ババナン農園の惨劇
「なるほど、ここは俺の国だな…。」
そんな間抜けな感想を呟く俺。見覚えの有る四角いだけの砦が彼方に見える。土地勘の無い俺は、殺気立った勇者パーティーの元から慌てて逃げ出したものの、自分の今居る位置が余り分かっていなかったのだ。
「ふ〜ん、エボニアム国ね。全っ然用が無いんで久々に来たけど、割といい農地が広がってるじゃない。何だか家なんかも良くなってるし、見違えたわ。」
と、我が国の景色に好印象を持ったらしいビオレッタ。まあそこに関して俺は特に何もして無いけど…。
とりあえずジュウベイには化身になって貰い(アバター…人間体状態でもカブトムシっぽい羽を展開して空は飛べる様だ。)、城下町上空へと入って行く俺達だが…、はて、何か違和感が有る…。何だ?
例によって、副官であり実質的に国の運営を主に取り仕切っているジャコールの執務室に窓から飛び込む。が、ジャコールは不在だった。代わりに留守を任された彼の秘書が何やらおたついていたのだが…、
「あっ、エボニアム様!」
俺の顔を見てやや安心した様な顔になる秘書の若者。
「何だどうかし…」
「大変なんです将軍閣下!」
事情を聞こうとした俺の問い掛けに被せる様にそう言いながら俺に取り縋る秘書君。これは、まさか…。
「魔王様の手の者が来たか⁈ 」
「あう…そ…、その通りです。」
報告しようとした事を先に言われて少し面食らう秘書君。
「それで、ジャコールは何処へ?」
「そそ…それが…」
俺の質問に我に帰った彼が、慌てて報告を続ける。
「魔王軍の一団が突然来訪されたのですが、我が国が、その…、この魔大陸は魔族の為の地で有り、人族に必要以上の権利など与えてはならないとする原則に反しているという指摘を受けまして。ジャコール副将軍は弁明しようとしたのですが聞き入れられず…。」
やはり、ジャコールの人族優遇措置は魔王のお気に召さなかった様だ。恐れていた最悪の流れになってやがる。
「それで…その、査察が入った中で、人族の農場主が魔族や大鬼属を使役しているという農園が有りまして、これが以ての外であるという事で、見せしめに農園を焼き払うというご沙汰になり、副将軍が何とか止めようと説得に向かわれたところです。」
そう続いた秘書君の報告に俺の嫌な予感は最高潮となる。
「…その農園って、ひょっとして…」
「は、ババナン農園だと聞いています。」
即刻今出て来た窓から外へ飛び出す俺。全面対決してでも絶対に止める!
ビオレッタもすぐに後ろから追い付いて来る。
「人族が魔族を使役してる事業所なんてうちの国にはゴロゴロしてる。パンプールだって何なら魔族の者が人族に師事してるクラスの方が多いくらいよ…。」
「これは…、多分俺への当て付けが入っている。恐らくあいつが旗を振ってる!」
パンプール魔法学園…、そっちも俄然気になり出したが、今はまずババナン農園だ!
程なく見えて来た見慣れた農園。森林地帯に差し掛かる少し手前、立ち並ぶ木に黄色の果実が鈴なりの、ババナン農園だ。普段のどかな農園は、今や切迫した喧騒の中にある。そこに見えるのは10人を超える魔王直属軍の兵士、そしてそれ等を率いるのはやはり、真エボニアム! 俺は今他人の身体を乗っ取っている状態なのだが、この身体の元の主である精神体、それがあの真エボニアムなんだ。しかもあいつが今入ってる身体は逆に俺の元々の身体、ただのパンピー男子高校生の身体なのだ。あいつ自身はそれとは知らない様なのだが…。一方困惑の表情でそれに相対しているのがジャコールだ。その後ろには農場主のブランを先頭に農夫の面々、その中に魔族と人とのハーフであるクリムとミントの姉妹、そして力仕事担当兼用心棒の大鬼族、ガレンが居る。飛び込むようにその場に降り立つ俺、少し遅れてビオレッタ。
