8 「貴方が、カイ様……っ?」
小さく尋ねると、少し間があった後青年は返してくれた。
月が丁度、青年の体の輪郭を浮かび上がらせる。
「俺はカイ。カイ・ハンフリー・ロンガ」
告げられた名前に息を飲む。
カイ。
その名前は放蕩王子の――。
「殺されたディアスの弟で、ロンガの第3王子だよ。これから城下の隅にある王家の別荘に逃げるぞ。お前の事は兄上から頂いた手紙で良く聞いてて、処刑される前に一度会ってみたかったんだ」
風を切る音が邪魔しようと、不思議とその声は良く聞こえた。
「貴方が、カイ様……っ?」
心臓がドクリと跳ねた。唇がわななく。
この人がディアスの弟。会いに行こうとディアスと話していた、あの──。
「わっ私もカイ様の事はディアス様から伺っております。ディアス様の件なのですが」
「静かに。……上、居る」
何から喋ろうと思ったが、途中で静止される。その声は今まで聞いた中で一番強張っていた。
確かに上空に一際黒い物体が飛んでいる。夜警中の竜騎士だ。
「っ……」
頬に冷たい夜風を受けながら、気付かれないように息を殺す。
以降、別荘に到着するまでカイとの会話は無かった。
汗が冷えて若干寒気さえする中、少しながらも確かに距離のある背を見ながら思う。
この人は異母兄の企みを何処まで知っているのだろうか。
竜の上では何も分からぬ事も、「父を」と喋られない事ももどかしかった。
それから30分近く、慎重な低空飛行は続いた。
***
「父上がお亡くなりに?」
「はい、ディアス様の件が余程堪えたようで……後を追うように」
「そう、ですか……。ご報告有り難う御座います」
ミック・ミカエラ・ロンガは、神妙な表情で家臣の報告を第2礼拝堂で受け取った。
気を抜けば歪んでしまいそうな唇を隠すように正面に向き直り、竜の始祖とされるロンガの国教神グロシアーナの石像に首を垂れる。
「国王に王位指名される体力は無く行われていません。ですがディアス様も亡き今、ロンガを治められるのはミック様だけだと私達は考えております。ミック様もそのつもりで居て下さい」
その言葉を待っていた。
もしかしたら少し笑ってしまったかもしれない。
「はい……若輩者ですが、精一杯ロンガの発展に努めさせて頂きます!」
翼を雄々しく広げているグロシアーナを見ながら宣言する。
グロシアーナは真実を見抜くとされ、嘘吐きにはそこだけ雨を降らせられる……という逸話が残っている。
だからか、家臣が感極まったように鼻を啜った。
「ですが、戴冠式は大罪人を捕まえてからにしましょう。そっちの方が父も空の上で安心するでしょうから」
その姿に内心ほくそ笑みながら、優美王子らしい事を言う。
こういう事にはすぐに飛び付かない方が印象が良い。
「わざわざ知らせに来て下さって有り難う御座いました。カイはもう帰っているのですよね?」
「はい、数時間前でしょうか。ディアス様の遺体を見た為か、ショックを受けたご様子で別荘に戻られました」
「では、父が亡くなった事はまだ知らないのですね。使者を出してこの事を伝えておいて頂けますか?」
「はっ、では私はこれで失礼します」
家臣の背を見送り、水滴が落ちる音すら響きそうな程静かになった第2礼拝堂に1人になった。
遠くから靴音が近付いてくる気配もない。
そう思ったら笑いが止まらなくなっていた。
「ふふふっ……カイは端から候補にもならなかったか」
祈るように手を組み、可笑しさから肩を揺らす。
「母上、ようやく、ようやくです。貴女の息子が遂に玉座に座るのです……」
目を細めながら思い出すのは母の美しい金髪。
第2王妃だった故に正妃と衝突ばかりしていた、プライドの高い人だった。
6年前に病死した。空の上では穏やかに笑っていたら良い。
カツ。
その光景を思い浮かべている時、廊下から靴音が聞こえてきた。
――誰か来る。
即座に優美王子の仮面を被り廊下にチラリと視線を向け、ふっと鼻から息を漏らす。
音の無い礼拝堂に近付いて来たのは、ディアス暗殺計画に協力してくれた自分の本性を知っている赤髪の女性。
