怪物VS怪物
〈ジーク〉VS〈カロリッパー〉決着!
状況は決して最悪じゃない。
狙撃銃のスコープで武器が近接武器しかなくなった〈トリプル・ホイール〉を確認し、〈ジーク〉は心の中で自分に言い聞かせる。
右のウイングを破壊されたことで、高速移動はできなくなった。
ウイングの破壊に巻き込まれて、懸架していたグレネードランチャーとマシンガンも一丁ずつ破壊された。
被害は大きいが最悪にはまだ早い。
最高速での移動が封じられた以上、もはや先ほど爆撃した高度まで上がるのは不可能。
一方的に攻撃を押し付けるのは、もう無理だ。
そのうえ、相手はスキルで地の利の”利”を取り戻した。
開幕直後の優位は泡と消えたと言っていい。
それでも、最悪の時はまだ先だ。
「…ちょうど良いか」
スキルの再使用時間が終わったのだろう。
再び、空中を滑ってこちらに迫る〈トリプル・ホイール〉が見える。
決着《最悪》の時はもう間もなくだ。
…………
〈ジード・フリート〉は墜落した場所から動いていなかった。
地面には先ほどまで、背中に背負っていたグレネードランチャーやマシンガン、狙撃銃などの射撃武器。
数が足りないのは、ウイングを撃った時に壊れて消滅したからか。
しかし、無手ではない。
両手に握った、二刀の実体剣。
刃の部分だけビームが覆っている、鋭利さではなく、溶断によって切れ味を生み出すエネルギー刀。
二刀を抜き放ち、肩の力をダラリと抜いた姿は確実に臨戦態勢のそれ。
言外に言っている。
剣で決着をつけよう。
見事、と言う他なかった。
勝てぬとわかっているはずの決着方法。
射撃《得意》を捨て、第一位〈カロリッパー〉の得意武器《土俵》で堂々と待ち構えるその姿。
本物の剣豪を前にして、『剣で殺す』と宣言するその精神。
それが怪物は嬉しかった。
〈ジード・フリート〉の正面に向かい合う様に降り立った〈トリプル・ホイール〉は〈ジーク〉を意識して、声を発する。
「…あー、あー、聞こえてる?」
だから、決着の前に話をしておきたい。
「…なんです?」
良かった、答えてくれた。
「…まずは賞賛を。あなた、すごいよ」
すでに〈ジーク〉の当初の評価は覆っている。
彼の隣にいるという嫉妬はあるが、嫌悪はもはや無い。
どころか尊敬の念すら抱ける
それほど、この闘いは見事だった。
「…」
困惑しているのだろうか、突然の賞賛に〈ジーク〉は無反応だった。
まあ、当然の反応だ。
これは一方的な、〈カロリッパー〉の評価。
〈ジーク〉からしたら、突然なに?って感じだろう。
しかし、突然話しかけても、臨戦態勢が微動だにしない姿はさらに評価を上げる。
構わず、一番伝えるべきこと、口にする。
「次に提案を…、ねえ、《《辞めるの、止めない?》》」
〈ジーク〉がどういう腹積もりでこのトーナメント大会に出場しているか、〈カロリッパー〉は見抜いていた。
〈ジーク〉の独特なモチベーションの高さ。
見え隠れする、現実の人格。
「…『バープラ』、引退するつもりなんでしょう?」
”引退試合”。
ここを死に場所と定めた大一番。
力が入らぬはずもない。
第八位の称号を獲得し、第一位と戦えるまでに登り詰めたプレイヤーが『バープラ』から去る。
聞く者が聞けば、驚愕を禁じ得ないだろう。
「関係ありますか?」
なのに、当人は何でもないことの様に淡々と言葉を発するだけ。
「…後悔してるんだよ。…感情に任せて、軽々にあなたの正体を暴いたこと」
あの日、〈ロボキチ〉と〈ジーク〉をまとめて負かした後、〈カロリッパー〉は〈ジーク〉の秘密を見抜いた。
ただのロールプレイにしては力が入っているし、もしかしたら演劇とかの練習をしているのかもしれない。
そう思い至るも、その時は古野 千景の近くにいる女の子というだけで、嫉妬心が勝った。
『演技力がまだまだだね?』
実際には言っていない。
だが、そういう意味にも聞こえる様に…ちょっとした嫌味のつもりで『なんで、男の子のフリなんかしているの?』と囁いた。
反応は予想以上だった。
…あの時は無言でログアウトする〈ジーク〉を何とも思わなかったし、次に姿を見せた時には元気いっぱいだったから…正直ここに至るまでどうでも良かったけれど。
今なら、わかる。
私に啖呵を切った時にはすでに、〈ジーク〉は覚悟を決めていた。
〈ジーク〉にとって、このトーナメント大会は|第一位の称号を簒奪する《最後の花火を上げる》大舞台。
〈フルカゲ〉と〈カロリッパー〉の因縁など、”ついで”以上の興味は無いのだ。
だからこそ、もったいない。
「それほどまで純粋に力を高めたのに、今回だけで辞めちゃうのは、どう考えてももったいないよ」
強者を求める〈カロリッパー〉の『バープラ』から去って欲しくない、という気持ちは本心からのものだ。
〈ジーク〉となら、再び戦っても楽しい闘争ができる。
