喧嘩友達
若い女性の店員さんが注文したアイスティーをテーブルに置き、一礼して去る。
さっそくストローで一口、アイスティーを喉に通す。
思ったよりも水分を求めていたのか、一口のつもりが、ゴクゴクと一気に半分ほど飲みきってしまった。
別にマナー違反ってわけでも無いのだが、飲み物を楽しみながら談笑中、という名目で喫茶店の席に座っている以上、早々に頼んだ飲み物を飲みきってしまうのは、この場所にいる理由がなくなってしまう様で、座りが悪い。
なにより、単純に品が無い感じがして恥ずかしい。
「・・・えっと・・・大喧嘩って・・・あいつと?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
恥ずかしさをごまかす意味も含めて、口から出てきた言葉はまだ信じられないものだ。
「いや・・・まさかキッカちゃんがあいつと喧嘩するなんて想像つかなかったから・・・」
妹として、キッカちゃんは健堂 斬加のことを人よりも理解している側の人間だ。
だからこそ、あいつと喧嘩する・・・つまり敵対することなど無謀だと、誰よりもわかっている。
その彼女が、大喧嘩とは・・・。
「いや、原因は先輩にもあるんですよ?」
「え?」
「なんであんな賭けなんか受けちゃうんですか」
賭けとはトーナメントバトルのことだ。
その内容は健堂 斬加が優勝した場合、古野 千景と男女交際を始める、というもの。
「実はお姉ちゃんのこと好きだったんですか?中学の時、敵視していたから今さら素直になれないとかそんな感じなんですか?」
責める様な口調だ。
一方的に連絡を絶つ不義理にさえ、しょうがない、だから怒っていない、と呑み込んだキッカちゃんがここにきて怒りの感情を滲ませた。
何でそんな意味のわからん告白を受けたのか?
説明は難しい。
俺だっていっぱいいっぱいだったのだ。
「あー、いや・・・、そういうんじゃない・・・と思う。あれは、その場のノリというか・・・負い目とかで感情がゴッチャになって・・・信頼と憧れに丸投げした感じ・・・?」
それでも無理矢理言葉にしようとすると、こんな感じになる。
途切れ途切れの俺の答えではやっぱり納得できなかったのだろう。
「そんなテキトーな感じで賭けに乗ったんですか!?あり得ないでしょう!恋愛における重要なイベントをゲームの勝ち負けで決めるなんて!いくらお姉ちゃん相手だからってダメですよ、そんなの許しちゃ!」
声量が上がってしまったことに少し、耳を赤くしながら、咳払いをして落ちつくキッカちゃん。
・・・キッカちゃんが気に入らなかったのはそこか。
疎い俺でも少しだけわかった。
「すいません・・・お姉ちゃんは昔っから人の気持ちを汲まないというか・・・通るべきプロセスを無視する人ではありましたけど、さすがにこれは見過ごせません。私の作った機体を使って、負かそうとしている相手が古野先輩ならなおさらです」
「・・・」
姉とはいえ、他人の色恋沙汰に憤慨する後輩のスタンスに若干引いている自分がいるが、・・・的は得ているのかもしれない。
殴り合いの勝ち負けで恋愛関係を構築するのは健全か?
確かにそれは否だろう。
「もう一度、古野先輩に挑んできて欲しいっていう気持ちは理解できます・・・。だけど、それなら告白を絡めるべきじゃあなかった、絶対に」
・・・昔、キッカちゃんにオススメされて、読んだ本にこんなセリフがあったのを思い出す。
『天から与えられた力で自身の道を決めて作っていくのは良い。でもそれに任せて他人に無理矢理、自分の要求を通すのはダメなことだ。それは人の道から外れ始めてしまうから』
読み終わった感想を話している時、キッカちゃんが好きなセリフだと言っていたから覚えている。
規格外の才能を持つ姉に対して、あの頃からキッカちゃんなりに思う所があったのかもしれない。
健堂 斬加もあの本を読んだことはあるのだろうか?
キッカちゃんの言葉は止まらない、長年の姉に対する不満を一気に吐き出す様に、声を抑えようと震えながら、愚痴を吐露する。
「付き合いたいなら、逃げずにリアルで先輩を追えば良かったんですよ。でもお姉ちゃんはゲームに逃げた。違うでしょ、恋愛ってそういうどっちの力が強いかで決めるものじゃないでしょ。どんな天才でも相手の気持ちしだいでフラれるかもって覚悟決めて行くべきことのはずでしょ!」
たぶん、キッカちゃんは俺と健堂が再会したあの時、健堂が俺になんて言ったのか、後から聞かされたのだろう。
そして、その後、トーナメントで賭けをすることを聞いて、喧嘩になった。
きっと、今零している様なことをあいつに直接伝えて、わけがわからないという顔をされたんだと思う。
「それをなに!?さも冴えたやり方を思いついた!みたいな顔しやがって!そんなこともわからないからバケモノ扱いされるんだ!」
「落ちついて、また声が大きくなってきてる」
天才の片割れは凡人なのか?
