流星、再び
飛行機をそのまま背負っている様な特徴的な機体が巨大な蛇の尾に叩かれて墜落する。
辺り一面、現実ではお目にかかったこともない程、鮮やかな青い海というフィールドの中で、海面からギリギリ飛び出している岩場にピンポイントで叩き落とされたのは運が良かったのか、落下による衝突のダメージを狙った蛇の思惑なのか。
「ぐ、クソっ……!!」
悪運は強い方だ、と新人プレイヤー〈スター・ライン〉はそう思っていたし、実際幸運に恵まれて彼はここまで来ていた。
夏に入った大型アップデートの影響で人によって評価が変わる”凡ゲー”から文句なしの”神ゲー”へと生まれ変わった『バーチャル・プラモデル・オンライン』というVRMMO。
お古とはいえ、親戚からタダ同然で譲り受けたVRヘッドギア。
ちょうど『バープラ』が盛り上がり始めた頃に発売された、マイナー故に立体化は絶望的と思っていた好きなプラモデルの発売。
ここまであつらえた様にお膳立てされた状況でこのゲームを遊ばない選択肢は無かった。
そんな幸運により齎された高いモチベーションもあって〈スター・ライン〉はその名の由来通り、流れ星のごとく『バープラ』の世界を駆け抜け、始めて一週間という速さで始まりの地である主要都市〈セントラルタウン〉から第二の主要都市である〈海都ブロッケン〉までたどり着く。
素組のプラモデルで始めたにも関わらずこの進行速度なのは自分でも上手くいきすぎだとは思っていた。
プレイヤーネームを〈ラッキーボーイ〉にするべきだったと後悔したくらいだ。
しかしその幸運もどうやら打ち止めらしい。
簡単な依頼のはずだった。
近海で鉱石を採取する、所謂”お使い”の依頼。
それこそ、始まりの町であるセントラルで一番初めにやる様なクエスト。
自らの誤算だったのか、それとも、ここはもう初心者のエリアではないという洗礼なのかはわからない。
ただ、どちらにしても——続いた悪運のぶり返しだろうか、ぶり返すのは悪運とは呼ばないんだったか?——タイミングが悪かったのは事実だ。
少し前に起きた『星外災害防衛戦』……あろうことかこの星を《《食べに来た》》という災害級星外エネミー〈ルドラズ・ホール〉の群れとプレイヤー達の〈宇宙〉を舞台にした防衛戦線。
火の勢いを強め始めていた『バープラ』の炎を爆発させた出来事であり、かくいう〈スター・ライン〉もその戦いの《《とあるプレイヤー》》の動画を見て『バープラ』にやってきた。
結論から言えば『星外災害防衛戦』はプレイヤー側の勝利に終わる。
しかし、星の外から来る侵略者の撃退などという劇場版レベルのスケールで何の被害も無く、後腐れもない結末はありえない。
まあ、負けイベだったのだろう。
防衛戦の趨勢が決まり始めた時、〈ルドラズ・ホール〉達は一斉に討ち取られた同胞の死体をその体の内にあるブラックホールに吸い込み始めた。
奇妙だったのは通常であれば爆発なりポリゴンなりで雲散霧消するはずの〈ルドラズ・ホール〉の死体が残っていたこと。
そして、死体を吸い込んだ〈ルドラズ・ホール〉のブラックホールが白く変色したかと思うとそのまま自らの吸引力に呑み込まれる形で〈ルドラズ・ホール〉の大群が《《消えてしまい始めたこと》》。
そうして何事も無かったかの様に静かに、防衛戦の幕は引かれた。
後に考察されたことだが、ブラックホールというものは”入り口”で、”入り口”があるのならば”出口”があるという説がある。
その出口はホワイトホールと呼ばれタイムマシン的な穴とも言われていれば単純に転移ができるとも言われている。
確かめられる様なことではないのだから恐らくはどちらも机上の空論の類なのだろうが、このゲームでは後者として捉えられた。
群れの全滅を悟った〈ルドラズ・ホール〉達は種の保存を優先した。
この戦場を切り抜けるための逃走手段は命と引き換えだが、ある。
では逃走先は?
