大いなる黒へ蒼による逆襲8
決着
当たり前の話だが、現実で体得した武術をVRゲームに持ってくることは可能である。
例えば、中学校三年間で身につけたスポーツ剣道の術をVRゲームの世界で再現する、といった感じに。
当然だろう、現実でできることが夢の中の世界ではできなくなっているなんてバカな話はない。
現代のVR技術は現実で寝ている自分の身体と同じ様に違和感なく操作することができる。
なぜなら人間の感覚というものは全て脳で処理されるものであって、身体の感覚は脳で記憶されているからだ。
手の中に握り込んだ竹刀の感覚。
竹刀を構えた時の筋肉の収縮。
竹刀を振った時の身体の連動。
三年間という短くも長い時間をかけて、身体に覚えさせた記憶。
そういった、身体に染みついた記憶が神経を通じて脳に記録され、脳で動かすVRゲームはそれをフィードバックできる。
ただ、現実の武術がゲームの世界で役に立つか?と問われると、あまり役には立たない、というのが通説だ。
というのも、VRゲームの世界というのはプレイヤーが楽しい夢を見るための都合の良い世界であり、現実とは決定的に異なる。
物理法則が違う。
敵の規格が違う。
VRゲームの世界は文字通り、夢の中の世界で、何でもありだ。
ハッキリ言えば、”現実世界の対人技”なんてものは架空の世界ではスケールが足りていない。
スキルなどのシステムがあるのなら、それを使った方がはるかに効果的である。
逆に、ゲームで体得したことを現実に持って行く、という試みもあったが、それも上手くはいかなかった。
VRゲーム黎明期『VR武錬道』という多数の武術を収録した教習系ゲームが発売されたが、会得した武術をリアルの身体で実戦しようとしても上手く身体が動かなかった、という話は有名だ。
これは脳がVRゲーム内で武術を記憶しても、現実の身体が動きを記憶していないため、頭の中にある記録を身体が完全にフィードバックできないからだ、と言われている。
現実の肉体とVRの肉体は似ている様で違う。
脳と身体は繋がっているが、その流れは完全な双方向ではない。
以上のことから、基本的に現実の経験とVRの経験は棲み分けさせるのが一般的だ。
しかし、使えるものもある。
例えば、射撃の命中率《腕》。
射撃が”武術”と呼ばれないのは”武術”よりも”技術”の面が強いからだ。
極端な話、銃器とはどの角度に銃口をむけられるか、という技術であり、重視されるのは”道具の使い方”であって、”身体の使い方”ではない。
普通に銃を撃つだけなら、発砲時の反動の抑え方くらいで、筋肉の連動や動きの呼吸なんてものを意識しなくても良いのだ。
逆説的に、”身体の使い方”に重点を置かない技術であれば、VRゲームでは結構役に立つということ。
”道具の使い方”や”《《脳の使い方》》”といった様に。
ギンッ!!ギッギン!!
鍔の無い刀とブレードがぶつかり合う音が響く。
一見すると攻勢に出ている〈マザーブレイン〉が優勢だ。
振るブレードの速さは驚異的なもので、仮に観戦者がいれば、〈ブルー・シート〉はその連撃を防ぐのでやっとだと判断するだろう。
だが、実際には違う。
「・・!・・・・!?」
その証拠に攻勢のはずの〈マザーブレイン〉の顔は怪訝なものだ。
―何を考えているのかわかるぜ・・・『何でこれだけ肉体性能に差があって、当らないのか?』だろ?
