#6
ドキドキが止まらない夜、ベッドに入りスマホを眺めていた。
何かすることがわけではないけど、何かしてたい。してないと思い出してしまう。
「萌のことが、ずっと好きだった」
頬に薫の手が触れる。
突然のことにわたしは固まってしまった。
「そういうことだから、ね」
そう言って薫は帰ってしまう。
思い出すたび、「あぁ~!」と枕を口に当て足をバタバタさせながら悶える。
薫はわたしのことが好き、どうしよう。
これからどんな顔して薫に会ったらいいんだろう、普段通りの顔できるかな。
「このままじゃ薫の顔みれないよ……」
ベッドの上でゴロゴロ転がる。少しづつ焦りが込み上げてきた。
メッセージアプリを開いても、何を書いていいかわからず、カーソルが点滅しているだけで虚しい。
簡単なメッセージを送るのだけで時間をかけてしまう。
送信ボタンを押した後、返事が来るまでの数分間は永遠に感じた。今までなら気軽に押せた送信ボタンも、今はこんなにも重たい。
『つぎの休み、遊びに行かない?』
「もし返事がなかったら…」とそんな不安が頭をよぎる。すぐに「ぽこん」と通知音が響く。薫から返信。
『うん!いきたい!』
よかった、救われた気がした。
『映画いかない?みたい映画があるんだよね』
薫から誘ってくれる。
『いいね、映画いこう』
『うん!会えるの待ってるよ』
胸がキュッと締め付けられる。スマホの画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。そのメッセージを何度も読み返して、その意味を噛みしめる。
「まってる……か……」と小さく言葉にしてみる。
返信しようとして、『今日の返事も…』なんて言えないことを書いては消してを繰り返し、
「いつもなんて返してたっけ…」と薫のやり取りを遡り、同じ文章を送ることにした。
『楽しみにしてるね』
今夜はあまり眠れないだろうな。でも、今はこの心臓の鼓動に幸せを感じる。
明日からの学校生活はいつも通り、薫と過ごすことができた。
薫の笑顔も、仕草も髪も、かわいいままの薫がいた。逆にいつも通り過ぎて、「意識してるのはわたしだけ?」とも感じてしまう。
週末は、駅前の時計台の下でスマホを見ながら立っていた。待ち合わせの時間より30分も早く着いてしまった。
親友と待ち合わせしているだけなのに、とても緊張している。
駅の柱に反射する自分を見てまた前髪をいじる、左に流してみたり、右に流してみたり、
「へんじゃないかな」と薫を待っていた。
「大丈夫かな、わたし……」
鏡で見た自分の服装に、まだ不安が残る。髪型も何度も直したけど、いつもと変わらない。もっと可愛くなれたらよかったのに。薫の前でこんなに緊張するなんて、初めてだ。
人の歩く音が気になる、薫はいつ来るだろう。
1分が10分に、10分は一生にも思える。
そんななかで、駅の階段を上ってくる薫を見つけた。
待ち合わせの20分前。わたしだけじゃなく、薫も予定より早く来ていた。
休日の薫を見るのは何度目だろう。あの白いブラウスも、青いスカートも、何度か見たことがある。でも今日は全然違って見える。何年も知っているはずの薫なのに、胸の高鳴りはなんだろう。
こちらに気づいた薫が、手を挙げ、大きく振りながら駆け寄ってくる。
「お待たせー!」と明るく笑いながら薫が近づいてくる。
「おまたせ、待った?」
「ぜんぜん!わたしも今来たところだよ!」
薫の笑顔に、胸がキュッと締め付けられる。
「萌、今日の服可愛いね」
「そ、そう、かな?」
そんな事言われたら照れてうつむいてしまう。どれだけ褒められても嬉しい、今日は特に。
すると、薫の靴が視界に入る。近い。「薫も可愛い」と顔を上げると、薫が顔を近づけて微笑んでいた。
爽やかなシャンプーのような優しい香りがする。
恥ずかしくなって視線をスマホに落とした。
「……映画まで時間あるね。薫はどこか行きたいところある?」
「あ、駅前に新しくできた雑貨屋さん、あそこ見てみたいかも、」
「いいね、わたしも気になってた」
「よし、じゃあいこ?」
薫が自然にわたしの手を取る。
温かい。柔らかい。
小さい頃から何度も繋いだ手なのに、今日はこんなにドキドキする。
これって…もしやデートかな。そう思うだけで、顔が熱くなる。
「ねぇ萌」
「ん?」
「私、今日楽しみだったよ」
「もちろん、わたしも……だよ」
恥ずかしい、でも、繋いだ手は離さない。
初めての……なんて呼べばいいかな。
昔から一緒にいた薫なのに、今日はまるで初めて会った人みたい。
「あ、あそこだ!」