彼らはどこを目指していた?
答え合わせは目の前で大口を空けている巨大な蛇が身体に教えてくれた。
「この……!いきなり海の中から飛び出して来やがって!!」
握っているライフルの下部に付属している一発しかないグレネードランチャーを大蛇へと向ける。
「〈ボンバーショット〉!!」
爆発範囲を広げるスキルを起動すると同時に(スター・ラインから見て)大型バス二台分くらいの大きさをほこる大蛇の口の中でスキルによって強化された一発限りのグレネード弾が炸裂する。
口の中で弾けた爆発と悲鳴を伴いながら海の中へと倒れる大蛇を見て、ざまぁみやがれ、とは言えなかった。
いや、「ざま…」までは口から出せた。
だが、大蛇が背中から向かっている海面を見た瞬間、高所から下を見た時の様な、足首や背中がひゅっ、と冷たくなる感覚に襲われて機体《身体》が固まる。
目。
眼。
眼、目目目眼目眼、目目目眼目目眼目眼、目目眼、目目目眼目眼、目目眼目眼、目目眼目眼、目目目眼目目、目目目眼目眼、目目眼目眼、眼、目目目眼目眼、目目目眼目目眼目眼、目目眼目眼、目目目眼目目眼目眼、目目眼、目目目眼目眼、目目眼目眼、目目眼目眼、目目目眼目目、目目目眼目眼、目目眼目、め………。
大量の瞳が〈スター・ライン〉を凝視している。
失念。
〈ルドラズ・ホール〉は群れでこの星を攻めて来ていた。
それはつまり〈ルドラズ・ホール〉は集団で行動できるタイプのエネミーということ。
今は幼体で『星外災害防衛戦』の時ほどの強さ、大きさではない。
つまり、今は、
「ちょ、多すぎ……!」
集団行動中《群れやすい》。
大蛇が海面に音を立てて沈んだ。
同時に、順番待ちでもしていたのか、——早い者勝ちに切り替わったらしい——島とも呼べない小さな岩場《足場》を囲む様に蛇の頭に囲まれる。
上に、翼が折れて、スキル、墜落した時、リキャスト、海の中、バカか!…………。
一気に選択と状況が脳内を流れ、思考は繋がらず、単語だけが脳裏を流れ続ける。
硬直。
まさに”蛇に睨まれた蛙”だった。
これは動けない、動けるわけがない。
睨まれただけで動けなくなる蛙をマヌケだと思っていた今までの自分はいっぺん死ぬべきだ。
今後の人生でもう蛙をバカにすることはないだろう。
場違いな反省。
しかし反省とは人生におけるデバックであり、デバックは世界をより良い方向へと運ぶ行為。
つまり善行である。
善行には褒美を。
蛙に栄光あれ。
グレネードランチャーを使い切って呆然と四方八方から襲い来る大蛇に食い散らかされるしかなかった〈スター・ライン〉の最後の時は、しかし訪れることはなかった。
前方。
視界に映っている大蛇達の脳天から顎下を光りの柱が突き抜ける。
「……え?」
「〈ルドラ〉は鱗を全部引っぺがすとかしなくても首を切りゃ死んでくれるのが楽で良いよなぁ」
振り返ると後方にいた大蛇達の首と、首と泣き別れたであろう胴体が足元に落ちている。
声の主の機体《姿》は異形だった。
白をベースにしたカラーリング。
逆関節の脚部。
細いウエスト。
三本の白い角。
両腕はマニュピレーターというより丸ごと武装。
右腕は両刃の大剣。
左腕は大砲。
自分の素組機体と違い、確実に改造されているとわかる〈リアルプラモ〉。
一目見て理解できる”戦闘用”のコンセプト。
プレイヤーネームの代わりに表示されている機体の名は〈スケルトン・レッグ〉。
「大丈夫か?」
振り返ったその機体の声で正気に戻る。
