瘋癲
タイトルは”ふうてん”と読みます。
寅さんの二つ名みたいなアレです。
時間は少しだけ遡る。
「おぉ……!」
主催者であり、現チャンピオンであるが故に他のトーナメント参加者より少しだけ華美な装飾をされた控室で第一位〈カロリッパー〉は感嘆の息を漏らす。
控室のモニターには二回戦第一試合、つまり、〈ロボキチ〉と〈フルカゲ〉の試合が映し出されている。
「超必殺のぶつけ合い……!」
盤面は最終局面。
〈ロボキチ〉が仕掛け〈フルカゲ〉が正面から受けて立った、あまりにも純粋な”力比べ”が決着する瞬間だった。
〈フルカゲ〉達は当たり前の様に使っているが、超必殺スキルはそもそもレアなスキル。
そのうえ使用条件が設定されているため、使用される頻度は少ない。
当然、超必殺同士の衝突なんて滅多に見れるものでは無い。
ヘタをしたら『バープラ』初の超必殺対決かもしれないのだ。
しかも超必殺を放つ両者は、直前まで全力の潰し合いをして、ボルテージが最高潮の二人。
目が離せるわけもない。
「随分と楽しんでいるね、お姉ちゃん」
しかし不覚にも〈カロリッパー〉は決着の時を見逃すことになる。
突如、控室の扉を開けて入って来た、喧嘩中の愛妹の来訪によって。
「え?」
控室に入って来たこと自体に不思議はない。
いくら喧嘩中といっても〈トリプル・ホイール〉の製作者である妹を初陣の鑑賞席に招待しない不義理な姉ではないつもりだ。
来訪を予想できなかったわけでもない。
その内来るかもとは思っていた。
愛妹、健堂 切活は一見おとなしく、引っ込み思案な気性に見えるが、その本質は違う。
本名をそのままプレイヤーネームに設定する様な、豪胆さからもその片鱗は感じられるだろう。
例え姉が人間のフリをした”怪物”だろうとも、この妹が臆することはあるまい。
思わずマヌケな声が漏れてしまったのは、妹が見慣れない服を……いや、見たことがありすぎる格好をしていたからに他ならない。
白いスーツに中折れ帽子。
丸い色眼鏡こそつけていないが、《《誰を》》意識した服装なのかは一目瞭然だった。
え?なんでキッカちゃんが古野と同じ格好しているの?
思い人よりも小柄な体躯の白いギャングは、一歩だけ室内に足を踏み入れ、扉を閉める。
「キ、キッカちゃん……!良いタイミングで来たね!!ちょうど古野の試合がクライマックスだよ、一緒に見よ?」
不吉な予感を感じ、動揺しながら華美な装飾が施されたソファへを勧める。
繰り返しになるが妹が来ることは予想できていた。
というより大体の答えは大まかだが予想できるのが健堂 斬加の怪物性の根幹だ。
例外は古野 千景が絡んだ時のみ。
恐らく、自身の”怪物性”に人間らしい”感情”が加わって、結果の算出にバグが生じるせいだろう、と自己分析しているが、今重要なのはそこではない。
「いい、見る必要ないし……《《チカゲさん》》が勝ってくれるってわかってるから」
長居するつもりはない、この後行く所があるからとでも言う様に薦められたソファをやんわりと拒否し、扉の前に佇む〈キッカ〉。
愛妹から視線が離れない。
モニターでは、もしかしたら今大会のベストバウトが繰り広げられているかもしれないのに。
「そ、そうだね……?ところで、キッカちゃん、その恰好は……?」
問われた妹は普段のおとなしい姿からは想像もできない様な堂々とした所作で、あらかじめ作っていたであろうポーズを取る。
帽子に右手を添え、左手をポケットに突っ込んで胸を張る。
「ペアルック」
普段は絶対にしないカッコつけ。
それだけで、相当に《《浮かれている》》のが見て取れる。
《《誰との》》、と聞く必要は無かった。
現状、『バープラ』において白スーツを着たプレイヤーと言えば名前が上がるのはほぼ確実に一人なのだから。
そして、いくら喧嘩中の妹相手だとしても、自分がここまで狼狽しているのに得心がいく。
健堂 斬加の怪物性に不調が生じるとしたら、それは古野 千景が関わっている以外にないのだから。
納得と共に、急激に頭が冴えていき、闘志が燃え上がり始めるのを感じる。
「そう……キッカちゃんは古野に付いたんだね」
妹が敵に回った。
それはつまり、〈トリプル・ホイール〉の長所短所が筒抜けになったということだ。
思えば〈ジーク〉との試合でも、機体の弱点を狙った動きが多かった気がする。
わざわざ白いスーツを着て来たのは喧嘩中の姉に対する当てこすり……ないしはユニフォームの様なものだろう。
妹のブチ切れ加減にビックリしているのが本音のところではあるが、こうまで喧嘩を売られれば遠慮をする必要はない。
基本的に一方的にキッカが怒っていただけで、こういった姉妹喧嘩の構図はままあることではあった。
いつも通り、姉らしく時間をかけて宥めようと思っていたが、ここまでやるのなら話は別だ。
機体の弱みがバレた?
