モンシロ町へ
「犬と白うさぎの旅」のスピンオフです。
ここは、動物たちだけが暮らす世界です。人間はいません。歴史にも、記録にも、人間という存在は一度も登場したことがありません。誰もその理由を知りませんし、知ろうともしていないようです。なぜなら、僕たちにとっては、これが“当たり前の世界”だからです。
そんな世界で、僕は一匹の三毛猫として生まれました。名前は――タロウ。今は十歳になります。
でも、僕にはお父さんもお母さんもいません。物心ついたときから、いつだってひとりぼっちでした。ずっと孤児院で暮らしてきました。誰かに甘えることもなく、誰かの腕の中で眠ることも知らず、ひとりで朝を迎え、ひとりで夜を越えてきました。
でも、今日からは違います。今日、僕はその孤児院を出て――旅に出るのです。
この世界では、ある年齢になると旅に出るのが習わしなのです。生まれ育った町を離れ、自分の足で、新しい土地を見て、触れて、学びます。そうして初めて、大人の仲間入りができるのです。旅は義務ではなく、誇り。そして、誰にとっても最初の“自由”なのです。
今、僕はホテルの朝食を食べ終えたところでした。ふわふわのパンケーキに、アカリスの店主が淹れてくれた果実の香り豊かなハーブティー。どこか緊張していた気持ちが、少しだけほぐれた気がします。
「タロウくん、いってらっしゃい。いい旅になるといいね」
ホテルの受付で働くシマウマのお姉さんが、そう優しく声をかけてくれました。僕は小さく会釈をして、リュックの紐を肩にかけ直しました。
目指すのは――モンシロ町。
その名のとおり、白く小さな蝶が舞うような、静かで美しい町だと聞いています。そこには、美味しいケーキ屋さん、美味しいお寿司屋さん、それからラーメン屋さんもあるそうです。もちろん、全部初めて行く場所で、初めて食べる味ばかり。でも、想像するだけで、お腹がすいてしまうくらい、楽しみなのです。
でも、本当は、食べものだけじゃないんです。
誰かと出会いたいのです。
誰かと話したいのです。
そして――ひとりじゃない、ということを、感じてみたいのです。
僕は今日から、旅に出ます。これから起こるたくさんのことも、どんな景色も、すべてが僕にとっては“はじめて”です。でも、不安はありません。不思議と、足取りは軽いのです。
さあ、モンシロ町へ――旅のはじまりの街へ向かいましょう。