そして、彼の正体も理解した。
「白い…殺し屋!第一位!!」
「…………その称号はとったその日の内に奪われたうえに、奪った奴が抱え落ちしたから次の公式大会まで存在しないぞ」
白い殺し屋、〈スケルトンのフルカゲ〉。
件のアップデートと同時に『バープラ』で名を上げ始めたプレイヤー。
『星外災害防衛戦』のインパクトが大きすぎて、いまいち忘れられがちだが、ちょうどその直前に第一位《最強》の称号を簒奪した傑物。
殺し屋の異名を持つがその実態は目にも止まらぬ一撃で迅速に標的を処理するという、卑怯なイメージの殺し屋ではなく幕末の剣客の様な正面戦闘の暗殺者。
……正々堂々としているからこそインチキ臭いという評判。
「今は……あれだ、クラン『バルムンク』の〈フルカゲ〉だ」
あまり名乗り慣れていない様子で、〈フルカゲ〉は名乗る。
『星外災害防衛戦』が終わってからすぐにクランを結成したという噂は本当だったらしい。
しかし〈スター・ライン〉が気にかかったのは〈フルカゲ〉の名乗りよりもクランの名前、その由来。
……”バルムンク”。
それはとある英雄が伝説の中で握った剣の名前。
クランの名にその名を冠した意味はこの世界を去った友を称え、忘れないためなのか。
それとも、友がいつか帰還すると信じているが故の目印なのか。
「あ、あの……!」
名乗られるまでもなく〈スター・ライン〉も〈フルカゲ〉のことは知っている。
だが、それは〈フルカゲ〉について調べたからではなく、晩年〈フルカゲ〉の近くにいたとされる、《《とある英雄》》に憧れ、追っていたから。
「お聞きしたいことがあるんです!〈ジー……」
「あー、ちょっとまってな。今ウチのエース様が蛇共を掃除するから」
「え?」
もう一人いるのか?
周りには自分と〈フルカゲ〉以外見当たらない。
ただ、攻撃の痕跡は二種類あったことを思い出す。
〈スケルトン・レッグ〉が切った後方の蛇。
そして《《脳天》》から貫かれた前方の蛇。
振り返って上を見る。
そして、本日二度目の硬直。
しかし、今回は脳裏を単語だけが流れる情報の濁流で、ではない。
真っ白。
壮大な景色を視界の中いっぱいに収めた時のような、圧倒。
あまりにも大きなモノを見て言葉すら見つからない思考の空白。
それでいてしっかり眼球は情報を脳内に記録し続けていることがわかる、そんな状態。
シューティングスター。
それが《《空を駆けまわっている》》。
空を駆ける流星は線の残光を残し、その残光が消える間もなく新たな残光を作り出す。
そしてその軌跡の真下に落とし物の雨が降り注ぎ、確実に〈ルドラズ・ホール〉の幼体である巨大蛇〈ルドラ〉の脳天をぶち抜いているのだろう。
流星の残光で覆われた空とそこから降り注ぐ光の雨。
絶景と言って言い過ぎではない光景。
この光景を作り出している英雄を、自分は知っている。
だって英雄のシューティングスターのような戦いに憧れて、自分はこの世界を訪れたのだから。
「ん、通信?なんだよロボ?え?アホ姉妹が手に負えないから、早くエースを戻せ、バカ鉄砲玉?……OK、OK…」
「おーい、〈シグルド〉!クランリーダー様が〈ブリュンヒルデ〉の性能チェック、もう少し入念にやっとけってよー!!」
背後からなんだか愉快な会話と怒号が聞こえた気がしたがそんなことは、もうどうでも良かった。
流れ星は再びこの世界に現れた。
今はただ、見とれて。
後書き的なのは次で書きます!




