地に落ちる、されど高みは失わず
筆がノッて若干いつもより文字数が増えました。
クライマックスだから許して。
「あれ?遠条店長、あそこに飾ってあった作例どうしたの?ほら、あの〈アファム〉の」
「ん?ああ……」
顔見知りの青年が塗料棚の近くを指さして聞いて来る。
平日の昼。
夏休みの学生でもなければ、プラモ屋にお客など来る時間ではない。
そのため、現在お客はその青年しかおらず〈エンジョウ模型店〉の店長であり、唯一の従業員でもある遠条自身が喋る余裕もある。
「なんか手直ししたいとかで製作者の子に返しました、元々預かっているだけのつもりだったんで気にしなくていいのに、すげえ言いづらそうに頭さげに来ましてねぇ……そっちの方が地味にショックでしたよ」
「あー、値引きの代わりに譲ったって話だったんでしょう?そりゃあ、気にもするでしょうよ」
「正直な話、値引き分以上に利益に繋がってるんで僕が得しすぎなくらいなんです……あれ見て新しく塗装に挑戦したいって客もいましたし、プラモ半額分のお金で子供から貰っていいものじゃないんですよ」
「律儀ですねえ、店長もその子も」
「いやいや……そういえば、メンテさんもあの〈アファム〉気に入ってましたよね?」
「ええ、おっと……!すいません、ちょっと失礼」
メンテさんと呼ばれた青年は会話の途中でかかって来た電話を慌てて取り出し、一歩下がって、後ろを向く。
「はい、もしも……」
『なにやってるんですか!!!もう昼休みとっくに終わってますよ!!面倒なことが起こりそうなんですから早く戻って来てください!!!』
スピーカーにしたわけでもないのに十分周りに聞こえるくらいの声量で女性の怒鳴り声が響く。
この青年は定期的に店の〈プラモデルスキャン装置〉をメンテナンスに来てくれる作業員さんだ。
今日はいつもの作業服ではなく白い半袖シャツにジーパンというラフな格好だったので、てっきり休日なのかと思っていたが……どうやら普通にサボりだったらしい。
「ちょ!犬飼ちゃん、大きい大きい、声が大きいって、電話ってスピーカーにしなくてもここまで大きい音でるんだ!うわー!」
『いいから早く戻って来てください主任!!〈宇宙〉の方が大変なんですって!!!』
それから二、三、会話をして、『30分以内に戻ってこなかったらシバきますからね……!!!』というドスの効いた脅しを最期に電話は終わった。
「すいません店長……騒がしくしちゃって」
「いえいえ、平日の昼なんて暇な時間帯ですから……メチャクチャ怒鳴られてましたけど大丈夫なんです?」
「あー…まあ、いつものことですから大丈夫ですよ。それより、その塗料棚にはもうその子の作例は置かないんですか?」
「いえ、ありがたいことに手直しが終わったらまた持ってきてくれるそうですよ、なんか追加で改造するみたいなことを言ってましたからちょっとバージョンアップするんじゃないですかね」
「……なるほどここしばらく見なかったのはそういう……」
「え?」
「いえいえ、その子が来たら楽しみにしてるって伝えてください、それじゃ、失礼しますね!」
そう言って、青年は小走りに店を出ていく。
「何も買ってかなかったけど……あの人メンテナンスだけじゃなくて営業とかもしてるのかな?」
……………………………………………
空に飛び立つ〈スケルトン〉を見送った後、〈トリプル・ホイール〉はその場を一歩も動かなかった。
ただ、狙撃銃を放り捨て、刀を抜いて構えただけだ。
目の前には、今自分が握っている刀と同じ物……〈スケルトン〉が置いていった刀が地面に突き刺さっている。
妹の作った武器……そうじゃなくても、わざわざ新しく用意して追加した武装。
今しがた自分がやった様に放り捨てるのではなく、地面に突き刺した理由は恐らく、目印だ。
捨てるというよりは、置いた。
〈フルカゲ〉は再びこの場所に戻って来るつもりのはずだ。
目の前に突き刺さった刀を睨む様に集中して、刀を構える。
『一分以内に俺を倒せなければお前の負けだ』
妹から聞いた伝言。
一分……はとっくに過ぎた。
あれは飛び上がった〈スケルトン〉を私が撃ち落とすことができた時間であって、激突の時間じゃない。