問題ないね。
たまには妹に姉の”凄み”ってやつを思い知らせてやるのも良いだろう。
そんな姉の考えが表情に出たのかキッカは一歩後ずさりそうになったが、瞬きを一度挟んだだけで、その視線を冷たいものに変えた。
その微細な変化に奮起した感情が静止を呼び掛けられる。
おかしい……怒っているにしては目の中に熱が感じられない。
どちらかというと、……《《哀れんでいるよう》》な……。
「……まだ、そんな所にいるの?」
ドキっと心臓が撥ねる。
妹の言葉に初めて息を呑む。
「勝つとか負けるとか……そんな段階じゃあ、もうないんだよ、お姉ちゃん」
キッカはまぎれもなく”怪物”の妹だ。
「わかるでしょ、お姉ちゃんなら……それともやっぱりわからない?私が何に怒ったのかわからない様に」
本人が”怪物”でなくとも、一番”怪物”を見て来た人間だ。
だからこそ、”怪物”にとって何が嫌なのか、どうすれば最も効率良くドン底に落とせるのか、どんな手札が必要なのかを理解する。
「わかってないならもう一回言うよ?恋愛ってのは現実でやるもんなんだよ、お姉ちゃん」
紙を一枚取り出し、姉の足元に投げる。
「あ……、?」
アイテム化された写真だ。
それを見た瞬間、頭をガツンと殴られたような錯覚すら覚える。
遊園地でキッカが古野の腕に抱きついて二人が楽しそうに笑っている写真だった。
「もう……私の勝ちなんだよ、お姉ちゃん。私は言ったよ?ゲームの勝ち負けなんかじゃなくて、直接会いに行って関係を作り直すべきだって」
その言葉で、キッカが何を言いたいのか嫌でも理解させられる。
古野 千景を先に誰かに獲られる可能性。
そんなことは考えもしていなかった。
しかし考えてみれば中学時代、古野とキッカは仲が良かった。
それこそ、姉である斬加よりも。
そういう気持ちを抱いていてもなんら不思議なことはない。
「言っておくけど、お姉ちゃんに責められる筋合いは無いよ?中学の時、お姉ちゃんに巻き込まれて私はチカゲさんと関係が切られちゃったんだし」
それに関しては悪かったと思っている。
「だ、だからって……!」
「先手は譲ったでしょ?」
ピシャリと言い放たれた言葉に歯噛みするしかない。
追い詰められ具合で言えば、古野との最後の試合や先ほどの〈ジーク〉との試合の比ではない。
それこそ死にそうなくらい追い詰められている。
確かに、先に古野を再開したのは自分だ。
現実で会いに行けとも言われた。
「ものにできなかったのも、今頃気づいたのも、お姉ちゃんの手落ちだよ……この二週間、私がいつもよりオシャレして外出してたの気づかなかったの?」
気づかなかった。
この二週間は『バープラ』に入り浸っていた。
……認めざるを得ない。
愛妹などと言いながら、妹の変化に気づけなかったことを。
妹は自分が思っていたよりも強かであったことを。
しかし……!
「じゃあ……」
「でも、キッカちゃんは古野のことをわかってない」
立ち去ろうとする妹に、聞き捨てならないであろう言葉を浴びせる。
目論見通り、キッカの足は止まった。
「でも、それは仕方ないね、キッカちゃんは古野と剣を合わせたことが無いんだから」
「……て、いうと?」
先を促されたことで、やはり自分の方が理解していると確信する。
「古野 千景は約束を守ろうとする奴だよ」
例え彼がすでに妹の物であっても、先手が自分だったのは事実だ。
そして、先手が取れれば確実に勝利をもぎ取れるのが”怪物”健堂 斬加たる所以。
古野の事情はどうであれ、勝負を受けた以上、古野は敗者の責を呑み込むだろう。
「結局、私は勝てば良いだけの話……私に言い寄られている状況で私の妹に手を出したのはイラつくけど……まあ、それは後で詰めるとしようかな」
「……どうだろうね?チカゲさんは一方的に縁を切ろうとしたことに負い目を感じているから、そう上手くはいかないんじゃない?」
「それは私にも感じている負い目でしょ?」
「………………」
胸のザワつきはまだ残るが、ペースは完全に取り戻した。
この戦いに明確な試合終了は無い。
略奪と言われようが、最終的に勝った方が勝者なのだ。
恋愛のなんたるかを姉に説いた妹に、勝者とはなんたるかを教えてやろう。
「じゃあ、私はそろそろ試合だから行けば?……楽しめるのは決勝が始まるまでの間だけど」
モニター中で、〈ロボキチ〉と〈フルカゲ〉の試合はとっくに終わっている。
「……じゃあ、最後にチカゲさんから伝言」
「伝言?」
「———————ってさ」
「……上等、受けて立つよ」
妹の背中を見送りながら、若干のイラつきと共に戦場《狩場》に向かう。
相手には悪いが、八つ当たりをさせてもらおうと心で決めながら。
えー、この作品で一番腹黒いのは何を隠そうキッカちゃんです。
わざわざ大事な試合の前に姉の精神を蝕む系のムーブを取りまくりました。
書いててちょっと恐ろしかったです…。




