表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王様は気苦労が絶えない。

作者: 春瀬湖子

 とある時代のとある国。

 戦争もなく、瘴気によって現れた魔獣の被害も異世界から隣国に来た聖女のお陰で収まったらしい。

 つまり至って平和。平和そのもの。

 だが、それでも仕事はある訳で──


「王様、大変です!」

「どうした?」

 焦りながら俺の執務室に飛び込んできたのは一人の侍従。その焦った様子に俺と、そして俺の側近は顔を見合わせた。

 

「侯爵家の三男が公爵家嫡男を相手に貴族裁判を求めております!」

「なに?」

 

 貴族裁判。それは貴族を相手取り自身のプライドと貴族としての威信をかけて行う裁判だ。そしてその裁判に判決をくだすのも王である俺の仕事になる。

 

「ふむ、一体何でまたそんなことを」

 

 しかも相手は格上の公爵家の嫡男。その穏やかではない話に俺の眉間に皺が寄る。格上相手だから貴族裁判という大舞台を持ち出して来たのだろうが、それでもリスクはかなり高い。

 そうでもしなくてはならないほどの何がふたりにあったのか、と俺は息を呑み侍従の次の言葉を待った。

 

「酒屋で引っ掛けた令嬢が、なんと公爵家の嫡男だったそうです」

「令嬢が、嫡男?」

「なんでも大きすぎて痔になった、と騒いでいるそうで」

 

 なんだろう。女装でもしていたのだろうか。

 詳しく聞いていいかわからないその部分はひとまず置いておき、俺は続きを促した。

 

「……んんッ、そ、そうか。それで」

「訴えられた公爵家側は、責任を取るから嫁に来るよう三男へ申し入れています」

「めくるめく世界を堪能したのか……」

 

 三男側も下心があったから声をかけて宿屋へとふたりで入ったのだろう。突っ込むつもりでいたのに痔になるくらい抱き潰されたとなれば、男としてのプライドが傷ついていてもおかしくはない。

 

(正直裁判する方が、何があったか公表することになってプライドが傷つくと思うのだが)

 

「三男側はどんな反応なんだ?」

 

 裁判を言い出すくらいなのだから嫡男へ思うところがあるはずだ。もしかしたら公爵家側の言い分を聞き、怒り狂ってこの裁判を言い出したのかもしれないと思ったのだが、侍従から裁判の告訴状を受け取った俺の側近がそっと耳打ちする。

 

「なんでも、『別に責任取ってなんて言ってないんだからねッ』だそうです」

「は?」

「責任感で結婚なんてしたくない。俺だからと申し込むなら話は変わるが仕方なくで責任なんか取られたくない、とのことでした」

 

 どうやら三男側の本当の目的は、結婚以外の賠償でいざこざをなかった事にしたいということなのだろう。

 気持ちのない結婚をしたくない、という本心が見え隠れしている。

 

(だが公爵家側も嫡男の嫁にと三男を選んでいるんだ)

 

 責任なんて公爵家ならば圧力でその夜を無かった事にしてもいいし、お金で解決してもいい。跡継ぎ問題だってある。それなのに、責任を取るために結婚を申し込んできたという部分に違和感を覚えた俺はある結論に辿り着いた。

 ──つまりふたりとも、満更ではないのだろう。

 

「わかった。裁判は教会でふたりだけでしろと伝えとけ」

「あ、ついでに『お幸せに~』も付け足してくださいね」

 

 俺の決定と、側近の追伸に眉を下げた侍従は、困惑を浮かべながら頭を下げて執務室を出て行った。


「初々しかったですねぇ」

 

 ははっと軽く笑う側近に、思わずため息を吐く。

 

「痴話喧嘩に国を巻き込まれてもな」

「男同士の恋愛なんて珍しくないんですけどね」

 

 さらっと告げられたその言葉に思わず首を傾げる。

 

(男同士の恋愛が珍しくない?)

