怪物の終わり
どんぐりの背比べ——怪物と人間の”差”なんてものはこの程度の誤差だとでも言いたげにモニターの中で荒れ狂う炎の魔人。
この戦いから目が離せない。
それは、観戦者全員に共通することだった。
彼の好敵手であり、それ以上に同行の士である〈ロボキチ〉は一早く〈フルカゲ〉の狙いを悟ると腹を抱えてひとしきり笑い、炎の魔人が地上に降りるとさらに興奮して笑った。
〈カロリッパー〉が切り札を切り、光の柱の様な剣を構えた時によううやく落ち着き——〈フルカゲ〉がどう動くのか大体予想できるのだろう——呟いた。
己が最も重視し、誰もが知らず知らずの内に信仰していると信じて疑わない、その概念を。
「ロマンだぜ」
妹であり後輩である〈キッカ〉もまた、モニターから目が離せない。
子供の頃から人ではない呼び名を欲しいままとする姉、その怪物が操る|〈トリプル・ホイール〉《自身の最高傑作》の凶悪なシナジーを一番理解しているのは製作者であり、実妹の自分をおいていないだろう。
比喩抜きの”最高最強”。
それが今、手も足も出ていない。
ゲームなんだからそういうこともあるだろう、なんて言い訳は適応されない。
それほどまでに反則級の存在が健堂 斬加という怪物なのだから。
そして、そんな怪物を人間に貶めら怪物《人間》がいるとしたら、それはただ一人——自身の尊敬する先輩だけだ。
そう確信しているからこそ、目が釘付けになろうとも驚愕の感情はない。
ただ、血の繋がった姉に出迎えの言葉を送ろう。
「ようこそ、人間の世界へ」
|『バーチャル・プラモデル・オンライン』《この世界》を去ることを決めた英雄〈ジーク〉は感動していた。
〈フルカゲ〉——〈スケルトン〉という高性能な〈リアルプラモ〉を操るゲーム初心者の新人プレイヤー。
発想力とそれを実現させられる高いプラモ作成能力を備えた彼は、確かに素晴らしいプレイヤーだと理解してはいた。
だが足りない。
その評価では到底足りていなかった。
自分が勝てなかった”怪物”を圧倒しているから——ではない。
そんなことは心底どうでも良い。
感嘆するべきなのは《《単機で大気圏の往復》》という偉業。
『バーチャル・プラモデル・オンライン』は凡ゲー、クソゲー、神ゲーと、人によって様々な評価を受けるゲームではある。
しかし、システムに賛否はあれど物理エンジンや世界の描写など、世界そのものにおいては他のゲームを圧倒する完成度を誇っていた。
それはつまり、少なくとも|『バーチャル・プラモデル・オンライン』《この世界》の法則だけはプレイヤーに対して真っ当に平等だということを意味する。
平等ということは、誰しも《《アレ》》ができる可能性があるということだ。
”プレイヤーはここまでやれる、こんなことまでできる”、〈フルカゲ〉はそう証明した。
当の本人はそんなこと考えもしていないのだろうけど。
去ると決めた途端に見せつけられた可能性。
……後ろ髪を引かれる、とはまさにこのこと。
カッコ付かないとわかっていても留まりたくなってしまう。
そんな気持ちを押し殺すために〈ジーク〉は口を噤んだ。
ただ、心の中で一言。
……言葉もないよ。
………………………………………………………
決める!!斬る!!!
第一位、〈ナンバー・ワン〉、”最強のプレイヤー”——怪物。
そんな自分自身を称する呼び名が、ひどく空虚に思える。
いや、もはやバカにしているのかとすら思う。
そして、《《そう思い始めている自分に危機感》》。
だが、否応なく認めざるを得ない。
なにが怪物だ。
目の前の赤い魔人と比べて、自らのなんとスケールの小さいことか。
実力差を指して言っているんじゃあない。
私は、私に並べるかもしれない存在として古野を見込んでいた。
それは細かく言えば機体《身体》の操作という点で私を殺せるかもしれない存在ということだった。
しかしそうじゃなかった。
古野 千景を見誤っていたことはもはや言うまでもないが、見誤っていたのはその内面に潜む”怪物性”。
そう、内面だ。
つまり精神性、思考回路とでも言うべき部分。
真に怪物が住んでいたのはそこだった。
この場においては恥ずかしい限りではあるが、例え偽でも仮でもちっぽけでも、私とて子供の頃から”怪物”と呼ばれ続けた女だ。
ことここに至れば、この”正真正銘の怪物”の考えも読めようというもの。
古野は私を人間にしたいのだ。
古野は自分が”本物”以上の圧倒的な”本物”になることで、私をただの人間と同じにしようとしている。
そうすることで、私から”怪物性”を奪おうとしている。
”俺から見れば健堂斬加とその辺の人間の差異など誤差だと”、そう言っている。
”自分など怪物を名乗るに値しない、他の人間との差異など誤差でしかない、その辺にいるただの人だ”、と、私にそう思わせようとしている。
