舞い上がれ、天剣
VS第一位、開幕。
「……いや、怖……」
「ひどい言われようですねぇ」
たった今、実の姉の精神にダイレクトアタックを仕掛けた後輩にドン引きする。
キメポーズを決めて俺の控室に来訪したプレイヤーの名前は〈キッカ〉。
肩まで垂らした緑の髪に俺と同じ白いスーツに帽子という服装の彼女は、第一位〈カロリッパー〉の実妹にして〈トリプル・ホイール〉の製作者だ。
そして俺の後輩でもあり、この二週間、対〈カロリッパー〉を掲げる俺の個人的な協力者でもあった。
そういった諸々の事情と紹介を俺が〈ロボキチ〉と〈ジーク〉に説明し、壁に寄りかかって一人だけ立っているキッカちゃんが(四つ目の椅子が無いので、俺の椅子を勧めたが遠慮された)ここへ来る直前に姉の脳みそ破壊してきました、という報告を心なしか楽しそうにしたところだ。
「というかそれ……まるで俺とキッカちゃんが付き合っているみたいになってるよね?……俺かなり最低な男になってない?」
「戦略上仕方のないことです。今のお姉ちゃんには間違いなく、これが一番効くんですから諦めてください」
キッカちゃんはそう言ってヒラヒラと、姉に見せたという写真を弄ぶ。
……まさか協力の引き換えにと連れ出された遊園地が、この写真を撮るためだったとは……。
てっきり協力する代償というのは建前で、部屋で|プラモをいじるか、ゲームばかりしている《引きこもっている》先輩を息抜きのために外に連れ出してくれた後輩の優しい気遣いだと思っていたのが……まさか精神攻撃の手札を調達するためだったとは。
侮れんなぁ……。
「……失礼ですが逆効果になってませんか?第一位に揺さぶりを掛けて冷静さを失わせたのはわかりますが、より狂暴になっただけとも言えます、あの第一位が、です」
苦言を呈したのは〈ジーク〉だ。
言葉に少し棘がある気がするのは、この段階になるまで俺が協力者の正体を伏せていたのと、この大事な場面でいきなり現れた〈キッカ〉が主導権を掻っ攫ったのを快く思えなかったのだろう。
実際、キッカちゃんの挑発は俺にとっても予定外だ。
NTRごっこをするつもりだったなんて聞いてねえ。
結果的にブチ切れている〈カロリッパー〉は一切の遊びを排除して俺を即殺しに来るのではないか、という可能性が高まった。
俺にとってはかなり不都合な状況になってしまったわけだが……キッカちゃんは俺のやろうとしていることを知っている。
当然、考えあってのことだった。
「姉に勝ちたいなら揺さぶりは必須ですよ、前提であり最低条件です。通常状態の姉と戦ってかなり良いところまでいった〈ジーク〉さんにはわかりづらいかもしれませんけどね……まあ《《色んな意味》》でやり方が気に食わないのはお察ししますよ」
若干とはいえ敵意の含まれている言葉を掛けられたにも関わらず、キッカちゃんからは謎の余裕さえ感じる。
〈ロボキチ〉が「……馬に擦りつぶされない様に黙るか」とか呟いて本当に口を閉じたのが意味不明だが、実力のみで姉をあと一歩の所まで追い詰めた〈ジーク〉に一目置いているのは事実だろう。
「大丈夫ですよ、ちゃんと誘導《罠》も仕掛けてきましたし」
「そんな見え見えの罠に……」
「大丈夫だ」
〈ジーク〉の心配もわかるが、俺は確信を持って言いきれる。
障害は全て無くなったと。
「あいつは〈ジーク〉との試合で数年ぶりに勝つか負けるかわからない戦いの味を思い出したはずだ」
健堂 斬加は言っていた。
今までで、自分を一番追い詰めたのは古野 千景であったが、〈ジーク〉はそれを越えたと。
「そして、俺と〈ロボキチ〉のバカみてえな喧嘩も見てた」
「ノッたお前が一番バカだったけどな」
おい、ここぞとばかりに口を開きやがるなエセ幼女。
「それで……なんで大丈夫になるんです?」
話の腰を折られて〈ロボキチ〉を睨んでいた俺だが、〈ジーク〉のアシストによって結論にこぎつける。
俺と〈ロボキチ〉が言い合って、〈ジーク〉が宥める……この慣れたやりとりをキッカちゃんが少しだけ羨ましそうに見ていた。
「久しぶりにごちそうの味を思い出したところに、一番美味い食べ方を見せつけられたんだ……なら当然その食べ方で食おうとするよな?」
後は俺がやれるかどうか、というシンプルな問題だけだ。
……………………………………………………
バトルステージは〈荒野〉。
大きな高低差も障害物も無い平坦な土色の大地。
まるで正面からのぶつかり合いをシステムも見たがっている様な……そんな〈カロリッパー〉にとっては誂えた様な僥倖。
「ふふ……、やっぱいいね……!」
〈カロリッパー〉は自分の身体となっている〈トリプル・ホイール〉が熱を帯びているのを感じる。
力が漲っている。
この戦いがトーナメントの決勝戦で、相手が追い続けた思い人で、なにより強敵のはずだから……というだけではない。
バトルのリミッター解除。
第一位称号で開催した特殊なトーナメントバトルの特殊部分が決勝戦という段階に来たことで全開放になったせいだ。
機体には強力な各種補正が入り、エフェクトの演出が派手になる。
より激しく熱い激闘で’決着をつけるために。
最終決戦。
その言葉を現実に相応しいものにするための仕様だ。
身の内に湧き上がる破壊衝動にも似た闘争心が暴れ出しそうになるのを必死に堪えながら、第一位〈カロリッパー〉は、対戦者であり、思い人であり、好敵手の男を見る。
これまで互いのプレイヤーの出撃地点はわからない状態でのスタートであったが、この平坦なステージでは周囲を見回すだけで相手の位置がわかる。
どこにいるか直観を働かすまでもない。
「あれが私対策の……私を殺すためだけに作られた身体……!」
遠くに見えた敵機のシルエットは〈フルカゲ〉が今まで使用したどの機体とも違う——つまり、今この場で初お披露目の新機体だ。
〈フルカゲ〉が歩いて近づいて来ているのに気がつく。
最終決戦の各種補正は〈フルカゲ〉にも問題なく働いているはずだ…それなのにわざわざ歩いて近づいて来る。
「話がしたいらしいね……!」
はやる気持ちを押さえつけ、〈カロリッパー〉もゆっくりと〈フルカゲ〉へと前進し始める。
どうしても声に喜色が混じってしまう。
いったい何の話がしたいのだろう?
