#エピローグ
夏の風が木々の葉を揺らし、木漏れ日が地面に複雑な模様を描いていた。五月から六月、そして七月へと季節が流れていく、木々は深い緑へと色を変えていた。
あの日、初めて告白した公園のベンチに、わたしたちは並んで座っている。
「ねぇ、萌」
薫がわたしの方を向く。
「夏休みの予定、決まった?」
「まだ全然」
何気ない会話。
でも、今はこの日常が幸せだった。
あれから3ヶ月。
春から夏へと季節が変わるように、私たちの関係は変わったようで、あまり変わっていない。
ただ、ふたりの心の距離が少しだけ近くなった。
幼い頃からずっと一緒にいたけど、今は新しい関係で見つめ合っている。
薫は今日あった出来事を話してくれる。
部活での出来事、授業中に先生が言った面白い話、帰り道で見かけた猫のこと。笑顔も、仕草も、声も、以前と同じなのに、どうしてこんなにも違って見えるのかな。
「ああ、今日暑いね」と薫が空を見上げる。
「もう七月だもんね」
「暑いの好きじゃないなぁ」
薫が水筒の水を飲み、息をつく。
「そういえば、今年も海行く?」
毎年恒例の家族旅行。小学生の頃から続いている夏の風物詩。薫の家族とわたしの家族で一緒に海へ行く。
「うん、楽しみだね」
「去年は泳ぎ疲れて、二人とも砂浜で寝ちゃったね」
「帰ったら真っ赤に日焼けしてた」
思い出し笑いをしていると、
「おっ、公園デート?」
その声に振り返ると、門手くんが立っていた。部活帰りらしく、ユニフォームを着ていた。たくさん汗を流した門手くんがいるだけで、温度が上がるようだ。
「あ、照くん」
「ふたりとも楽しそうだね」
「そうだよ、萌は私の彼女だから」
彼女。薫はその言葉を堂々と言えるが、まだこそばゆい。わたしには少し恥ずかしくて、赤くなってうつむいてしまう。頬に熱が集まり、耳まで火照るのがわかる。
「もう、隠すことないのに」と薫が笑う。
薫の言う通り、もう隠すことはないけど、まだ照れるのは仕方ない。
門手くんはにやりと笑い「お似合いだね」と立ち去っていった。
わたしたちの関係はクラスの皆に少しずつ知られるようになった。驚く人もいたけれど、「前から気づいてたけどね」と言う人も。
門手くんに最初に報告したとき、嬉しそうに「よかったね」と言ってくれた。
彼も薫のことが好きだだったのに、わたしと薫のことを応援してくれた。ライバルなんて言いながら今では感謝しかない。
薫が公園の小道を歩き始め、わたしもそれに続く。季節を重ねた木々の間を風が通り抜け、二人の髪を優しく撫でていく。
「今年の海は少し違って感じるかもね」と薫が見上げながら言う。
「どうして?」
「だって……」
薫は少し赤くしながら、少し俯き言葉を選ぶように間を置く。
「今年は違うからね」
「ふふ、そうだね」
思わず笑みがこぼれる。いつもと同じ光景なのに、きっと全く違って見える。
幼い頃は砂の城を作って遊び、中学生になれば深いところまでふたりで泳ぎ。同じ風景が、今年はどんな色に見えるだろう。
「なんか、あっという間だったような、でも長かったような」
空を見上げながら薫が言う、
首を傾ける。
「あの日から、わたしたちもう3ヶ月だね」
そうだ、この公園で。わたしが薫に告白してからもう3ヶ月だ。互いの気持ちを知って、付き合う前と何が変わって、何が変わらなかったか。
夕方の帰り道。
西日を浴びながら二人で歩く。
信号で止まった時、薫がさりげなく私の手を握る。小さい頃から何度も繋いだ手なのに、今は少し違う温かさがある。
分かれ道まで来た。ここから私と薫は別々の道を帰る。いつもならすぐに別れるのに、今日は薫がなかなか手を離さない。
「どうしたの?」
「あのね、萌」と薫が顔を上げる。
「あの日、告白してくれてうれしかった」
薫が私の手をぎゅっと握る。
「わたしこそ」
薫の目をしっかりと見つめ、微笑む。
「薫が好きって言ってくれたから、わたしも言えたんだ」
薫が微笑む。
ふたりでしばらく見つめ合ってから、薫が言う。
「うん、じゃあね」
「じゃあね、また明日」
薫が振り返る。「あ、そうだ。萌のヘアピン、いつもつけてくれて嬉しい」
思わず髪に触れる。あの日プレゼントしてくれたヘアピン。
「大事なものだからね」
「ほんといつも似合ってるよ」と薫が嬉しそうに笑う。
そしてわたし達は別々の道を歩き始める。幼い頃から何度も通った道。でも今は、薫との心の距離がもっと近くなった気がする。
薫といると普通の日常が愛おしい。
これからも、この穏やかな日々が続いていく。
きっと、ずっと。