薫の指さす先に、おしゃれな外観の雑貨屋が見える。
雑貨屋の中はカラフルな小物でいっぱいだった。
キラキラしたアクセサリーや、かわいい文房具、おしゃれな小物たち。
薫ならなんでも似合いそうだ。
「萌、これ似合いそう!」
薫が手に取ったのは、小さなの金色の星のヘ アピン。シルバーに輝く星が可愛いものだった。
「つけてみる?」と薫が差し出す。
「うん……」
薫の指先が髪に触れた。その瞬間、息が止まる。
薫の表情がはっきりと見え、真剣な眼差しと、少し緊張したように引き締まった唇。
わたしも緊張する。
「できた!……うん、似合ってる!見て!」
薫が鏡を指さす。
「ほんと?」と触ってみる。確かに、シンプルだけど可愛い。
「似合うよ萌、プレゼントする!」
「え!?そんな悪いよ!」
「いいの!」と薫が首を振る。「今日の思い出に、ね?」
思い出。その言葉に胸が温かくなる。
薫の優しさが胸にしみる。薫も大切にしてくれているんだ、この瞬間を。
映画館のほうに歩きながら、自然な会話が弾む。
学校の話、友達の話、見たドラマの話。
いつもの会話なのに、最近できてなかったこと。
映画館に着くと、ロビーは人でいっぱいだった。
話題の恋愛映画の大きなポスターが飾られてる。幼馴染から恋人になる二人の物語。
気になるあらすじに心が揺れ動く。
「これが薫の見たいって言ってた……」
薫のほうを見ても頷くだけだった。
席に座って周りを見渡すと、多くの男女のカップルが座っている。わたしたちは……誰が見ても友達に見えるんだろうな。
そんなことを考えていると、映画の予告編が始まり、徐々に照明が暗くなっていく。
暗闇の中、ふいに左手に温もりを感じた。
薫の手がそっとわたしの手を包む。
びっくりして薫を見ても、まっすぐスクリーンを見つめたままこちらに視線を向けない。その横顔から、そして指先から、薫の緊張が伝わる。
誰にも見えない暗さの中で、ドキドキが止まらない。
わたしもその手を握り返す。
スクリーンには、幼い頃の約束を守り続ける主人公と幼馴染が映し出される。
互いに恋愛感情を抱きながらも、すれ違い続ける二人。
自分たちと重なって見えて、妙に胸が締め付けられる。
「この二人、わたしたちみたいだね」と薫が小さく囁く。
映画のクライマックス、主人公たちが想いを伝え合うシーンで、薫の手がわたしの手をぎゅっと握る。
薫の横顔が濡れているのが分かる。自然とわたしの目からも涙が溢れていた。
映画の音楽の中でも、心臓の鼓動、指の震え、手汗がわかる。
エンディングが流れ、映画館を出ると太陽がまぶしかった。
まだわたしたちは手を繋いだままで、二人歩き始める。
「あの告白のシーン、私泣いちゃったよ!」と薫が言う。
「わたしも、主人公の告白の言葉、すごく素敵だった」
「うん!ずっと好きだったって気持ちが伝わって……」
言葉の途中で、薫が少し照れたように俯く。
「……それに曲も良かったよね!」と話題を変える。
会話をしながら歩いていると、公園が見えてきた。あの日、薫の気持ちを知った公園。
「ねぇ、少し休憩しよ?」とわたしが言う。
「うん」
わたしは薫を連れて、公園の静かな場所へ向かった。
ベンチに二人で座る。
五月の風が木々の葉を揺らしている。木漏れ日の涼しいベンチだった。
薫をここにつれてきたのは、もちろん告白の返事がしたかったから。
「薫」
「うん?」
「わたしね、勘違いしてたんだ」
話していてどんどん恥ずかしくなる。
心臓がドクドクと早くなっていく。
「薫がね、門手くんのこと好きになっちゃったと思ってた」
「知ってるよ、私も萌が照くんと付き合ってると思ってたし」
薫は微笑む。
「この前はね、わたし、うれしかったんだ」
「え?」薫の頬が赤くなる。
「薫がわたしのこと好きって言ってくれたこと」
「萌……」
「でも、あの日は答えられなかった、薫との関係が壊れるかもしれないのが怖くて」
わたしが伝えるたび「うん」と薫が頷く。
「でもほんとはそんなことないのはわかってたけど…」
言葉を選びながら、でも止まらない。
「だから、ちゃんと答えたくて……薫の告白に」
顔が燃えるよう。でも、もう恥ずかしくない。
そして、薫の目を見つめる。
「薫、わたしも好きだよ」
「うん!」
薫が飛び上がるように立ち上がり、わたしに抱きついてくる。
「待ってたよ、萌!」
二人の気持ちが重なり合う瞬間。
五月の風が若葉を揺らし、木漏れ日が二人を包み込む。
「これからも、ずっと一緒だよ」
そっと近づく二人の影。
これから始まる新しい物語の第一歩。