める。
「最初はそうだったのかもな。だが徐々にその真意はずらされて行った、恐らくここ近年の方針は完全にお前の独断だろう。私の中に違和感はだんだんと膨らんで来てはいた、だがさっき確信したよ。魔王様は私が腹違いの妹をずっと大事に思っている事をご存知だったし、理解も示して下さった、あんな事を言う筈が無い。言えっ、魔王様はどうされた!」
「…ふん、声を似せる為だけのアバターだ、惜しくも無い…。」
偽魔王がそう呟くと、急に動かなくなった。
「あ…、抜けた!」
ジュウベイがそう言って偽魔王を解放するが、そいつはもう死んだ様に動かない。既に抜け殻なのだろう。
「くそ、逃げられたかっ、魔王様の手掛かりがっ!」
悔しげに剣を鞘に戻すジン。
「ひょっとして、魔王様もう殺されちゃった?」
ビオレッタが珍しく不安げに口走るが…、
「そんな事有るものかっ、魔王様は神に近いお方、これだけ大陸中から畏れ敬われていながら、滅びる筈など無い!」
ジン、即否定。ふーん、神様ってそういうものなんだ…。
「でも、だったら何処に?」
「普通に考えたら、エボニアム…ブラックドラゴンの元じゃないか?」
と、俺も口を出す。
「だから、それって何処よ?」
そうか、お伽話話とさえ思われていた存在のブラックドラゴン、所在が知られている訳も無い…か。
「まあ、ブラック先輩は瘴気の濃い所を好むからね。そういう場所に居るんじゃないかな。」
ここへ来てジュウベイの口から重要情報がサラリと飛び出す。瘴気の濃い所? それって…
「ミドナ火山かっ!」
言い終わった時には歩き出しているジン。慌ててついて行く俺、ビオレッタ、ジュウベイ。
「やれやれ、今着いたばかりだというのに…、待ってクエー。」
ネビルブもついて来る。兵士達は未だ動揺から抜け出せないのか、今回は追い縋っては来ない。憂い無く、だがあたふたと魔王殿の開け放しの扉から飛び立つ四天王一行であった。