バス
僕は、静かな道路をひとりで歩いていました。
誰とも話さず、何も言わず、ただ前を見つめて。
お腹が、少し空いてきたようです。
――あ。前方に、小さなバス停が見えてきました。
「モンシロ町行き」と書かれた文字が、揺れる風にかすかに揺れていました。
ちょうどそのとき、バスがやってきました。タイミングはまるで、何かに導かれていたようにぴたりと合いました。
《これからバスに乗れば、美味しいごはんが待っている――そんな気がしました》
バスの車内には、誰もいません。
運転手さん以外、乗っているのは僕ひとり。
静かな車内に、エンジンの音だけが響きます。
けれど、その音さえも、不思議と心を落ち着かせてくれるようでした。
窓の外には、美しい風景が広がっていました。
広い空、ゆるやかな丘、揺れる草原、そして――
「あっ、あの川……ミハラシ川かもしれません」
この辺りでは透明度の高さで有名な川です。
水面がキラキラと陽光を反射しながら流れていくその姿は、まるでガラスのようで、しばし見とれてしまいました。
そのとき――バスが停まりました。
静かだった扉が開いて、風がふわりと流れ込みます。
乗ってきたのは、赤いスカーフを首に巻いた、犬の女の子でした。
スカーフが風にふわっと揺れて、とてもよく似合っていました。
まるで物語の挿絵から抜け出してきたようなその子は、僕の方へまっすぐに歩いてきました。
「ねぇ君、一人で旅してるの?」
えっ……僕に話しかけているんでしょうか?
「そうだよ。僕はタロウ。一人で旅してるんだ。君は?」
「わたしはレモン。今日はなんとなく、バスに乗ってみたくなっちゃったの」
彼女はそう言って、にこっと笑いました。
「そうなんだ。どこか行きたい場所があるの?」
「ううん、特には。でもね、美味しそうな匂いがする方向に行けば、きっと当たりかなって思って」
その言葉に、僕は自然と笑ってしまいました。
言葉の選び方も、雰囲気も、とてもあたたかくて。
レモンは空いている僕の隣の席に、ちょこんと腰かけました。
「君はどこまで行くの? モンシロ町?」
「うん、たぶんね。美味しいシュークリームのお店があるって聞いたから、行ってみようと思って」
「わたしもそこ、気になってたんだよね。運命だね!」
「運命……なんて、ちょっと嬉しいな」
バスは、ゆるやかな坂道を登りはじめました。
ゴトン、ゴトンと車体が揺れながら、穏やかなリズムで前へ進んでいきます。
会話は少しずつ続きました。
言葉を交わすたびに、ほんの少しずつ、お互いの距離が近づいていくようでした。
「ねぇ、旅っていいね」
「うん。知らない場所に行くのって、ワクワクする」
「それに、知らない誰かと出会えるのも、ね」
レモンの言葉に、僕は静かにうなずきました。
窓の外では、ミハラシ川が太陽の光を受けて、まるで星屑のようにきらめいていました。