妹の件に対する弁解かな?
〈ジーク〉のことかな?
それとも私のことだろうか?
「……ん?あれは……!」
お互いに歩み寄れば距離を無くすのにそう時間はかからない。
近づくにつれて〈フルカゲ〉の機体の全容も見えて来た。
なるほど……理にかなっているなと思う。
〈フルカゲ〉の機体は言ってしまえば〈スケルトン〉だ。
ただし、〈ロボキチ〉の試合の時の様なスキルを付け替えただけのバージョンアップではない。
まず、目につくのは鳥の翼を連想する、バックパックだ。
キャノンの様な武装は見られないが計八つの増加ブースターがこれ見よがしに背負われ空戦能力が向上したのが一目でわかる。
そして〈スケルトン〉の代名詞でもある、ガラスの様に透き通ったクリア外装が無い。
スタートからフレーム剥き出し。
明らかに現実の方で手が加えられていた。
〈カロリッパー〉はすでに〈スケルトン〉の動きは見切っている。
だから新機体は最低でも〈スケルトン〉の性能を上回る物が求められただろう。
そうなると〈ロボキチ〉辺りなら新しく作る必要があるが、〈フルカゲ〉は違う。
単純に〈スケルトン〉を強化するのが一番てっとり早い。
実に合理的で確実だ。
しかし目を引かれたのは機体自体では無く、その手に持っている武装だ。
〈カロリッパー〉は言葉を発する。
「ずいぶんしっかりと私の妹をたぶらかしてくれたみたいだねぇ、〈フルカゲ〉?……そんな当てつけみたいな剣までプレゼントされちゃって」
〈スケルトン〉が右手に装備している剣。
色こそ違うが、〈トリプル・ホイール〉が装備している物と同じ物——キッカが作った剣だ。
「……人聞きが悪すぎるからやめろ……たぶらかしたんじゃなくて、お前が怒らせる様なことをしたせいだ」
悪びれることもなく、落ち着いた声音。
内心で歓喜が暴れる。
これだ……!この冷え切った鉄のごとき雰囲気!
殺す腹を決めて来たことを肌でわからせる、この気迫こそかつて私に敗北を予感させた。
そしてその予感は今も感じてる。
あの時から、再びこの感情に包まれることをどれほど待ち望んだか……!
「それで?何か言いたいことでもあったのかな?私としては早く始めたくてうずうずしているんだけど」
気を抜くと今にも突撃しそうになる。
防御も何も考えず、ただただ切りかかりたい。
「ああ、これだけは始めに言っとかなきゃならなくてな……まず、俺が勝ったら妹に謝って仲直りしろ」
そういえば、私が勝った時の条件はだしたが、私が負けた時のことは決めていなかった。
負けることなど想定していなかったのだから仕方ない
確かに、お互いに差し出す物は戦いの前に決めておかなければフェアじゃない。
「そうだね、ごめん聞くのを忘れてた。じゃあ、もしも私が負けたら妹には土下座をしてくるってことで良いかな?」
「ああ」
「で、私が勝ったら付き合ってくれるってことでOK?」
「……っ!ああ……OKだ」
よし、言質はとった。
観戦者に内輪の話が伝わらない様にキッカの名前を伏せたりしていたから、こんな大胆なことを言ってくるとは思わなかったのだろう。
少しだけ動揺を誘えたが、すぐに〈フルカゲ〉は落ち着きを取り戻し、言葉を続ける。
「それと……もう一つ」
「なに?」
古野 千景は言う。
決定的な一言を。
「お前なんぞ眼中にねえ。今日の俺の相手はお前なんかとは比べ物にならねえ本物の怪物だ……依頼があったから仕方なく殺すだけで、お前は《《ついで》》だ”怪物かぶれ”」
そう言って、剣を地面に突き立てた〈スケルトン〉は空へと飛び立つ。
もはや妹のことなどどうでも良かった。
そのセリフが言えるから、私は君が好きなんだ。
誰もが自分を”怪物”・”神童”と呼んだ。
特別製であることが自分の別名だった。
しかし、たった一人だけそう呼ばない男がいた。
口に出しはしなかったが、口に出さないことで『お前なんか特別なんかじゃない』と伝えて来た。
折れて逃げても、それだけは曲がらなかった。
たぶん、ただの意地だ。
周りから見れば、つまらなくて、くだらない意地。
だが怪物と呼ばれる少女は、その意地が何よりも嬉しかった。