空へ上がったということは、〈スケルトン〉は降りてくるのだろう。
そして、降りて来た時、”怪物《私》”では、もう勝てなくなっている……らしい。
正直なところ……少し残念だ。
というのも〈スケルトン〉は真上に向かって上昇していった。
前でも後ろでも斜め前でも斜め後ろでも右でも横でもなく、上へ。
〈フルカゲ〉のやりたいことは大方、最大限の助走《加速》で物理エンジンも利用した特大の打ち下ろし、その一撃必殺ってところだろう。
刀は迷わずここに戻って来るための目印か、私をここに縫い付けておくための囮、もしくはその両方。
まず、残念なポイント一つ目。
この戦いは長引かない。
一瞬で勝敗が決まる。
〈スケルトン〉が飛来してきた瞬間に決着するのだから当然だ。
無駄な打ち合いは無く、私が、〈スケルトン〉の一撃を迎撃できるかどうか、というだけの勝負。
そして残念なポイント二つ目。
その時が来るのかは非常に疑わしい、という点。
ただ真上に上がって真下へ降りる……だけなら大抵の機体なら可能だろう。
ただその機体が〈スケルトン〉となると話が変わる。
このゲームの物理エンジンは優秀だ。
リアルに忠実……というよりは、万人が想像する物の動き方を実によく再現している。
〈スケルトン〉がどこまで上昇したのか知らないが、少なくとも目視できる様な高さではない。
〈ジード・フリート〉の様な装甲、防御能力のある機体ならともかく、装甲の無い〈スケルトン〉のスピードで落下すれば、その加速力も相まって、摩擦熱は相当な物になるはずだ。
まさか、《《大気圏まで行ったりはしてない》》だろうが……降りてくるとなったらそれと同じくらいの負荷が襲い掛かるだろう。
音速の壁なんて物が再現されているのなら間違いなく空中でバラバラになる。
ここに落ちてくるだけでも奇跡。
最後に、残念ポイント三つ目。
そこまでやって、その奇跡の内容は詰まるところ、自爆攻撃。
着地なんかできるわけがないし、考えていないだろ。
〈トリプル・ホイール〉に直撃しても死ぬし、外して地面に激突したら無駄死だ。
健堂 斬加なら、正面から受けるという《《読み》》なのだろうが……、生憎、自殺に興味はない。
これは〈ジーク〉がやった”運任せ”とは違う。
〈ジーク〉も相打ちは覚悟のうえだっただろうが、あの”運任せ”は私だけが死んで、〈ジーク〉が最後に立っている、という未来もありえた勝負だった。
だが、〈フルカゲ〉のこれは違う。
私を殺せても、殺せなくても、自分が死ぬことは変わらない。
勝利のスタンディングをする気がない。
古野がどうかは知らないが、私はそういう勝利に価値を感じない。
生きてこその勝者。
勝った後にある栄光こそ勝利だ。
残念ながら今回に限っては目先の《《勝ち》》を優先させてもらおう。
まあ、今回は良い、二度同じ轍を踏む男じゃない。
残念な選択だったが、古野とまだまだ戦いたいという気持ちはある。
この一戦で終わらせて良いとは思っていないよ。
もちろん迎撃できそうなら迎撃するつもりではあるけれど。
本当は〈ロボキチ〉くんの試合みたいにガシガシ斬り合いたかったんだけどなぁ……ノッてこないのなら仕方ない。
マジレスも止む無しだ。
親がクリスマスプレゼントを間違えた時の様なガッカリ感を、頭の中でなんとか呑み込める様に加工する。
後味が良いとは言えないが、やるべきことに集中することで、そこはごまかそう。
そんな諦めについて考えていた時、異変。
肌(今は装甲?)に叩く様なビリビリとした空気の震えが届く。
人より感覚は鋭い方だと自覚はしているが、段々と強さを増していくこの空気の震えは、どんな不感症でも感じることができるだろうという程の異常へとすぐに育つ。
”世界が震えている”といっても間違いじゃない。
「来た……!」
〈スケルトン〉が帰って来た。
どうやってか、空中分解はせずにこの場に落ちてこれそうだ。
なるほど、さすがは音に聞こえた”白い殺し屋”。
世界を震わす程の衝撃を持って来れるのか……。
「ん……?」
上を見て、考える間でもなく直観する。
アレ?コントロールできてね?