 

 別にそういう性的趣向に偏見を持っているわけではないが、一般的には男女の恋愛の方が多いだろう。

 不思議に思い、詳しく聞こうと口を開いた時だった。

 

「王様、大変です!」

「またか!?」

 

 焦りながら俺の執務室に飛び込んできたのは、さっきとは別の侍従。そしてさっきと違う点がもうひとつ。今飛び込んで来たその男は、ある一冊の本を手に持っていた。

 

「……なんだ? それは」

 

 何故だろう。ものすごく嫌な予感がした俺は、眉間を指でほぐしながらそう聞いた。

 

「異世界からやってきた聖女様の作られた本です!」

 

 世界を瘴気から救うために異世界から召喚された聖女。なんでも素晴らしい聖力で瘴気を祓い、魔獣の被害を抑えた功績で王太子から求婚されたという噂も聞く彼女が、何故俺の国で本を出しているのだと首を捻る。

 

「なんでも隣国では回収騒ぎにあい、この国で密かに販売していたようで」

「回収騒ぎに?」

 

 その穏やかではない言葉にじわりと冷や汗が滲む。救国の聖女の作った本が回収されるだなんて、一体どんな内容なのだろうか。

 思わずごくりと唾を呑んだ俺は、侍従から本を受け取りパラパラと読んでいた側近へと視線を送った。

 

「ふふ、これは確かにとんでもない本ですね」

「な、何が書いてあるんだ!?」

「率直に言うと、恋愛小説です」

「恋愛小説」

 

 思ったより普通の内容に思わず安堵の息を吐いた俺だったが、側近が続けた言葉に愕然とした。

 

「勇者パーティーの内部恋愛の本でした。それも勇者と魔導士の」

「ゆ、勇者と魔導士の!? 勇者っていったら、王太子のことだよな」

 

 瘴気を祓い世界を救うために隣国で結成された勇者パーティー。

 それは隣国の第二王子と、若き王宮魔導士、そして騎士団長の息子と異世界から召喚された聖女で結成された四人のことである。

 中でも第二王子はこの戦果により勇者と呼ばれ、立太子されたのだ。その王太子と、魔導士との恋愛小説となれば注目を集めるに決まっている。

 

「だが、王太子は聖女に求婚しているらしいが」

「だから小説なんでしょう。つまり、男同士の恋愛が聖女様の性癖なのでは?」

「それはなんとまぁ……ご愁傷様、だな」

 

 求婚した相手が、自分と別の男の恋愛を本として売り出していたとなれば、それは回収騒ぎにもなるだろう。

 それも大注目の勇者パーティー内の恋愛だ。創作であったとしても、王太子としてはたまったもんじゃない。

 

「もしかしたら魔導士との恋愛を隠したくて聖女様に求婚されたのかもしれませんね」

「そういう邪推するやつがいるから回収したんだろうよ、隣国王家は」

 

 そして問題はここからだ。この本が密かに俺の国で販売されている。

 隣国とはいい付き合いが出来ており摩擦もない。むしろ我が国としては、世界を救ってくれた隣国に感謝しており出来ることがあるならばいくらでも手を貸したいが──

 

(聖女がいなければ瘴気は祓われなかったんだよなぁ)

 

 となれば、国を優先するべきか聖女を優先するべきか。どちらの顔も立てるにはどうするべきかと思案した俺は、大きなため息を吐いた。

 

「販売は禁止だ、見つけ次第全て回収しろ」

「いいんですか? それだと逆に王太子×魔導士か、魔導士×王太子を認めているようですが」

「な、なんだ? その『×』って。左右で何か意味が……いや、説明はするな。俺は知りたくない。だがお前の意見も理解できる。販売は禁止するが、王宮書架の重要書物庫にて閲覧可能にする」

「あぁ、確かにそれならどちらの顔も立てられますね」

 

 隣国が販売を禁止したものを売る訳にはいかないが、世界を救った聖女の本を抹消するわけにもいかない。そこでこの本を貸出不可の閲覧可能書物にすれば、本として一般には出回らないので隣国としても最低限のラインは守られ、聖女の顔も立てられるだろう。