「ボニー!」
「アニキ!」
ミントとガレンの声を背に魔王軍兵士達に対峙する俺、一斉に武器を構える魔王軍兵士達。真エボニアムが居る時点で穏便に済むとは思っていない。
「ふんっ、此処をつつけば現れると思ったぞ、偽物めがっ!」
見慣れた顔で凄む真エボニアム。
「エボニアム様!」
俺の方に駆け寄って来るジャコール。
「この少年みたいな男が我こそが本物のエボニアムであると言い張って…。ただ魔王軍の兵士も連れているので、単なる妄言と切り捨てる事も出来ず…。」
困惑を口にするジャコール。
「信じられんのなら、力で示してやっても良いぞ。」
薄笑う真エボ、気持ちわりい顔だなチキショっ。俺は1歩前に出て言う。
「この農園を焼き払うと聞いたが、正気か? 」
「ああ、そのつもりだ。魔王様の意に沿わぬ運営をした見せしめにな。」
「お前には見えないのか、この立派な農園が、生き生きした農夫たちの顔が! この魔族の姉妹や大鬼の男が不幸そうに見えるのか? 此処に来るまでの以前より遥かに豊かになった農場の様子を見なかったのか⁈ 食糧の生産が増えれば国そのものだって豊かになる。何が不満だって言うんだ!」
真エボニアムの態度に自然と俺も声を荒げてそう問い掛ける。が…、
「国が豊か? そんな事には余り興味が無いな。」
「なっ!」
多分本心からそう思っているんであろう奴のその返答に言葉を失う。もうコイツとは話し合う余地が無い。
「我が魔王様からこの国を賜った際に仰せつかったのは、魔族が不自由無く暮らせる魔族の為の国を作れというご指示のみだ。国を物質的に豊かにする必要性は感じんな。増して家畜である人族を優遇など、魔王様のお考えと真逆の愚策だ。人族が魔族の者を使役する、この農園はその象徴だ。」
言い放つ真エボニアム。それに対し声を上げたのはミントであった。
「魔族ったってあたい達は人族とのハーフ、魔族からもずっと虐げられて来た立場だ。こんな時だけ魔族扱いかよ、あたい達は今充分満足なんだ。邪魔しないでくれよ! 」
そんなミントをギロリと睨む俺の顔。あえてその視線を遮る位置に移動した俺は、そんな見慣れた顔を睨み返す。
「農園にも、ここで働く人間達にも手は出させない。力づくになってもな! 」
そう宣言して仁王立ちする俺。苛立ちを隠す事も無く何か魔法の準備を始める真エボニアム。
「もう分かってる事だろう、お前の魔法は俺には効かないぞ!」
俺が更にそう言い募ると、忌々しげに舌打ちする真エボ。
「ちっ! 確かにな。どんなトリックを使ってるのか知らんがな…。」
「言っとくけど、この話については私はこっち側よ。私と魔法の撃ち合いで勝てるつもり⁈ 」
いつの間にか俺の隣にいたビオレッタが真エボに凄む。更に苛立った様子の真エボニアム。ビオレッタのこの態度表明には奴の連れていた魔王軍兵士達も大きく動揺する。
「ビオレッタ、貴様まで魔王様の考えに従わんというつもりか⁈ 」
彼女を強く非難する真エボだが、ビオレッタは怯まない。
「貴様までも何も、人族を優遇する様な政策は私の方が先ってくらいよ。何せわたし自身に人族の親友がいるくらいだもの。」
そう言い放ち、更に詰め寄る。
「で、どうするの⁈ 」
それに対し、暫し俺達を順番に睨みつけていた真エボニアムだったが…、
「…そうだな、今の我のなりではお前等には太刀打ち出来んかも知れんな。」
そう言い捨てるとクルリと踵を返し兵士たちの元へ歩き出す。俺が少しホッとした…、その瞬間、突然振り返った奴がいきなりの魔法を放つ! これは…、俺達にじゃ無い、俺達の後ろ。そこに居たのは…、さっき生意気な口をきいたミント! 奴のかまいたちの魔法が飛ぶ!
「ミントぉっ!」
悲鳴に近い叫びを上げる俺、油断してた、間に合わないぃっ!