できるなら、また私と戦ってほしい。
「…言いふらすつもりなんかない。あの日、気づいたことは墓まで持っていく」
〈ジーク〉の現実の性別は女性。
恐らく、大して年の変わらない。
それを知られることが、引退のキッカケになったのは明らかだ。
「時間とはイコールで人生そのもの…。例えゲームだったとしても、ここまでの歩みを無に帰すのは、あなたにとって確実に損失だよ」
言葉を尽くして、〈ジーク〉を引き留める。
〈ジード・フリート〉は微動だにしない。
しかし、唐突に返って来た反応は特大だった。
「…うるせえ」
「え?」
「うるせえんだよ!!ピーチク、パーチクと!!テメエの言葉ごときで私の決めたルールが捻じ曲がるわけねえだろうが!!言っとくけどなぁ!!自分の目ン玉が特別だから気づいたんだとか思ってるのかもしれねえが、関係ねえからな!!あれは単に私が気を抜いたってだけの、私のミスで、私の不足だ!!!何でもかんでも自分が特別だからって顔して浮かれやがって!!」
激昂。
恐らくは、誰も見たことのない優しい英雄の剥き出しの感情。
「思いあがるな!!!あんたなんか、私にとっては特別でもなんでもない!消えろ!!路傍の石っころがぁ!!」
そして、〈ジード・フリート〉の各部に配置されたバーニアが一斉に炎と風を吹き荒らし、その推力を持って〈トリプル・ホイール〉へ突進を開始する。
…片翼が破損しているとは思えない加速。
吹き荒れる砂煙が、竜の形に見えたのは〈ジーク〉の気迫によるものか。
…それとも〈カロリッパー〉の願望が見せた錯覚か。
「残念…本当に…」
しかし、その顎が狙う対象も尋常ではない。
『バープラ』というオンラインのゲームにおいて真に”最強”の称号を冠した怪物。
常人では反応できなくとも、〈カロリッパー〉には止まって見える。
…左片手突きの次に右手袈裟斬り。
二刀の攻撃を読んだ〈カロリッパー〉は全霊の二刀を躱すのではなく、弾くことを選ぶ。
…弾いて、体勢が崩れた所で首を撥ねる。
突きが迫り、ブレードを両手で握った瞬間、それは起こった。
ボォォオオオオオン!!!!
「え?」
背後に爆発。
音からして、先ほど反射神経のみで躱した、〈ジード・フリート〉のグレネードランチャー。
爆発は遠い。
被弾は無い。
だが、なぜ?
疑問はほんの一瞬。
しかしその一瞬が意識に空白を作る。
そして、怪物への階段を登り切ろうとしている〈ジーク〉にとって、”一瞬”は十分過ぎた。
初撃は左の突き…と見せかけ、ディレイ。
右の袈裟斬りが肩に触れそうになる。
「ぐっ!!」
ガァアン!!と、金属同士をぶつけた時の甲高い音を響かせながら、何とか弾く。
肩アーマーに傷はついたが、バッサリ真っ二つは防いだ。
しかし、ディレイをかけられた突きは防げなかった。
左の刺突は〈トリプル・ホイール〉の右太腿を貫いている。
突きの勢いのまま、地面に突き立つ刀は、切っ先で〈ジード・フリート〉の左足も一緒に地面に縫い付けていた。
勢いを止められなかったのか、——〈ジード・フリート〉が刀を捨て、組つく——いや、意図してだ。
「…動きは封じた…さあ、《《最悪の時》》よ…」
〈カロリッパー〉に、というよりは独り言の様な〈ジーク〉の呟き。
その呟きから感じるのは”覚悟”の二字。
「…まさか……!」
狙撃による空気の震えすら知覚する〈カロリッパー〉の鋭敏な感覚が警鐘を鳴らし始めるが、もう無理だ。
どこからか降って来た、射手のいないグレネードランチャー。
一度も使わずに捨てたマシンガン。
〈カロリッパー〉が見失うほどの超高航度。
「…あー…、カウントしながら会話すんの疲れたぁ…」
〈トリプル・ホイール〉の腕を掴んでいる〈ジード・フリート〉の万力の様な力とは裏腹に、もうできることはやり終わったとでも言う様に、気の抜けた声で言葉を発する〈ジーク〉。
グレネードランチャーはタイミングを掴むための合図?
一度も使わずに捨てた武器…実はもう使い終わっていたら?
捨てたのは、近接戦で邪魔だったからじゃなくて、単純に弾切れだった…?
思考は一瞬。
解答は直観。
しかし、対応は不可。
〈ジーク〉が最後に発した一言だけは〈カロリッパー〉に向けての言葉だった。
「…運試ししましょ、どっちが先にくたばるか」
動けない怪物《竜》と動くつもりの無い怪物《英雄》に銃弾の雨が降り注ぐ。
『WIN』
勝負とは時の運。
より幸運だった者にのみ、勝利のアナウンスが聞こえる。
”最悪の時”
・決着はどうなるにしろ、自分の弾丸で死ぬことは確定な策。
・運の勝負になったこと。
・大した目的もなく、眼中に無かった相手に、目的があった第一位が敗北する〈カロリッパー〉にとっての最悪。
ジークの言う、”最悪の時”にはこの三つの意味が込められていました。