 まぁ、俺としては隣国の王太子の本命が聖女でも、実は聖女の本の通り魔導士でもどっちでもいいしな。


 俺の決定を聞いた侍従がすぐさま頭を下げて執務室を出る。

 隣国よ、助けて貰ったがすまない。これ以上はどうすることも出来ないと、内心謝罪した俺は疲れを癒すべく温かい紅茶でも飲もうと思った──その時だった。


「王様、大変です!」

「今度はどうした!?」

 

 またもや俺の執務室に飛び込んで来たのはまたまた別の侍従だった。今度は何故か、男物の下着をその腕に抱えている。

 

(既に嫌な予感しかしない)

 

 流石に三度目ともなるとうんざりしてしまうが、俺はこれでも一国の王なのだ。

 部下の言葉に耳を傾けるのは当然で、頭を抱えたくなるのを必死に堪え、次の事件はなんだと顔をあげる。

 

「騎士団の下着泥棒の犯人が見つかりました!」

「な、なに?」

 

 侍従の言う下着泥棒の件は俺にも既に報告の上がっていた事件で、王宮近衛騎士団の制服、それも男物の下着を中心に盗難が相次いでいるというものだった。

 その事件の犯人が見つかったというのであれば事件解決でハッピーエンドというやつだと思うのだが、何故か侍従の視線が左右に泳ぎ言いづらそうにしている。

 

「お、おい、その犯人とは」

 

 堪らず俺が催促すると、意を決したように侍従がぎゅっと目を瞑り口を開いた。

 

「王様の専属護衛騎士の男です!」

「えっ」

「あぁ、あいつ筋肉好きだったもんなぁ。そういう趣向での『好き』だったのか」

「えっ」

 

 侍従の言葉と、重ねられた側近の言葉に狼狽え間抜けな声をだした俺の額にまたも冷や汗が滲む。

 俺の騎士が下着泥棒? そして筋肉好き? そういう趣向で?

 何ひとつ知りたくない言葉の羅列にくらくらと眩暈を起こしつつ、俺はそっと側近へ耳打ちした。

 

「聞かなかったことにしたいんだが」

 

 だが俺のその切実な願いを鼻で笑った側近が、嫌な笑顔で俺を見つめる。

 

「無理でしょう」

「やっぱりか」

 

 はぁ、と俺がため息を吐くと、何を思ったのかビクリと肩を跳ねさせた侍従が慌てて詳細を付け足した。

 

「なんでも、好みの下着を夜な夜な漁っていたとのことです! もちろん使用後には洗って返却していたとのことで」

「おい、使用後って何に使ったんだ、ナニじゃないよな?」

「いやだなぁ、王様だって使ったことあるでしょう」

「ないぞ!? 俺は騎士団の下着を不埒なことに使ったりなんか」

「えー、王様ってばノーパン派でしたっけ」

「誤解すぎる!」

 

 ふぅん、と顎に手を当てた側近を睨みつけつつ慌てて侍従の方を見ると、可哀相なくらいに青ざめている。俺の顔が怖いのだろうか。まさか俺にもそんな性的趣向があるだなんて思ってないよな?

 

(俺の護衛騎士が犯人だったんだ。その上司たる俺も同類だと思われているのか?)

 

 これは厳重に罰を与えねばならない。

 決して俺も同類だと思われたくないからではなく、あくまでも被害者のためだ。被害者のために許すわけにはいくまい。俺も被害者みたいなものだしな。

 

「仕方ない、護衛騎士はクビだ」

「おや、王様にしては厳しい処罰ですね」

 

 俺の決定に珍しく側近が驚いた声をだした。だが仕方ない。俺の名誉もかかっている。

 

「今回は明確な被害者がいる、いくら俺の護衛騎士だからといって処罰しない訳にはいかん」

「そう、ですか……」

 