「きゃあああぁっ!」
「ああっ!」
咄嗟にミントを庇ったのは…彼女の双子の姉、クリム! 背中からズタズタに切り裂かれ、くず折れるクリムを抱き止めるミント。言葉にならない叫びを上げる。
「クリムううっ!」
突然全く別方向の森の中から叫び声! そしてドタドタと駆け付けて来る大柄な魔族の男、クリムとミントの腹違いの兄にして、魔王四天王のあと1人、ダイダンの国王でもあるジン・レオンその人である。又こっそりと妹の様子を見に来ていたのかこのシスコン兄貴。しかし彼の愛する妹は、駆けつける彼の目の前で見る見る生気を失って行く。 これはデジャヴか? ついこの間彼女たちの母親が同じようにして息を引き取るのを、無力感にさいなまれながら見る羽目になったばかりだ…。
「ハハハハハ。お前等自身には魔法が通じなくてもお前らの大事な人はそうはいかんだろう。さあ、次はどいつを…」
「ふざけるなーっ!!」
奴に向かい突進する俺。
「くっ!」
瞬間発動する奴の魔法、ガクンッ! 重さが俺の全身にかかり、増大した重力が俺を地面に押さえ込もうとする…が、今回は俺はそれでは止まらない。俺の拳が魔法行使に気を取られ避け損ねた奴の横っ面に食い込む。吹っ飛ぶ真エボ。俺はそのまま前のめりに倒れて地面に張り付く。が、直後に俺にかかった超重力がスッと霧散する。ぱっと飛び起きた俺が見た先で、兵士達を何人か巻き込んで吹っ飛んでいた真エボがヨロヨロと立ち上がって来る。うわ、顔が無惨にひしゃげてもう俺の顔なのかも分からない。だがもう余りに腹が立っていてそんな事に構っている気にもならない。
更に追撃の為に奴に駆け寄ろうとした俺を後ろから追い抜いて行った者が有る、ジンだ! 暴風の様に真エボに接敵すると、デカい剣を叩き付ける。豪快だが、鋭い剣筋のジンの剣撃は、俺でも避けられたかどうか怪しい。何か特別な力が込められた剣なのか、当たると同時に爆発音と共に炎を撒き散らし、受けた真エボニアムを粉砕した!
炎が収まった時には、真エボニアムの…俺の体は既に跡形も無かった。近くにいた魔王軍兵士も数人巻き込まれており、辺りは爆弾でも爆発したかの様な惨状だ。
「ひえぇ〜っ!」
四天王3人から敵対され、さすがにこれは勝てないと散り散りに逃げ出す魔王軍兵士達。しかし勝利への歓喜などそこには全く無く、即踵を返して妹の元へ戻らんとするジン。だがその時。
(お前までも魔王様のご意志に反意を示すと言うのかジン・レオンよ! 後悔する事になるぞ、いや、させてみせる!)
突然頭に直接響く"奴"の声。"俺の体"を通さない、本来のエボニアムの声だ。やはり"奴"自身は滅びてはいなかったのだ。声はこの場のほぼ全員に聞こえた様で、怪訝な顔でキョロキョロする農夫達…。
「クリム! 頼む、しっかりしてくれェ!」
ミントの叫びに現実に引き戻される。そうだ、チキショウ、クリムが…。
「姉貴ぃっ、クリム姐ぇっ、やっと会えたばっかりの姉妹じゃ無いかよォっ、あたいを又天涯孤独に戻す気かよぉ、頼むよ、1人にしないでくれよおぉっ!」
あのミントが見た事も無い程弱々しく号泣している。
「…泣かないでミント、あなたは1人じゃないわ、ジン兄さんがいるじゃない…。」
ミントの腕の中、微笑みかけながら話すクリムだが、声は今にも消え入りそうだ。
「駄目だってばっ、兄貴はあたいなんか見ちゃいない、あたいじゃクリム姐の代わりにすりゃなりゃしない。あたいも兄貴もあんたがいなきゃ駄目なんだよおぉっ!」
ミントの言葉に無言のジン、否定出来ないって事か。
「そんな事言わないで…これから2人きりの兄妹になるんだよ。わたしの為と思って、仲良くして…」
「するよぉ、仲良くする。でも、3人がいいんだよぉっ、クリム姐も一緒だよおぉっ!」
ミントの悲痛な叫びが響くが、その間にもクリムの命の火は消えようとしている。嫌でも分かる、もう手遅れなんだ…。
「何とかならないのかビオレッタ?」
縋る様な気持ちで俺が傍の天才的魔術師に問い掛ける俺。
「残念だけど、回復系の魔法の心得はないわ。多分この魔大陸全部探しても滅多に見掛けない魔法体系ね。それにこれは…、マリーヴの所のディアン・ケトでも無理よ。余程高度な神の奇跡でも無い限りはね。」
神妙な面持ちで答えるビオレッタ。やっぱりか、駄目なのかチキショウ! ああ…神様、こんなのあんまりだ。そりゃあこのミント、今迄あまり褒められた様な事ばかりして来た訳じゃ無かったかも知れない。でもその分ここまでずっとひとりで生きて来て、ここまで幸福だったとは言えない。その十数年の孤独が突然現れた生き別れの姉によって解消されて、暖かな暮らしが始まってまだせいぜい十数日、なのにもう終わりだってのか? 増してクリムは…、死ななきゃならない理由なんて少しも無い筈だ。頼む! この世界にも神様が居るのなら、クリムを助けてくれ、俺にその力をくれェっ!
『…その願い、聞き入れよう…。』




