9 「魔法使いなんて居る訳ないだろ」
■第2話 逃亡生活の始まり
「ふーっ。お疲れ様、アンド」
崖っぷちにある大きな館の庭にアンドと呼んだ竜を停め、カイが鞍から地面に飛び降りる。
「……凄い」
3階建ての館は貴族が通う学校のように綺麗で立派で、正門の前には終戦記念碑まで立っている。それもあり、絵画のモチーフに選ばれそうだ。
「ひとまず中に入ってくれ」
「はい」
いつまでも月光浴を楽しめる身分でもないので、自分も鞍から降り館に入る。
光石を掘って作られたシャンデリア──王家の別荘だからか、火は欠かせないようだ──が玄関ロビーを眩しくしている室内。
ちょっとした立食パーティーが出来そうな程広い室内には、黒髪の青年執事がカイの帰りを待っていた。
(に、しても……)
明るいところで見ると、カイは。
「カイ様おかえりなさい、ご無事で何よりです」
「ん」
執事に頷き返す仕草も、少し跳ねた青色の髪も、夏の草原のような緑色の目も。ディアスとお揃いだと言う黒いチョーカーも。
明かりのある場所で見るとカイはディアスに良く似ているのだ。
(そんな明るい感じはしないけど、それはディアス様の贔屓目? こんな時だからか? それに)
似ているのはディアスだけじゃない。
ロンガ国王クレフ──疾風王の二つ名を持つ程腕が立ち、マクドール独立戦争でも孤軍奮闘してみせたと言うが、大酒飲みだったのでメイドからの評判は悪かったらしい──の若かりし頃を描いた肖像画にもそっくりだった。
「あのっ! 助けて下さって有り難う御座います、いきなりですがクワバ村に連れてって欲しいのですっ!」
自分の言葉に少し先を歩いていたカイが振り返る。
「ん?」
眉間に皴を寄せ何処か神妙な表情でこちらを見下ろした後、ふいっと顔を逸らして執事に尋ねた。
「クワバ村って何処だっけ?」
「ここから街道を真っ直ぐ下りた麓に程近い小さな農村で、近くに小さい川が流れております。確かドブネ……彼女の実家があったかと」
「はい、実家がある村です! 養父が、父が危ないんです! 私はミックに冤罪を着せられたんです! その口封じの為、ミックは父を殺そうとしているんです!」
「ミック兄上がディアス兄上を殺した、って言いたいのか?」
驚きの表情を浮かべて立ち止まったカイを見て、この人は異母兄の企みについてやっぱり知らなかったのだと悟る。
「はい。王位を継ぎたいミックが邪魔なディアス様を魔法使いを使って殺害し、私がマクドールと通じている事をでっち上げたのだ、と鉄格子越しに得意気に言って来たんですっ! 捏造を確固たる物にする為、クワバ村の者も抵抗したら殺す気だと言っておりましたが、あんなの抵抗しなくたって殺すに決まってます! だから私はクワバ村に先回りをし父を助けたいのです!」
事情を説明する声は熱が入り広い廊下に良く響いた。
「……魔法使い……?」
カイはぽつんと呟いた後、考え込むように押し黙ってしまった。
「魔法使いなんて居る訳ないだろ」
廊下の隅にいた執事が、何処か馬鹿にしたように言ってくる。
魔法使いは、竜と人のあいの子の事だ。
竜と人の特性を持つ彼等は不思議な力──魔法をも使え長命な存在だ。
しかしそもそも竜と人の交配自体がとても珍しい。
羽が生えているとか、動物が近寄らないとか、地上に降りたら死ぬとか、その存在はおとぎ話にしか残っておらず、実在は疑問視されている。
「馬鹿げた話かもですが、ミックは確かに魔法使いに透明化を頼んだと言いました! 私はディアス様を殺しておりません!」
自分もこんな状況じゃなかったら、魔法使いと言われても信じられなかった。カイ達の気持ちは良く分かる。
それでも信じて貰いたい一心でカイの目を真っ直ぐ見ながら訴えると、ふっと視線を外される。
「サテラ、ちょっと休ませてくれ。その話は休みながら聞くよ」
「っ……はい」
犯罪者のように神経を尖らせて飛行したのだ。疲れていない方がおかしい。
逸る気持ちを抑えて頷く。
執事と共に食堂に入るカイの後を着いていく。ゆっくり動けば体の痛みはそこまででもない。
「――」
「――」
2人の話し声が微かに聞こえる食堂は、壁や天井やテーブルに燭台があって明るい。
カイはもう着席しており、用意されていたコップの中身を煽っていた。
「水をどうぞ」
「有り難う御座います」
執事がテーブルを指差す。
皺1つ無い白いテーブルクロスの上には上質な木製のコップが置かれている。牢獄で出されたコップと同じ使用用途とは思えぬ程高価そうだ。
「投獄中は水分補給の機会が限られていたので助かります」
引かれた椅子に座りホッと一息つき、出されたコップに手を伸ばした――瞬間。
ドンッ! と。
「いたっ!」
まるでテーブルを這う虫を潰すかのように、勢い良くカイが自分に手を重ねてきたのだ。
あまりに勢いがあったので眉を寄せ、真意の読めぬ笑みを浮かべているカイを見上げる。
「あの、カイ様……?」
重ねられたまま離れぬ少し冷たい手を振り払うのもどうかと思い、視線を揺らしながら答える。
「なあ。兄上は俺の事何か言ってた?」
執事が気付けば居なくなっていたのも落ち着かない。
「俺の弟だから顔が良いとか、可愛いとか……言っておりました。明るくて誰とでも仲良くなれる良い奴だ、と。それと──っ」
強い、と。
そう続けようとしたが、重なった手を突然捻り上げられ息が詰まった。
「っ!?」
何だこれは、とカイに視線を向ける。腕を変な向きに捻られミシリ、と嫌な音がした。
「痛っ、痛いですっ!」
「良い奴、かあ……」
カイがどこか自嘲気味に呟いている。顔を顰めて痛みを訴えてもこちらの異変を気にした様子はなく、背中を冷汗が流れていく。
次の瞬間。
「あああっ!」
腕を無理に捻られ、肩が「ゴキッ!」と音を立てて外れたのが分かった。ぶわりと額に汗が滲み、ガクッと足から力が抜け肩が余計に痛んだ。
「女の子に痛い思いさせるような人間、なんだけどなあ……。兄上は本当に俺に甘いよ」