ケースバイケースというのが恐らく適当な答えなのだろうが、目の前の少女はきっと正しく”天才の妹”だ。
その身体に姉の様な才覚は無かったが、凡人故に人に寄り添おうとする心根を備えている。
「・・・すいません、先輩のせいじゃないとはわかっているんですけど・・・」
「うん、そうだね。例えあの場でトーナメントの出場を断っても、あいつは別の勝負を持ちかけただけだと思う・・・次は絶対に断れない様なやつを」
何かを選ぶということは選ばない道を作るということだ。
結果だけ見れば、俺は健堂 斬加と、てっとり早く決着をつける道を選び、健堂姉妹の仲違いを防ぐ道を選ばなかった。
予想できたことではなかったし、俺に責任が生じることではないのかもしれない。
「でも、そうだな、やっぱり俺のせいなんだろう」
元を正せば、俺が中学を卒業して一方的に関係を断たなければ、こんな面倒なことにはならなかった。
もしも、高校に入ってからも彼女達と友人として関係を続けられていれば・・・喧嘩の相手は俺だけですんだのかもしれない。
「ああ・・・、そうか・・・」
「え?」
一つ、しっくりくる結論がでた。
勝手に自責を始めて、突然納得した俺に、キッカちゃんの不思議そうな声が上がる。
「・・・そうだよなぁ、今さら好きだ、なんて言われても、そもそも俺達の関係はそういうのじゃなかった・・・しっくりくるはずがねえ。テンションなんか上がんねえよ」
事が起ってからも、なんとなく・・・当事者でありながら、テンションが上がらなかったというか、モチベーションがイマイチだった。
「俺は、あいつが特別製だって、もてはやされてるのが気にくわなかっただけなんだ」
友人関係というには、俺の健堂 斬加へ秘めていた敵対心は相当なものだった。
しかし、敵対関係というには、馴れ合いが結構あったのも事実だ。
キッカちゃんと知り合ったのも、その馴れ合いの結果。
それは剣道部以外の時間で、ただの同級生としての時間でのこと。
その時だけは、友人関係は成立していたのかもしれない。
中学生のガキの言う敵対なんて、そんなものだ。
「・・・俺達の関係は、”喧嘩友達”だったんだ。じゃあ、再開してまず確かめるべきはあいつをどう思っているか、なんてことじゃなかった」
俺は今でも健堂 斬加が気にくわないのか?
「気にくわない。だから・・・そうだな、ぶっ殺したい」
あえて、強い言葉を選ぶ。
俺は特別製のバケモノを亡き者にしてやりたい。
「・・・正々堂々と、ですか?」
突然始まった俺の独白を聞き、何かを察したキッカちゃんがニヤニヤと問う。
中学時代の古野 千景を思い出したのかもしれない。
この後輩は無謀な挑戦をする俺を、バカだ、バカだと言いながらも応援してくれていた。
きっと、最初からそのつもりで俺と会いたがったのだろう。
「正々堂々?何を言っているんだい?キッカちゃん?」
そのニヤケ顔に釣られて、俺の頬も吊り上がる。
たぶん、すごく悪い顔をしているだろう。
「まるで卑怯な手を使うみたいじゃあないか?俺はただ、可愛い後輩が《《最近作った作品》》について詳しく聞きたいだけだよ。趣味の合う先輩としてね」
手段は選ばない。
俺はあいつに勝ちたいんじゃない。
吠え面が見たいのさ。
バカの先輩「相手の情報を集めるのは情報戦っていう、れっきとした正々堂々の戦いだよ?武器を使いやすいように準備するのと同じ。戦いはすでに始まっているのさ。だから君は悪くなぁい!なぜなら、君は自分で作った作品の解説をするだけだから!その解説の後に俺が何を作って、誰と戦おうと、君には何の関係もないことなのだよ!だって自分の作品の話なんだからね!そこに卑怯とかそういう概念は存在しなぁい!強いて言うならそんな情報管理をしている方が悪い。自分で作れば良かったのさぁ!!」
後輩「こいつバカだなぁ」