 いつも飄々としている側近が、悲しげに瞳を伏せたのを見て思わず息を呑む。

 そうか。護衛騎士のあいつも俺の側近のひとり。突然の同僚のクビにショックを受けてしまったのだろう。

 

「せめて次の仕事の斡旋はしても?」

「お、おう。もちろん構わない。長く勤めてくれていたことに違いはないしな」

 

 側近のその言葉に俺は慌てて首を縦に振る。

 本来ならば次の仕事の斡旋なんてするべきではないのかもしれないが、今回だけは特例として見逃して欲しい。

 そう内心で弁解していた俺に側近が提案した次の仕事先は。

 

「鉱夫なんてどうでしょう。僻地の山にでも送るんです」

「なるほど、お前も被害者だったのか」

「あはは。まさか」

 

 にこりと口角をあげる側近の笑っていない笑顔に悪寒がした俺は、そのまま侍従へと護衛騎士を鉱山へ送るように指示を出したのだった。


「お疲れ様でした」

 

 ことりと机に置かれたカップを口にすると、熱い紅茶にふわりとブランデーが香りホッとする。

 香りづけに少しだけブランデーが混ぜられたその紅茶は、仕事が終わった俺を労うようにいつからか側近自らが淹れてくれるようになったものだった。

 

(この紅茶が出て来たってことは今日の仕事は終わったということだな)

 

 紅茶で疲れを癒しつつ、ここからは上司部下ではなく幼馴染であり親しい友人として側近の方をちらりと見る。

 

「今日は男同士の恋愛話が多くなかったか」

「多かったかもなぁ」

 

 側近も、部下の仮面を外したのだろう。気楽な口調でそう同意した。

 

「そっちはどう思うんだ?」

 

 側近にそう聞かれ、一瞬考え込む。

 

「うーん、下着を盗むのはよくないな」

「ははっ、そりゃそうだ。犯罪だからな」

 

 俺の回答に小さく吹き出した側近。そんな彼に釣られて俺も笑ってしまう。

 

「ま、鉱山に送ったしむしろ喜ぶだろ」

「そうなのか? 俺としては厳しすぎないかと思ったんだが」

「いや、筋肉好きだからな。むしろパラダイスだ」

「あー」

 

 まさかそんな理由で次の職場を斡旋したのか、と気付き思わず頭が痛くなる。

 

「もし向こうでも被害が起きたらどうするんだ」

「王様が鍛えて被害を最小に抑える解決策もあるが」

「おい、それ、俺の下着を犠牲にしろってことか?」

 

 しれっと提案された解決策にげんなりとした俺は、大きくため息を吐いて首を左右に振った。

 

「せめて鉱山に大量の下着を差し入れとけ」

「りょーかい」

 

 飲み終わった紅茶のカップを受け取った側近が、片付けの為か執務室をあとにする。

 

「本当に、なんで今日はこんな報告ばかりあがってくるんだ」

「そういえば」

「うおっ」

 

 てっきりもう行ったのかと思っていたが、ひょっこりと側近が扉の向こうから顔を出しビクリとした。

 

「俺としては、男同士の恋愛、いいと思いますよ」

「は?」

 

 怪訝な声を出し、そしてすぐ先ほど男同士の恋愛についてどう思うか聞かれたことを思い出す。どうやらこの男は聞くだけではなく自分の考えも教えてくれるらしい。

 

「俺も、実は同性に片想いしてるんだよね」

「な、なにっ!?」

 

 さらりと告げられたその言葉に思わず目を見開くと、そんな俺の顔を見て側近が大きな口を開けて笑った。

 

(何がそんなに面白いんだよ)

 

 思わずムッとした俺に、相変わらず笑っている側近。

 

「いやぁ、俺の王様は鈍感だなぁと思っただけだよ」

 

 くすくす笑いながら、今度こそ執務室を後にした側近を見送った俺が、あいつの言った『俺の』という意味を知るのはまだまだ先の話である。

最後までお読みくださりありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