天才、怪物、……私が今まで呼ばれてきた呼称はどれも人と同じ高さで和の中には入れない者達だ。
特に私はわかりやすいタイプの天才だったし、同列の存在などいない。
人の和に同じ目線で入ることはない。
気に食わないとか口では言っていても、彼の目にはきっと私は寂しそうに映ったのだろう。
そういう気持ちが無かったと言えば噓になるのは認める、そうでなければ私に敗北の可能性を初めて見せた古野を追いかけたりはしていないのだから。
私がここで負ければ……私の才能なら本当の意味で人の和の中に入れる様になれるだろう。
本気で他人と目線を合わせることができる。
正直に言えば、とても魅力的な景色だ。
しかし、それでは別の怪物を生むことになる。
古野千景を怪物に仕立て上げることで得られる人間性だからだ。
そのことは古野自身も理解しているはずだ。
じゃなきゃあ、あんなに下手くそな魔王ムーブはしないだろう……いや、するかな?テンション上がると結構ノリは良かったし。
そのために、大気圏を越え、惑星に喧嘩を売って勝って来た。
……いや、頭おかしいって。
バグみたいな結果を力業で実現するなんて……この世界そのものに喧嘩を売る様なものでしょ。
わかっていたこととはいえ、そこまで抵抗されてしまうと、さすがに気が引けてしまう。
つーか、少し傷ついた。
たった一人の女を振るためだけに何をしているんだ。
そりゃあ、逃がすつもりはなかったし、逃げられるとは思わせなかったさ。
だからって、なんでそうなる?
なんで、女の子に告白されて、”怪物性を奪って人間性を押し付けたうえで振る”なんて結論に至るんだ……。
好かれているのか嫌われているのかもわからない。
勝てれば何とでもできるとか考えていた試合前の自分がひどく滑稽だ。
こんな異常な精神性《人間》をどうにかできるわけない。
……今にして思えば、中学の時から異常ではあったのだ。
たった一人の気に食わない相手を負かすためだけに貴重な《《中学三年間を棒に振って牙を研いでいた》》なんて尋常な中学生ではない。
あの頃は身体能力の勝負で私が勝ったが——それもあの精神性で身体を鍛える時間がもう少しあればわからなかったが——ここでは身体能力は問題にならない。
むしろ電《《脳》》の世界など内なる精神力をぶつけ合わせている様なものじゃないか。
その内面だけで言えば、古野 千景の怪物性は健堂 斬加を完全に凌駕しているというのに。
しかし、負けるわけにはいかない。
〈ジーク〉の時とはスケールが違う。
この戦いで負けてしまったら勝利以上の重荷を背負わせることになってしまう。
”わかりやすい怪物”だったからこそ、怪物と呼ばれる寂しさは知っているつもりだ。
逸脱者に対等な存在が現れることはない。
怪物《私》以上ともなれば、この先いったいどれほどの悲劇《孤独》が彼を襲う?
私は彼に近づけるのか?
私は……誰かに自分の役割《怪物》を押し付けてまで人間をするつもりはない!
例えどんなにヤバいモノを内側に飼っていようとも、向こうがどう思っていようが、少なくとも自分は彼を大切に思っているのは間違いないのだから。
健堂 斬加は己の怪物《弱さ》を理由に友人を怪物《仲間外れ》にしない。
もう、距離を取るなんてことは止める。
——筋違いであることは承知の上!
|〈トリプル・ホイール〉《この機体》を作った妹は古野に付いたのだから。
——だけど、お願い!!力を貸して〈トリプル・ホイール〉!!
その超必殺スキルはの効力は余りにもちっぽけ。
ともすれば、超必殺スキルと呼ばれるものの中では最弱と言って良いかもしれない。
だが、第一位〈カロリッパー〉にとっては最大の一手となる。
「〈栄光の剣閃〉ぉぉぉ!!!!!」
〈トリプル・ホイール〉が片手で握った刀から天まで届く光の柱が振り下ろされる。
その光の剣が内包せし力は単純唯一。
刀剣《《そのもの》》の強化。
切れ味を増し、目標に必ず届く長さに刀身《光》が伸び、その剣が折れることはない。
ただ、それだけ。
刀剣そのものとして考えれば、武器として最強たらしめるに十分な効力。
理論上《《最も優れた剣》》となるその超必殺はしかし、使い手に影響を及ぼさない。
あくまでも剣だけの強化。
その優れた剣で、最高の一振りができるかは使い手に委ねられる。
剣に不足なし、なればこそ、果ての景色は己の腕にこそ。
使い手に不足なし、今なお”最強”の称号はこの手の中に。
一振りで引ける剣線が長大なものになる。
人生最高の集中。
一瞬で求められる力み。
関節、筋肉、精神の連動。
それらを全てクリアし、〈カロリッパー〉は最大最高最長の一振りに至る!!
〈トリプル・ホイール〉を呑み込もうと迫る灼熱の暴風を——最強は切り裂いた。




