五軒目
― Ⅲ ―
―― 五軒目 ――
それは、湿地の近くにある教会で、いつもはシスターがいて、おいしいパイを焼いてくれるのだが、いまはシスターは大事な用ででかけていて、留守を守るのは元聖父である男だった。
この国で大半の人間が信仰する聖堂教という宗教の、教えを守り人々を導く手伝いをする聖父。その役目を担っていたジョーこと、ジョゼフ・コーネルは、あるときから『魔女』や『鬼』がこの世界に実在するのを主張しはじめて、教会をおわれ、正式な聖父からおろされた。
いまでは、うらのほうで聖父をやっているのだが、それに関しては、どの裏なのか、とか、どこでやっているのか、などは、口に出していえない。
だが、この湿地の教会は、ジョーが仕事をする場所のひとつだということだけは確かだ。
元聖父は、シスターの部下であるネズミたちに頼んで、教会の地下への扉をあけてもらい、ながくてきゅうな階段を、闇のなかへとおりてゆく。
すると、しばらくして、若い男の声が暗いなかに朗朗と響いた。
『 なかなか、おもしろいツアーだった 』
ジョーはそこで足をとめ、暗く冷たく、どこまでも広いこの地下に立つ男をみる。
階段のつくられた壁に、ところどころ置かれたたよりないろうそくでみえたのは、浅黒い肌に黒い布をまとい、せなかには黒い羽がはえた男だった。
黒く縮れた髪と魅力的に整った顔の男は、その真っ黒な目をジョーにむけた。
目をふちどる濃く長いまつげが巨大な鳥の尾のようで、すぐそこでジョーをまるごと映す目玉は、どこまでも黒い。
男は、巨人だった。
階段のゆきつく場所はまだ見えないが、巨人の足はその最終地点にあるはずだ。
『 おまえの近くだからか、ちょっと人間らしくないヤツらが多かったが、まあ、満足したと言ってやろう 』
「それはなによりだったな。おれがきいたはなしじゃ、かなり収穫があったとおもうが」
『 うむ、まあ、報告書はじゅうぶんつくれる。なにしろ六百年ぶりほどになるからな 』
「まだ先住民たちが死者の休日を祝っていたときと比べるのか?あまり意味がないように思うが」
『 まあ、ここまで人間の暮らしが変わるとは、思ってみなかったからなあ。 だが、こんかいのおれの調査によって、確かなことがわかったぞ。 ―― 人間どもにはまだこの先も、死者の休日が必要だ。きゅうくつな墓の中から、死者が自由にでられる祭りだ。 古い習慣だからもういらないだろうなんて言ってるやつらは、このおれが黙らせる 』
「そうしてくれると、―― おれたちもたすかる。墓守のおまえからの意見ならば、ききいれられるだろう」
『 あ、思い出したぞ、いいか聖父、最後にレイのところにいた《番人》の男が、おれのこどもになった姿をゆびさしてわらいやがったんだが、あれはきっと尻についた矢印みたいなあのシッポのせいだろう?本物の墓守は、こんなに立派な尻尾だと、はっきり伝えておけ 』
男のあしもとの闇の中から、しなやかな動きであらわれた巨大な蛇が、ジョーに赤い口をあけてみせた。
「そういう仕事はうけていない」
『 なんだと? それではこのおれの威厳というものが、 あっ、わかった。 ―― ならば、来年まで首をあらってまっておけ、と伝えておけ 』
「だから、そういう・・・ ―― おまえ、また来るのか?」
死者たちが、年に一度だけ、《きゅうくつな墓》という《死者の国》から出て、すきなところへでかけることができる日がある。
それは、『死者の休日』とよばれる祝日であって祭りでもあり、死者たちが、死んでいるのを休むことができる、《良い休日》のことである。