ココア
台所から、ココアの甘い匂いがひろがり、レイが三つのカップをのせた木製のトレーをテーブルにおいた。
「チビにやる菓子なんて、なにかあったか・・・」
「いいんだよ、トム。この子、もう両手でもてないくらもらってるんだ」
いや、ここにたしか、と台所の棚をさぐっていた年寄は、あった、といってマシュマロのはいった袋をとりだした。
「このまえウィルぼっちゃまがきたとき、おいていきなさった」
いいながら、袋をあける。
「ほウれ、チビすけ、これをな、ここに入れてみろ」
年寄りは、とりだしたマシュマロを、こどもの小さな指にもたせると、カップをさす。
こどもはレイの顔をみてから、白くてやわらかいそれを、カップの中に落とす。
レイがスプーンでかきまわすと、ココアに浮いた白いマショマロが、ぐるぐるまわりながら、小さくなってゆく。
「どうだ?不思議だろう?デイジーもこうやって飲むのが好きで、いつもマシュマロの袋がカップのそばにあったもんだ」
妻の名前をだしながら、マシュマロのふくろをそっとなでる。
レイはスプーンですくいとったココアに息をかけて冷まし、こどものくちもとへはこんでやった。
こどもは、それにかわいい口をそっとつけて、ココアをのみこむと、すぐにおかわりをねだるように、カップをゆびさす。
トムがわらいながらこどもの分のカップをとりあげて、ふうふうとさますように息をふきかける。こどもはひっしに息をふく年寄をじっと見守る。
しばらくして、これでもうへいきだろう、と年寄はカップをこどもの前においた。
すると、 ―― こどもは、ちいさな手を、年寄のしわだらけの手にのばし、みじかくてやわらかいゆびさきで、そのかさついた皮膚を、ふくように、ゆっくりなでた。
「 ・・・・・ああ 、 」
空気がもれるように息をはいた年寄が、そのこどもの手をにぎり、そこにいるのか、と毛糸のひざ掛けのかかる椅子をみる。
「 あいつが、・・・病気になってベッドで食事をとるときに、こうやって、スープなんかをさましてやると、かならずこうやって、 指先でね、わしの手をなでるんでさ。 ・・・レイさま、わしの妻のデイジーが、《死者の休日》ってやつで、かえってきたようで・・・」
年寄りは、こどもの小さな手をにぎり、潤んだ目でレイをみあげ、もう片方の手で、こどもの小さな頭を、なんどもなでた。