熱された赤いシルエットが豆粒ほどしか見えていないが、スピードのコントロールができている……気がする。
しかし、そうなるとこの”世界の震え”ともいうべき空気の乱れがわからない。
この震えは〈スケルトン〉が猛スピードで落ちて来ているから起きている現象ではないのか?
コースも妙だ。
〈トリプル・ホイール〉に直撃を狙うコースじゃない。
本当に自爆突撃なら……まあ余波で十分という考えかもしれないが、〈トリプル・ホイール〉は今動かず止まっているのだ、コントロールできているなら直撃を狙うのが自然のはず。
しかし、〈スケルトン〉の着弾コースは〈トリプル・ホイール〉の正面。
即ち、時間を巻き戻すかのごとく、飛び立った地点に降りようとしている。
”怪物”と呼ばれるくらいには優秀な頭がほとんど自動的に答えを出そうと動き出す。
飛び立つ前に〈フルカゲ〉が残した言葉が脳裏で蘇る。
『お前なんぞ眼中にねえ。』
『今日の俺の相手はお前なんかとは比べ物にならねえ本物の怪物だ』
ブラフ、もしくは強がりか揺さぶりの類だと思っていた。
やれることを全てやらなければ勝てないことを知っているだろうから。
なにを言おうとも、この場には〈トリプル・ホイール〉と〈スケルトン〉しかいないのだから……”本物の怪物”なんているはずないだろうと。
答えが弾きだされたと共に、暴風と熱波をまき散らしながら人の形をしただけの赤い魔人が地面に降り立つ。
降り立っただけ、その衝撃で、〈トリプル・ホイール〉が宙に浮きかけた。
堪らず、地面に刀を突き刺し、膝と手を地面に着くことで耐えた。
そこにいるのは、確かに勝利者だ。
「フフ、フハハ……ハハハハハァ!!!やってやったぜ!!《《惑星》》!恐るるに足らずってなぁ!!!」
その笑いは間違いなく、勝者だけに許された傲慢だ。
すでに彼は勝ってきた。
流れるはずのない冷や汗が流れた気がする。
「まさか……ね、この私を無視してどこに行ったのかと思ったら……、《《この星に勝負を挑んでいた》》なんて……そりゃあ袖にされるわけだ」
目の前にある迫力に言葉が詰まりそうになる。
初めての体験だった。
全能感。
いつも心のどこかにはあったそれが、今はどこにも見当たらない。
まるで、目の前の魔人に全て吸い取られてしまった様に。
「……あぁ?あー、そうだった、そうだった……お前を殺しとかなきゃいけないんだったな、《《人間》》」
まるで、本当にバケモノになってしまったかの様に、古野 千景であるはずの者が言う。
本当に取るに足らないと言う様に、文句なしに”怪物”と呼ばれた健堂 斬加を”ただの人間”と言い切る。
『”自称怪物”』
そう言われた意味を、《《わからされる》》。
このわからされる感覚を今までは、他でもない自分が他人に抱かせてきたのだろう。
しかし、断言する、私はここまで人間やめてない。
「怪物、怪物って……フハハ、ずいぶん調子にノッてくれたよなぁ?その辺のやつらと同じ人間のクセによぉ……」
一歩、魔人が踏み出すだけで地面が焼ける音がする。
「思い知れ、お前も俺達と同じ、ただの人間だ」
特別製なんかじゃねえ。
それがきっと、彼が気に入らなかったことで、それを、彼は中学の時から言いたかったのだろう。
だが、
「……いやぁ、同じとは思えないかな」
今の君は人間側じゃないでしょ。
健堂 斬加は初めて、自分が倒されるべき”怪物”ではなく、勝たなくてはいけない”英雄”になったのだと実感した。
ずーーーっと少年は気に入らなかった。
特別製だと持て囃されていることに、だけじゃない。
自分が特別製だと認めているバカな少女に。
それは、それは対等になる気がないということだ。
常に自分が上だとわからせて来る様なものだった。
だから、わからせてやろうと思った。
ちょっとスゴイだけで、お前もただの人間なのだと。
軽く策を練って準備するだけで簡単に負ける、驕り高ぶった無様な存在なのだと。
死んでも”怪物”などと呼んでやるものかよ、人間。