竜騎士団副団長──ディアスと同じだ。彼女も実力者とは言え、若いが侯爵令嬢である為良い肩書きを貰っている──フィー・フィロレッタだったのだから。
「ねー次期国王」
「……どうした?」
礼拝堂の扉を閉めたフィーは、舌足らずな声を礼拝堂に響かせながらゆっくりとこちらに近付いて来る。
「あのさっ。ミックちゃんに協力した見返り、本当に払ってくれるんだよね? 破ったりしない? 本当にミックちゃんを信じていいのよね?」
何を言われるのかと一瞬思ったが、念押ししに来たらしい。
「当たり前だ、お前の家は計画の要なんだぞ。そんな事わざわざ聞きに来ないでくれ。人に見られたら困るだろ」
「だって、状況が変わったから不安になっちゃって」
どういう意味だ? と視線で問い返すと、共犯者がふうと溜息をつくのが分かった。
「疾風王が今死んだのはまー予想通りだろうけどぉ、サテラちゃんが脱獄したのは予想外でしょ?」
「だつ……ごく?」
頭に浮かんだ事すらない単語に、気付けば眉を顰めている自分が居た。
「その様子じゃ知らないんだね。ついさっきあのメイド、誰かの手引きで脱獄したんだって。どこかの王子様ってば浮かれすぎて拘束が杜撰だったのかなぁ? 窓から木に飛び移って、誰かの竜に乗って逃げた、って話。今どこに居るか分かんないみたい」
責めるようにこちらを睨んでくるフィーに、少しだけ怯んでしまった。
フィーは二つ名がある程の腕利き。そんな人物に睨まれて何も感じないわけがない。
「ねー本当にこの計画大丈夫? パドラックちゃんだっけ、あの魔法使いの事話しちゃったんでしょ? もし、もしもだけど、万が一サテラちゃんがパドラックちゃんに接触したら不味くない? だってミックちゃん、パドラックちゃんとの約束破ってるし魔法薬も盗んでたじゃん、絶対恨まれ――」
「そ、そんな事有り得るかっ!!」
思わず声が荒くなったのは指摘された通りだったから。
確かに余裕ぶって拘束が甘かった自覚がある。脱獄なんて無理だろうと思っていたから。
貴族しか個人の竜を持てないロンガで、ディアスを殺した大罪人を助ける馬鹿なんて居ないと思っていた。でも、そんな馬鹿が出てしまったらしい。
「今時魔法使いなんて誰が信じるっ! それにあいつと大罪人が接触出来るとでもっ!?」
長椅子から立ち上がり声を張る。
思ったよりずっと大きな声が出てしまい、第2礼拝堂に声が反響する。
「もー声が大きいよ? でも、確かにそっか。パドラックちゃんに会えるわけないしね。じゃ、しっかりやってよ。こっちも騎士団は動かしておくから」
そう言い、女性は納得するなり踵を返して第2礼拝堂から去っていく。
「クソッ、あいつわざわざ嫌味を言いに来たのかっ」
再び1人になった空間で毒づく。
ディアスを暗殺でき、父が死ぬまでは上手く行っていたのに。
まさかあのメイドが脱獄するなんて。
「大丈夫、大丈夫です母上……っ。貴女の息子はこれくらい物ともしません……っ」
何から対応すべきか頭を最大限稼働かさせながら、気持ちを落ち着かせるべく何時ものようにグロシアーナに話しかける。
何時もこうしてグロシアーナ越しに母に報告している。
なのに、人はそんな自分を敬虔だと幻想を抱く。優美王子、と勝手に自分を美化しだしたので「馬鹿め」と内心鼻で笑っていた。
「そう、そうだ。そんな馬鹿な奴らにこの計画は分からんさ……そうだとも」
母の事を思い出していく内に気持ちも落ち着き、視界に映る物全てが自分の味方だと思えるようになった。
大丈夫だ。
大罪人の脱獄など、竜の国では何の障害にもならない。どうせすぐに見付かる。
「誰か、誰か居ますか!?」
指示を出すべく、白いマントの裾を翻して第2礼拝堂の外に出る。
大罪人の養父が居ると言うクワバ村、ここを虐殺して先手を打つ為に。
第1章お読み頂き有り難う御座います!
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