実際問題、〈ブルー・シート〉と〈マザーブレイン〉の性能差は圧倒的だ。
〈ブルー・シート〉は多武装を強みに選んだこともあって、本体の性能は普通の人間の域を出ない。
対して、ボス枠であるはずの〈マザーブレイン〉は前提として強大な性能を持っているはずだ。
だが、当らない。
剣速も一撃の重さも勝っているはずのブレードは〈ブルー・シート〉の鍔の無い刀に弾かれる。
刀は正眼の構えの位置からほとんど動かない。
動いてもすぐに身体の正中線に戻ってしまう。
「・・・!?」
それどころか、時折ブレードを弾いた反動を利用して刀の切っ先が刺しこまれさえする。
防戦に見える静かな攻勢。
その結論が出たのだろう〈マザーブレイン〉は後退せざるを得ない。
〈マザーブレイン〉の鼻先ギリギリの空気を斬りつつ、刀は正確に元の構えに戻る。
「・・・一体何をしているのですか?・・・いえ、《《何を見ているのです?》》」
俺の視線に違和感を覚えたのだろうが、今はあまり喋れない。
「・・・遠くの山さ」
”遠山の目付”
剣道における目の付け所で、視界の使い方と言った方がわかりやすいかもしれない。
敵対者の背後、遠くの山を見る様に、視界に映る景色全体を捉える見方。
俺の場合は視界に映っている景色を目の中に吸い込むイメージで目に力を入れている。
恐らく、この状態だと眼球の動きが少なくなっているので、それで気づいたのだろう。
「山?何を言っているのです?」
言葉が足りていないのはわかっているが、集中が切れたらまた《《作り直さないと》》いけなくなる。
「何でも良いだろう?で、・・・もう来ないのか?それとも充電切れか?ポンコツ」
「・・・やはり、あなたは乱射魔ではなく切裂魔だった様だ」
そう言って、〈マザーブレイン〉は左手を俺に伸ばし、切っ先を俺に向けたまま、右手を弓の様に引き絞る構えを取る。
理解できる説明は得られないと判断したのだろう。
先程の攻防でフェイントの類は俺に通じないことは理解しているだろう。
ならば恐らく、最大速度、最大貫通力の突きを実現するための構え。
構えでわかる攻撃を選択したということは、防御ごとぶち抜く一撃、ということだ。
対する俺は変らずに正眼《中段》の構え。
―決めにきた。
普通にブレードを振り回すだけでは不利になると結論づけたのだ。
だが、これは〈マザーブレイン〉にとっては賭けだ。
先程までの剣撃とは違い、全霊の一撃を放った後は無防備になるはず。
もしも、俺が斬り返しを放てれば、逃れることはできないだろう。
カウンターをさせぬほどの一撃を食らわせるか。
最大威力をそのまま跳ね返す斬り返しを当てるか。
この一合で勝敗が決る。
「行きます」
ドッッ!!!
早い、間違い無く最高速度だ。
地面が弾けた様な踏み込みの音とともに、突きが放たれる。
〈マザーブレイン〉のブレードが〈ブルー・シート〉の構える刀の切っ先とすれ違う、その寸前。
俺にしか見えていない、薄い膜の一部が波紋に揺れ、撓む。
この時、〈マザーブレイン〉のブレードは刀の右側を通り過ぎ、俺の右胸へと向うコースだと知覚する。
―お前は俺よりも早くて強い
波紋の中心へ切っ先を重ねる様に刀を動かすと直後に刀とブレードの切っ先がぶつかり、火花を散らし、甲高い音を鳴らしながら、刀をブレードの刃が滑っていく。
ギィィィィィィィィ!!!!!!
―だけど、俺は昔、おまえより強い《《バケモノ》》を斬ろうとしていたんでな
滑るブレードの軌道は俺の右胸から大きく逸れ、俺の隣の空間を何も貫けずに抜けていく。
〈マザーブレイン〉は最高最大威力の攻撃であったために、勢いを止めることはできなかった。
―奴を斬るなら・・・これくらいは、な
俺の刀は身体の中心、”正中線”からほとんど動いていない。
体が崩れて、突きの勢いをそのままに、驚愕の表情を浮かべた銀髪の少女は俺とすれ違う軌道で進み続ける。
俺は無防備になったはずの右肩へ自分から刀の切っ先に当たりに来る様に、刀の位置を少しずらした。
―まあ、結局斬れなかったんだが
切っ先に引っかかた感覚。
断つ、というよりは砕けて身体から離れた右腕が宙を舞う。
人体というものは、無意識にバランスをとっているもの。
〈マザーブレイン〉の場合は無意識ではないのかもしれないが、突然右腕の重量が無くなったことで重心が左に傾いた。
ドシャァァアァ!!!
そのまま〈ブルー・シート〉の右後方へと、倒れ伏した銀髪の少女は、床を少し滑って止まった。
ドスッ!
右腕が付いたままのブレードは宙を数瞬舞った後、倒れた少女の足下に突き刺さった。
「悪いな、こいつは剣なら理論上確定でカウンターが決められるはずなんだ・・・まあ机上の空論で破られたんだけどな」
三年間の思い出と、最後に一人の女子を思い出して、やっぱり気分は悪くなった。
某、最強の弟子の必殺モード




