#4
私には好きな女の子がいる。
パーマのかかったふわふわの髪は、いつも甘い匂いがする。
大きく丸々とした目がまるでうさぎみたいに可愛らしく、笑うと三日月のようになる。
私より少し小さめでな背も、守ってあげたくなるような愛らしい子だ。
名前は木美月 萌子。
私は萌って呼んでいる。
物心ついた時からずっと一緒だった。家族ぐるみで仲が良く、高校生になった今もそれは変わらない。
だからこそ、あの日、あの日見てしまった光景が、胸を刺す。
萌と照くんがカフェで、楽しそうに話していたその笑顔が、なんども脳裏に蘇る。
胸を締め付けるような痛みを抱えながら、私はベッドに沈み込むように目を閉じる。
心臓がまだバクバクしている……ふたりは付き合ってるの?
「どうして……萌」と呟く。幼馴染の私も知らないところで、好きな人が誰かといるのを見るのがこんなに辛いものだとは思わなかった。胸が締め付けられるよう、痛い、耐えられない。
ピピピッとアラームに起こされる、もう朝になった。どんな顔して萌に会ったらいいかな、あの日は衝撃のあまり逃げて来ちゃったし……。
食事中も、歯磨き中も、通学中も、朝練で走ってる時も、あの光景が離れない。
朝練の後、教室の扉の前で私は立ち止まっていた。
中からは、いつも通りのクラスメイトたちの声が聞こえてくる。
どんな顔をして入ればいいんだろう、少しだけ覗いても、萌が見えるとまた躊躇する。
昨日見た光景が、また脳裏に浮かんでくる。
普段通りの声で、普段通りに挨拶して、普段通りの距離感で...でも、今の私にはそれが一番難しい。
その時、チャイムが鳴り響いた。
「あっ!」と慌てて教室に入る。
「おはよ、今日はちょっと遅いね」
萌がに声をかけられて一瞬動けなくなる。できるだけ平静を装って挨拶を返す。
「あ、おはよー、部活がちょっと長引いてね」
萌に嘘がバレてないか心配。
ホームルームが終わり授業が始まった、でも心の中は萌のことでいっぱいで、授業の内容は全然頭に入ってこなかった。
授業の終わりのチャイムが鳴る、どうしよう。私から話したほうがいいかな?それとも触れないほうがいいのかな?気持ちの整理が追いつかない。
「薫、ちょっといい?カフェのことで」
「あー!日直だから黒板消さないとー!」
逃げてしまった。
その後も萌は授業が終わるたび話しかけてくれたけど、まだ何から話せばいいか分からないず、何かと言い訳して逃げてしまう。
「薫、一緒に……」
「あー!ごめん部活のミーティングがあるんだ!ちょっと行ってくるね!」
萌の悲しそうな顔が脳裏に浮かぶ、「なんて私は臆病者なんだろう」そう心のなかで責める。
逃げるように部活の友達のところへ。
それと同時に、照くんが目に入った。
萌の机の前に照くんが立っている。
「ちょっとこっち!」
照くんが萌の手を優しく取る。その瞬間視界が揺れる、世界から色が落ちていく。
「萌……?」かすれた声が漏れる、友達の話し声が急に遠くなったように感じた。
ふたりが教室を出ていく姿がゆっくりと遠ざかっていく。
萌……そういうことなの……?
その日、もう萌が話しかけてくることはなかった。
「ふぅ……今日は萌と喋れなかった……」
言葉にすると余計に落ち込むでしまう、今日は何をするにもやる気がでない。
「ふぅ」とため息ばかりで運気が逃げてしまいそう。もう運なんてないのかもしれない。
部活が終わり下駄箱を開けると、小さな手紙が落ちてきた。
差出人の名前を見てさらに驚いた。
「話したいことがあります、きてください。―門手 照」
照くんが……私に?
これは萌のことなの?
胸の鼓動が早くなるのを感じながら、手紙をポケットにしまう。
照くんに指定された公園に着く頃には、もう日は傾きかけていた。
「照くんー?」
呼んでみても反応がなかった、照くんはまだ来てないのかな。
まだ冷たい風が頬を撫でる。少し肌寒くなってきた。
「薫!」
聴き慣れた声に、心臓が跳ねた。
声の方を見ると潤んだ目をした萌が立っていた。
「も、萌!?なんでここに!」
震えた声で、どうして萌が、まさか照くんはこのために?
「薫、お願い、話を聞いて!」
萌の真剣な瞳に、わたしは逃げるのは辞めた。いや、もう萌から逃げたくない。
「……うん」
公園のベンチに並んで座る。二人の間にはしばらくの沈黙が流れる。話したいことはたくさんある。でも何から話したらいいの……
深呼吸して、覚悟を決めて、一番気になることを聞く。
「萌……さ、照くんと付き合ってるんだね」
自分で、自分が言ったのに、その言葉に胸が締め付けられる。もし萌が頷いたら……
「違うの!」
突然の萌え大きな声顔を上げる。
「わたしは門手くんと付き合ってないよ、あの日は相談を受けてたの」
「そ、相談?」
「うん。門手くんには、好きな人がいるみたいで」
その言葉は私の世界に色をつける。
「その人のことで、門手くんと話してただけなの。」
緊張が解けていくのが分かる、そうだったの?と思わず声が弾む。
「そっか、よかった」と胸を撫でおろす私に、萌は不思議そうな顔をする。
「え?よかったって……?」
はっとして両手で口を押さえた、
「薫?」
気づかれたかな?
でも、もう逃げないって決めたし。
観念したようにどこか恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに話す。
「私もね、好きな人がいるの」
「誰かはまだ言えない、その人が私の気持ちを理解してくれるか分からないし…」
言葉を、萌に伝えるたび、心臓がドクドクと音を立てているのが分かる。
「明日からは…もう避けない?」
萌の声は少し震えていた。
「うん、当たり前じゃん!」
立ち上がって、迷わず萌の手を握る。萌の温もりを感じる。今はその温もりが特別なものに感じる。
「好きだよ萌」そう心の中でつぶやく。
「帰ろ?」
「うん」
夕暮れから夜に変わる街を歩きながら、私は願う。
いつか、この想いが萌に伝えられますようにと、そう晴れた夜空の一番星に願った。